第557話 勢いよくお酒を飲んでみる



「……っ、ングッングッングッ! んっ、ゲホッゲホッ!」

「お~いい飲みっぷりじゃのう!」

「だ、大丈夫かリク?」

「うぇ~……苦い……」


 勢いよくエールを飲み、樽ジョッキの三分の一を減らしたところで、むせてしまった。

 なんとか吐き出したりはしなかったけど、口の中一杯に広がる苦みはやっぱり慣れない。

 ただ、喉を通る刺激というか……熱さというか……夏場にキンキンに冷えた炭酸飲料を飲んだ時のような、ちょっとした爽快感はあるような気がする。

 むせたおかげで、その感覚もすぐに霧散してしまったけど……。

 これがのど越しとか、そう言われているものなのだろうか?


「無理して飲まなくてもいいのだぞ? 慣れるにしても、少しずつでいいだろう」

「飲まなきゃなれないからの。これも試練と思って、たんまり飲むがいいのじゃ。幸い、酒自体は大量にあるからの」

「うーん……やっぱりすぐには慣れないかなぁ……うん、少しずつ飲む事にするよ」


 心配している面持ちで声をかけてくれるソフィーに従い、ちびちびと飲む事に決めた。

 エアラハールさんの言っている事はわかるし、飲んで慣れないといけないんだろうけど、無理はするもんじゃないよね。

 あー、なんか体の奥が熱いような……?

 喉を通る時は、冷えたエールが心地よく感じた気もするけど、流し込んだ先、胃のあたりでアルコールのせいなんだろう、段々と体が熱くなってきている気がした。


「料理は美味しいんだけどねぇ。んぐ……やっぱり苦い……」

「味の濃い物を食べれば、多少は苦みも誤魔化せると思うがな。というかリク、大分顔が赤いが……大丈夫か?」

「ふむ……この苦みがたまらんのじゃがのう……」

「モキュモキュ、美味しいのだわー」


 持って来てもらった料理を食べながら、先程のような無茶はする事なく、少しずつエールを飲む。

 口の中に広がった料理のうま味が、エールの苦みで洗い流されてしまうような気がしてしまう。

 やっぱり、慣れるのにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 それぞれに料理を食べたりお酒を飲んだりする中、ソフィーから顔が赤いと指摘される。

 自分ではよく赤らないし、ここには鏡があるから本当なのかはわからないけど、確かに顔が熱いような気はする。

 というより、全身が熱いような……?

 この酒場って、人が集まっているだけあって、熱気で室温が高いのかもね。


 エアラハールさんはお酒を飲み慣れているので、苦みも楽しめるんだろうけど、俺にはまだまだ早いのかもしれない。

 これも、年の功と言えるのかな。

 エルサはお酒には目もくれず、ひたすらキューを食べていた……少しは他の料理も食べないと、体に悪い気もするけど、ドラゴンだから関係ないのかな?


「うーん……あれ? ソフィーが二人いるような……?」

「おい、リク……?」

「本格的に酔いが回ってきたようじゃの。これは面白い事になりそうじゃ!」


 顔が赤くなっているとの指摘に、平気だと返そうとソフィーの方へ視線を向けるが、いつのまに分身するという技術を覚えたのか、ソフィーが二人になってこちらを見ていた。

 すごいなぁ、ソフィー。

 俺もあんな風に分身できたら、面白そうかもねー。

 ソフィーの向かいで、エアラハールさんが何やら楽しそうな声を上げている気がするけど、頭の中に霧がかかったような感じで、よくわからない……。


「うにゃー……なんか……頭が回るような、視界が回るような……? ははははは! ちょっと面白いかもー」

「……これは、駄目だな。リク、もう酒を飲むのを止めて水を……」

「駄目だよーソフィー。俺はもっとお酒に慣れて、こういう酒場にも来れるようにならないんといけないだからーあははははは!」


 ソフィーが二人になったり三人になったり……かと思えば一人になったりしている。

 分身しているのすごいなぁとか、酒場でそんな事をしなくても……と思ったりしているような自分がいるような、後で方法を教えて欲しいなんて考えているような……うん、よくわからない。

 ぐるぐると視界が揺れたり回ったりしているような感覚と共に、頭の中で考えている事もよくわからなくなってきている気がする。

 体が熱い事も含めて、なんだかちょっと楽しい。

 でも、せっかく楽しくなって来たのに、ソフィーが俺からエールを取り上げようとするから、伸ばしてきた手を避けて、さらにエールを喉に流し込む。


「ングッングッ……プハーッ! うーん、美味しくなかったはじゅなのに……けっきょう美味しいきゃも……? きょれぎゃ、慣れりゅってきょとなのきゃー?」

「呂律も回ってないな……」

「これだけで酔ってしまうとはの。慣れないのもあってか、酒に弱かったんじゃのう」

「あはははは! 熱い―たのしー!」


 持っていた樽ジョッキのエールを飲み干し、段々と楽しくなってきた事も相俟って、なぜか笑いが止まらない。

 ……お酒って、結構美味しくて楽しい物なんだね。

 自分でも何を言っているのか、ちゃんと喋れているのかすらよくわからないけど、とにかく楽しくて笑いが止まらない。

 その勢いに任せ、テーブルに置いてある他の樽ジョッキへと手を伸ばし、ソフィーとエアラハールさんが何か言っている声だけは聞こえていた気もするけど、それには構わず口へと持って行ってジョッキを傾けた。


「ングッングッングッングッ…………」

「あ、おいリク! それ以上は……っ!」

「これは、やってしまったかのう……」

「リクから、変に陽気な気配が流れてくるのだわ……でも、滅茶苦茶で逆に不快なのだわ……」


 勢いよく樽ジョッキからエールを飲み、慌てているような雰囲気のソフィーと、溜め息を吐くような雰囲気のエアラハール、不機嫌そうなエルサの声を聞きながら、俺の記憶はそこで途絶えた……。

 なんか、楽しい事続いて騒いだような気もするんだけど……あれ?



―――――――――――――――



「う……ん……」


 閉じている瞼を通して光を感じ、目が覚める。


「朝……? あれ、いつのまに寝てたんだっけ……?」


 目を開けてみると、見覚えのない天井と部屋の景色。

 視線を巡らせると、明るい部屋に俺の荷物やテーブルに置かれた大き地図があった。

 そっか、宿をとって寝てたんだね、俺。


「うーん……いつ寝たのか覚えてない。そんなに疲れた事をした覚えはないはずなんだけど……。まぁいいか。エルサ、おは……あれ?」


 いつの間に部屋で寝ていたのか、寝る前の記憶を軽く探ってみても、思い出せない。

 とりあえず思い出せないものは仕方ないと考え、いつも隣で寝ているエルサを起こして、朝の支度をしようとして、声をかけながらそちらを見る。

 だけど、そこにはいつも至高のモフモフを提供してくれていたはずのエルサがいなかった。

 あれ? いつもなら、俺が起こすまで寝てたりするんだけど……どうしたんだろう?


「先に起きたとか、かな? でも、部屋にはいないようだし……」


 エルサが寝ていたはずの場所に手を触れても、そこに何かがあったような温かさは感じない。

 さっきも見た部屋の中を、もう一度見渡してみても、エルサらしきモフモフは見つからない。

 荷物の中や、物陰に隠れているなんて事はないだろうし……どうしたんだろう?

 俺がいた場所以外は、ベッドで暖かい所がないから、エルサが起きたんだったら結構前の事になるだろう……というより、元々エルサと一緒に寝ていなかったとか……かな?



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