第555話 酒場で初めての食事
「なんじゃ、ソフィー嬢ちゃんもこっちに来ておったか」
「エアラハールさん」
ソフィーが入る時のまま、開いていた扉からひょっこりと顔を出したのは、エアラハールさんだった。
結局、皆それぞれの部屋があるのに集まっちゃったね。
「ちょうどいいから、調査依頼の話でもしようか。さすがに今日は鉱山へ入るには遅いけど、明日からの事を考えないといけないしね」
「そうだな」
「真面目でいい事じゃがな、リク。そろそろ腹が減ってのう……。とりあえず、腹ごしらえをしながらがいいじゃろう」
「あ、そうですね。確かにもうそんな時間ですね」
「お腹が空いたのだわー!」
「……エルサ、お前キューを食べたばかりじゃないか……」
「あれだけじゃ足りないのだわー!」
「ひょっひょっひょ、ドラゴン様は食欲が旺盛なようで」
せっかく皆集まったんだから、地図を見ながらでも調査の話をしようと、テーブルに置いた地図を広げようとしたら、エアラハールさんに止められた。
確かに言われた通り、そろそろお腹が空腹を訴えている。
というより、エルサが声高らかに訴えていた。
昼はルジナウムの冒険者ギルドで食べたけど、それからブハギムノングの街まで移動して、ここの冒険者ギルドに行って話を聞いて、さらに組合の方にまで行っていたからね。
宿に入る時にはほとんど日が沈んでいたから、お腹が空くのも当然か。
……フォルガットさんと腕相撲したのが、一番時間を取られた気もするけど、あれは一種の儀式のように必要な事だったと思っておこう。
この宿には、食堂のようなものはないらしいので、宿の外へ出て食事をする事にした。
一応、外に出る前に宿屋の主人に、お勧めの食事処を聞いておいたけど……。
「やっぱり、酒が美味い店は、料理も上手いのじゃよ」
「……酒場ばっかりなんだね」
「鉱夫達が、仕事終わりに飲む事が多いのだろうな。そして、そういう者が多いという事は、こういった店も多くなる……という事だ」
宿屋の主人は、何軒かお勧めを教えてくれたんだけど、そのお店は全て酒場だった。
純粋なレストランのような場所はこの街にはないらしく、大体外で食べる場合は酒場で食べるのだそうだ。
とりあえず、その中でも料理に力を入れているお店を聞いて、入ったのはいいんだけど……やっぱり酒場というだけあって、活気がある。
昼間は元気のなかった鉱夫達も、お酒の力なのか現実を忘れようとしているのか、それぞれのテーブルでワイワイと賑やかに騒いでいた。
酒場の隅の方にあるテーブルにつき、店内を眺めている俺達。
俺自身が、酒場とかそういう場所に馴染みがないため、身を潜めるように端へ来てしまった。
エアラハールさんは慣れているのか、楽しそうにお酒を飲んで騒ぐ他の人達を眺めている。
そういえば、王都にいた時も夜は酒場に行くって言ってたっけ。
ソフィーの方は、あまり馴染みがないながらも、酒場に来た事がないわけではないらしく、特に問題はなさそうだ。
料理が美味しければ、ソフィーから文句は出ないだろうから、俺もそっちに期待しよう。
お酒なんて、味がよくわからないどころか、ほとんど飲んだ事がないからね。
日本だと、まだ未成年だったし……この世界では十五歳から成人で、特にお酒を飲む年齢に規制がないみたいだから、飲んでも大丈夫ではあるんだろうけど……。
エルフの集落で、魔物の討伐をした後の宴で、ほんの少しだけ……舐める程度にお酒を飲んでみたけど、喉の奥が熱くなるだけで味とかはよくわからなかったっけなぁ。
姉さんに言ったら、笑われそうだね……。
「お、英雄様のご到着だね! 注文は何にするんだい?」
「えーっと……」
「とりあえず酒じゃ! この店で一番上等な酒をたっぷり持って来てくれ!」
「すまないが、一応水と食べる物を多めに持って来てくれ」
