第553話 話を終えて宿へ



 結界に関する事や魔物への対処法を説明し、さらにどういう事かの理解を深めてもらうために、球のようにした手の平に乗るくらいの結界を、フォルガットさんと女性の手に乗るように発動させた。

 二人共、不思議そうに目に見えなくとも触れられる結界を、不思議そうにつついたり握ったりしている。


「……これは不思議だな……くぬぬ……むぅ、両手で潰そうとしても、形を変えるような感覚すらないな……」

「すごく……硬いです……」


 女性の方が結界をつつきながら、おかしな想像をしてしまいそうなセリフを言っているけど、気にしない事にする。

 フォルガットさんの方は、両手で挟んで潰そうとしてみたり、叩いて壊そうとしているけど、結果はビクともしていない。

 一応、結界を作った俺には、結界への圧力のようなものを感じているけど、壊れそうという感覚はなく、微々たるものだし、特に気にならない程度だった。

 多分これが、帝国との国境沿いにある結界に触れたら、使用者にわかってしまうと言われた感覚なんだろうね。


「さっきは、その結界でカップを包んだんですが……見ての通り、傷一つ付いていません」

「確かにそうだな。脆い物だから、落とせば割れる物のはずだが、ヒビすら入っていない」


 もう一度カップを持ち上げて、フォルガットさんと一緒に確認。

 カップは陶器のような物だけど、日本で見る陶磁器よりは硬そうではないため、割れやすい物となっているようだね。

 ともかく、そのカップにはヒビどころか傷すらついておらず、落とした影響は全くないように見える。

 落とした時も、結界が床に当たったような音くらいしかしなかったしね。


 カップに沿うよう、ピッタリとイメージして結界を使ったんだけど、振動や衝撃も遮断するという事が確認された。

 つまりは、結界は衝撃を通さないため、その中でならどれだけ激しい動きというか、振動を発生させても結界の外には影響がないって事だ。


「だから……その結界の中でなら、エクスブロジオンオーガが爆発をしても……」

「その衝撃が、坑道内……鉱山へと影響する事はない……という事か?」

「その通りです。なので、もしエクスブロジオンオーガと遭遇しても、結界で包んでしまえば問題ないとなります」

「成る程……それならば確かに……」


 俺の説明に納得したようで、フォルガットさんは頷いてくれる。

 隣に立っている女性は、何を思ったのか俺をキラキラと輝くような目……早い話が尊敬とか憧れるような目をして見ている。

 ……結界がすごいだけで、俺は特に憧れるような人間ではないですからね?

 とりあえず、フォルガットさん達には納得してもらえたようで、安心する。


「それじゃあ、リク達が鉱山に入る事は、他の皆にも報せておく。まぁ、ほとんどがさっきの俺との勝負を見ていたり、見た奴から聞いているだろうがな。これで、鉱山内で鉱夫達や見回りの兵士と会っても、怪しまれないはずだ」

「はい、ありがとうございます。お願いします」


 フォルガットさんは、俺達が鉱山内に入る事を許可してくれる。

 まぁ、許可というか怪しまれないように、鉱夫さん達に言っておいてくれるといった感じなんだけどね。

 でもこれで、自由に坑道内を探索する事ができるはずだ。

 兵士さんも見回りをしているようだから、怪しまれて時間を取られたりしないのはありがたい。

 時間制限があるわけじゃないけど、できるだけ早く解決して、この街がまた活気溢れる場所になって欲しいからね。


 フォルガットさん達にお礼を言って、組合の建物を出る。

 後にした建物の中から、女性のものと思われる大きな声で、熱くAランクと英雄に関して語っていたようだけど……聞かなかった事にした。

 あまり俺の事を、誇張して広めないでほしいと思うけど……熱く語られている場に行くと、変な事になりそうだから――。


 ちなみに、坑道内の地図はフォルガットさんにお願いしてお借りしておいた。

 採掘がほとんど行われていないから、今はあまり使っていないうえ、複数個の地図を作っているため、一つ貸し出したところで問題はないらしい。

 大きくて持ち運びづらいけど、探査魔法があるとはいえ、全体図やある程度の道は頭に入れておかないといけないから、ありがたく借りる事にした。



「らっしゃい……お、あんたはさっき、フォルガットさんを倒したっていう……?」

「あははは、もう広まっているんですね……」

「あの場で見ていた者達が、広めたんだろうな……」

「リクの噂は、広まるのが早いのう」


 組合を離れ、大きな地図を持ってウロウロするのもなんだなと、ソフィー達と相談し、まずは宿を取る事に決めた。

 他の荷物もあるし、宿の部屋に置いておく方が身軽になるからね。

 とりあえず、街の中で綺麗で上等そうな建物の宿を見つけ、部屋が開いていたらここにしようと思って、中に入る。

 ……エアラハールさんが、できれば上等な宿がいいって言ってたからね……年を取ると、粗末な宿では体に影響がとかなんとか言ってたけど……完全に俺達にたかる気満々な気がする。

 まぁ、お金に困っているわけでもないし、エアラハールさんには助言とかをしてもらっているから、別に構わないんだけど。


 宿の中に入ると、カウンターの内側に座っていた初老の男性が俺に気付いて、声をかけられた。

 どうやら、先程フォルガットさんとの勝負に勝った事は、既に街中に広まっているらしい。

 田舎の情報の広まりは早いって言うけど……本当だね。

 いや、田舎なんて言うと、この街の人達に失礼か。


「えーと、部屋は空いてますか?」

「おう、空いてるぜ。フォルガットさんに勝つような猛者なら、大歓迎さ。部屋はどうする? 大部屋で一緒かい? それとも……そこの女冒険者とだけ、一緒かい?」

「……全員個室で、お願いします」

「私は、リクと一緒でも問題ないんだがな……エルサもいる事だし。……さすがに、エアラハールさんとは困るが……」

「ワシは、ソフィー嬢ちゃんと一緒が良かったのう……」

「ってお連れさんは言っているんだが?」

「個室で、それぞれ別でお願いします。三部屋で」

「へいへい、了解しやしたっと。それじゃ、ここに名前を記入してくれ」

「はい」


 宿の主人と思われる初老の男性は、この街にいる人の例に漏れず、ガタイがいい。

 喋り方もフォルガットさんのように、丁寧ではないけど……それもこの街の特徴なのかもしれない。

 まぁ、丁寧な喋り方を求めるような身分でもなし、特に気にしていないから別にいいんだけど。

 というか、この人のガタイの良さは、若い頃鉱夫をしていたからのような気もするから、鉱夫というのは気風のいい人達が多いのかもしれない。


 そんな宿屋のおっちゃんが、余計な気を利かせたのか、ソフィーと一緒の部屋を勧められた。

 大部屋はともかく、男女二人きりでの同室というのは不味いだろう。

 なぜか頭の中にモニカさんが怒っている顔が浮んだので、個室をお願いする。

 後ろでソフィーが、同室でも構わないと呟いていたけど、それはエルサのモフモフを触れるからだろう。


 特に変な意味はないだろうし、邪な考えで俺と同室にするというのはいけない。

 エアラハールさんは、趣味というか性格から考えて、ソフィーというか女性と同室が良かったんだろうけど、さすがにそれは拒否する事にした。

 ソフィーも微妙な感じだし……そもそも危険人物とも見えるエアラハールさんを、女性と一緒になんかできないよね。

 皆で個室……計三部屋借りる事に決め、宿帳へと記入して、とりあえず一週間分の宿代を払っておく。

 どれだけ滞在する事になるかはわからないけど、広く入り組んだ坑道を探索するのに、一日や二日で終わるわけもないしね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る