第554話 綺麗な宿で一息



「リクに……ソフィー。それからエアラハールだな。よし、ちょっと待ってな、今部屋の鍵を……ん?」

「どうかしましたか?」


 宿帳にそれぞれ名前を書いて、確認した男性がカウンターの内側に体を屈ませる。

 多分、そこに書く部屋の鍵を保管するようにして、管理しているんだろうけど……なぜか途中で止まり、首を傾げた。

 どうしたのかと声をかけた俺に、なぜか目を剥いて見られる。

 ……これは、もしかして?


「ま、ま、ま、まさか! も、もしかしてリク……いえ、英雄のリク様ですかい!?」

「えーと……あはは、一応、そういう事になってます……」

「見た目は細身ながらも、フォルガットさんを負かす程の力……そして、年齢は若く、頭には白い毛玉を乗せている……噂通りで間違いなさそうですね……し、失礼しました! どうりで強いわけだ……あのフォルガットさんも、さすがの英雄には勝てませんぜ……」

「……だわぁ……」


 驚きに目を剥いたまま、俺を見る宿屋の主人は、大体予想通りの反応だね。

 その男性が、俺の特徴を口に出しながら噂と同じ事を確認しているようだけど……頭にくっ付いたままのエルサが毛玉って……。

 いやまぁ、ぴったりくっついているうえ、今は寝ていて顔も動かしていないから、毛玉と言われても仕方ないかもしれないけど、そこはせめてモフモフと言って欲しかった。

 というか、白い毛玉って言われてピクッと反応して、小さく声を漏らしているから、寝てなかったんだ……。

 うるさそうな状況じゃなくなったから、結界を解いて起きたのかもしれないね。


「おっといけねぇ、英雄様を待たせるわけにはいけませんね。……それじゃ、こちらが部屋のカギになります。部屋は二階に上がって奥になります。外に出る時は、こちらに預けるなり、持ち運ぶなりして保管してくだせぇ。……ご利用、ありがとうございます!」

「はい、確かに。……それじゃ、行こうか」

「あぁ」

「そうじゃの」


 いつもの通り、俺が英雄だとかなんだで騒がれるかと思ったけど、すぐにおさまり、部屋の鍵を渡された。

 いつの間にか慣れない敬語っぽい喋りになっている宿屋の主人は、さすがに上等そうな宿をやっているだけあって、そこの辺りはしっかりしているのかもね。

 まぁ、エルサに対しては少し失礼なような……間違いではないような事を言っていたけども。

 それは噂のせいだろうと思う事にした。


 それにしても、白い毛玉って言われてるのかエルサ……王都だとドラゴンってほとんどの人が知っているのは、実際に大きくなって飛んだりしている場面を見ているからなんだろうなぁ。

 噂になってエルサの事を知らない人達が多い場所では、これから毛玉って呼ばれる事が増えるのかもね。

 そういう時は今度から、毛玉じゃなくてモフモフです! って主張はしておこう……どっちもエルサからすると心外かもしれないけど、大丈夫だろう。

 ドラゴンって説明を、全ての人にしていくのは面倒だしね。

 ……エルサが、黙っていてくれればいいけど。


 ちなみに、部屋へと移動する俺達の後ろで、宿屋の主人が「英雄様がお泊り……うちの宿にも箔が付くなぁ……」なんて言う声が聞こえた気がするけど、俺が泊まっただけで宣伝になるような事ってあるのかなぁ? と、ちょっと疑問だった。


「へぇ、結構いい部屋なの……かな?」

「主人は失礼な人間でも、部屋はそれなりなのだわー」


 階段を上り、受け取った鍵で入るなり部屋の中を見渡す。

 ソフィーとエアラハールさんは、自分の持っていた荷物を置くために、それぞれの個室へ行っている。

 さすがに部屋は王城と比べるまでもないけど、それでも十分な部屋だ。

 ソファーとかはないけど、椅子が幾つかとテーブル、ダブルベッドくらいの大きさがあるベッドで、掃除も行き届いていて綺麗だ。


 王都やヘルサルのような大きな街以外で、これくらいの広さが個室として使われる宿というのは、かなりいい部類なんじゃないだろうかと思う。

 センテで泊まった宿も、綺麗にしてあって一人で利用するには十分ではあったけど、こっちの方が部屋が広いからね。

 というか……一人用の部屋なのに、ベッドが一つなこと以外は、数人で使えそうだ。

 これなら、ソフィーやエアラハールさんが集まって、地図を見たり調査の相談もできそうだね。

 部屋が狭かったら、どこか話せる場所で集まらなきゃいけなかっただろうし。


「まぁまぁ、そう言うなよ。宿はちゃんとしているし、噂で聞いた特徴を言っただけなんだから……」

「私は単なる毛玉じゃないのだわ。誇り高きドラゴンなのだわ……」

「……キューばかり食べてるけどね。ほら、今日のおやつだよ」

「キューが美味しいのがいけないのだわぁ……モキュモキュ」


 エルサに宥めるように言いつつ、持っていた荷物を置く。

 地図は汚したりしないよう、テーブルの上に安置しておいた。

 毛玉と言われた事をまだ気にしている様子のエルサを、椅子の上におろしつつ、おやつとしてキューをあげる。

 ……両手で大事そうにキューを数本抱えて、ポリポリ……いやモキュモキュ食べている姿は、とてもじゃないけど誇り高いようには見えないんだよなぁ。


 なんて考えつつ、部屋の設備を確認。

 さすがに広めの部屋でも、王城とは違って個室に個人用の風呂があったりはしない。

 水やお湯を入れる桶とタオルがあるから、それを使って部屋で体を拭いたり顔を洗ったりするようになっていた。

 というか、こういう事で王城と比べるのは良くないよね……あっちは国の頂点なんだし……。


 とはいえ、鍵を渡されて部屋へ移動する前に宿屋の主人が、もし風呂が必要なら公衆浴場のようなものが別にあるからそっちを使ってと言っていたっけ。

 さすがに、湯船に浸かるような事はできないけど、お湯を自由に使えて流せる場所らしい。

 ただ……エルサをどうするかだね……一緒に入ると、他の人が獣と間違えて嫌がる可能性もあるし、エルサ自身も俺やモニカさんなどの気の知れた人としか入ろうとしない。

 最近は、風呂上がりのドライヤーもどきもあるおかげで、もっぱら俺とばかりだけど……俺は王城で、モニカさん達は宿という違いがあるのも大きいだろうけどね。


 どうしても入るなら、人がいなさそうな時を狙って入るしかないんだろうけど……エアラハールさんあたりに見張りをしてもらおうかな? 女性であるソフィーに見張らせるわけにもいかないしね。

 エルサはタオルで体を拭くだけじゃ満足しなさそうだし、最上のモフモフが損なわれても嫌だから、お風呂に入れないという事は考えない。

 まぁ、後で考えればいいか……。


「リク、入ってもいいか?」

「ソフィー? うん、大丈夫」

「失礼する。うむ、私と同じような部屋だな。場所によって、部屋の間取りなんかに違いはないようだ」

「色んな人が泊まる宿だからねぇ……部屋は統一しているんだと思うよ」

「それが、宿によってはな……?」


 エルサにキューをあげ、お風呂をどうするか考えていると、ソフィーが部屋を訪ねてきた。

 荷物などは部屋に置いて来ているらしく、身に付けていた鎧も脱いで身軽な格好だ。

 獅子亭にいる時に近い姿……かな。

 そのソフィーは部屋に入ると、中を見渡して間取りの確認。


 宿なんだから、部屋の統一は当然じゃないかな? と思ったんだけど……ソフィーが言うには違う事も多いらしい。

 むしろ、違う事の方が多く、部屋が統一されている宿は、良い宿の場合が多いんだそうだ。

 ふむ……あまり色んな宿に止まった事がないからわからないけど、そういうものかな?

 というかソフィー、その確認のためにここへ来たのかな? エアラハールさんの部屋はさすがに行きにくいから、こっちに来たんだろうけどね――。



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