「……キューも大量になのだわ!」
テーブルについて店内を見渡していると、忙しそうにしていた女性の給仕の人が近付いてきた。
俺を見て一目で英雄様って言っているという事は、既に街中に知られていそうだね……。
冒険者ギルド、組合、宿……名乗ったのはそれくらいだけど、フォルガットさんと勝負をした時は多くの人が見ていたし、やっぱり噂が広まるのが早いんだろうなぁ。
なんて考えている場合じゃないね……注文、注文……。
メニューのない場所だから、何を頼めばいいかわからず迷っていると、エアラハールさんがお酒を頼む。
まぁ、お酒を飲める人が酒場でお酒を頼むのは不自然じゃないから、それでいいかな。
上等なお酒をたっぷりって言っているから、エアラハールさんが全部飲みきれるのか不安だけど……お金は多分大丈夫だ、多分。
ソフィーがフォローをしてくれるように、そっと食べ物と水も頼んでくれた。
フォルガットさんとの勝負の際、熱気に当てられてたり話をしてきたから、喉が渇いているし、ありがたいね。
ついでとばかりに、また俺の頭にくっ付いていたエルサも、キューを頼んでいた。
店のお客さんに負けないくらい、ゴツイ給仕の女性は承ったと頷いた後、注文を伝えに言ってくれる。
その途中、エルサの声に首を傾げていたようだけど……まぁ、なんとかなるか。
どうせエルサが食べる時は、テーブルに座るだろうしね。
「それにしても、騒がしいなぁ。活気があっていいと思うし、皆楽しそうだね」
「なんじゃ、酒場は初めてかの?」
「はい。王都では王城で食事の用意をしてくれますし、ヘルサルでは獅子亭にいたのでマックスさんが……」
「そりゃまた、贅沢な事だのう。じゃが、いかんぞ。冒険者たるもの、酒場での情報収集は欠かさず行わないとの」
「そうなんですかねぇ……?」
「まぁ、リクが酒を飲むところは、私もほとんど見ないから、酒場に来る事がなくても仕方ないだろう」
注文が届くのを待っている間、また店内を見渡しながら酒場の雰囲気というものを楽しむ。
エアラハールさんは、俺が酒場に来た事がないのかと首を傾げたけど、今までその必要もなかったしね。
食事をするなら王城やマックスさんの料理で十分だったし、他の場所に行っても用意される事が多かった。
お店で食べるにしても、お酒を飲む事がよくわからないため、料理が美味しい店を探してそこで食べるくらいかな。
ヘルサルでゴブリン達が来る前の準備段階、街中にいる人達への連絡役をしていた時は、酒場にも入った事はあるけど、その時は昼間だったりでまだお客さんは少なかったし、食事をしたりする事はなかった。
でも確かにエアラハールさんの言う通り、冒険者が酒場に集まる事も多いようだから、情報交換の場として使えるんだろう。
これからはもう少し、こういう所にも来て人から話を聞いた方がいいのかな?
「まぁ、必要ない話やどうでも良い事の方が多いが、それでも意外と貴重な情報が合ったりするものじゃよ」
「酒は、人の口を軽くするからな。気分が良くなった奴が、本当は漏らしてはいけない事を話していたりもする。酒は飲んでも呑まれるな……とも言われるからな。慣れるまでは気を付けた方がいいだろう」
「そうだね。とりあえず、ここにいる間はよく来る事になるだろうし、少しずつ慣れる事にするよ」
「……お酒は、ドラゴンの天敵なのだわ」
酒は飲んでも呑まれるな……か。
日本でも同じ言葉があったけど、こちらでもやっぱりあるんだね。
酔った勢いで……という事はよくあるようだし、前後不覚になる人もいるそうだから、俺も気を付けよう。
今まで酔う程飲んだ事がないから、気を付けようもないような気がするけど……それでも気を付けよう、うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます