第551話 フォルガットさんは噂に疎い



「んで、なんでいきなり驚いたんだ?」

「えっと、その……先程、そちらの方のお名前がリクと……」

「はい、そうですよ。俺の名前はリクです」


 床まで綺麗に掃除をした女性が、改めてお茶を淹れてくれ、それを頂きながら一息。

 その間に、横に立っているままになっている女性に、フォルガットさんが何故驚いたのかを聞いた。

 建物に入ってきたときは、もっと元気な感じだったのに、今はカップを落とした事を気にしてなのか、恐縮した様子で、おとなしくなっている。

 あんまり、気にしなくてもいいんだけどなぁ……失敗は誰にでもある事なんだし。


「親方……リク……いえ、リク様というと、今アテトリア王国で一番話題にされている、英雄リク様ですよ!」

「英雄リク様だぁ? んーあー……なんか、確かに聞いた事があるような覚えはあるなぁ」

「ははは、俺なんてそんなものですよ。特に気にする必要はないですからね?」


 やっぱりというかなんというか、女性は俺がリクと言う名前で、英雄だとか呼ばれている事に気付いたようだ。

 カップを落とす程驚かなくても……と思わなくもないけど、これまで俺の名前を知った人達の驚き方とあまり変わらなかったから、そんなもんなんだろうなぁ、と達観しながら女性へ気にしなくてもいいと声をかけてお茶を飲む……うん、美味しい。

 王都やヘルサル以外でも、最近結構色んな反応をされているから、さすがにそろそろ慣れてきたよね……。


「いえいえいえ、気にしないなんてそんな……国が誇る英雄、最年少最速のAランク昇格。この国が今までと変わらずにいられるのも、王都が無事なのも、全てリク様のおかげなのです!」

「……そんなに、なのか?」

「親方は外の話に疎すぎるんです! 鉱山やこの街の事も大事ですけど、少しは外の情報を知っておいてください!」

「むぅ……そう言われてもな……」

「リク様がいなければ、私達は今こうして、鉱山で採掘をできなくなっていたのかもしれないんですよ!? いえ、今は魔物がいるために難しい状況ですが……」


 噂には、尾ひれが付くとはよく聞く話だけど、かなり誇張されて俺の話が伝わっている気がする。

 俺なんて、魔物を多めに倒したくらいで、他の人達がいなければ王都や王城は無事じゃなかったと思うんだけどなぁ。

 まぁ、あのまま姉さんが攫われて、魔物に王城を蹂躙された挙句、クレメン子爵を抑えられたまま帝国に攻められたら、国としての存続は危なかったとは思うけどね。

 とはいえ、さすがにそんな情報はここでは出さない。


 また、噂話に大きな誇張が混じってしまうといけないから。

 ちなみにソフィーとエアラハールさんは、女性が驚いた理由も最初から察していて、さもありなん……と言った様子で、落ち着いてお茶を飲んでいた。

 ……エアラハールさんは、お茶を飲みながらも鋭い視線を女性の腰辺りに向けている気がするけど……まぁ、気付かれないように見るくらいなら、注意する必要はないのかな?


「そんなに凄い奴だったのか? そりゃ、俺が負けて当然なのかもな」

「奴じゃありません、リク様です! 親方なんて、指先一つでダウンですよ?」

「それはさすがに、言い過ぎだと思います……」


 俺はどこぞの世紀末覇者かな?

 指先で相手の急所だとか何かを突いて、爆発四散させるような一子相伝の技は継承してません。


「わかったわかった。とにかく、リクで間違いないな。まぁ、こいつが何か色々と言っているようだが、あまり気にするな。俺ぁよくわかんねぇから、今まで通りの話し方をさせてもらうぞ?」

「はい。大丈夫です。そっちの方が気軽に話せるので、気にしないで下さい」

「……リク様なのに……」


 フォルガットさんが、尚も言い募ろうとする女性を、両手で制して、俺に向かう。

 畏まった話し方より、フォルガットさんのように話してくれた方が、俺としてもありがたい。

 女性の方は静かになったんだけど、まだ不満そうにフォルガットさんをジト目で見ながら、ブツブツと言っていた。

 そこまでして、俺の事を伝えなくてもいいと思う。

 誇張の入っている噂をフォルガットさんに吹き込みそうだし……。


「それでだ、リク。鉱山の調査をするという話だが……魔物の事は聞いたのか?」

「はい、冒険者ギルドでベルンタさんに聞いて来ました。なんでも、爆発するのが厄介な魔物だとか」

「そうか、あの爺さんにな。あぁ、そうだ。聞いていると思うが、爆発自体は大したことはない。石やなんだの破片が当たって怪我をするくらいだが、そんなもの鉱夫達にとっちゃかすり傷とも言えねぇからな。だがな……」

「振動とか、衝撃が問題なんですよね?」

「そうだ。山の中に穴を掘って採掘をする以上、どうしても不安定になるからな。不必要な衝撃が蓄積すれば、どこかで崩落が起きるかもしれん。鉱夫達にとっちゃ、一番恐れる事態になってしまう。崩落に巻き込まれて人が死んだり、採掘できなくなる事だってあるからな」

「今までも、全く崩落がないわけではなかったんです。その度に、人が犠牲になったり、良質な鉱石が採れる場所が塞がれてしまったり……」


 話を戻して、鉱山に関する事をフォルガットさんと話す。

 魔物の事は冒険者ギルドで聞いていたけど、改めて聞いてもやっぱり、爆発するというのは脅威なようだ。

 フォルガットさんを補足するように、女性も話に加わるけど……確かに人が犠牲になるのは悲しいし嫌な事だ。

 それに、採掘できなくなれば、街としても鉱夫達としても稼ぐ方法が少なくなるわけだから、避けたいだろうね。


「もしかしたら、今回の魔物も、どこか俺達の知らないところで崩落があって、別の場所と繋がったからなのかもしれん」

「崩落したせいで知らない道ができて、そこから魔物が出てきたのではないかと?」

「俺達はそう考えている。まぁ、入り組んだ坑道だし、全てを把握しきれていないからな……無計画に採掘していた時代もあったみたいだし……。一応、鉱夫達が迷ったりしないよう、区画を分けたり地図を作ったりもしているんだが、それでも全てを把握しているわけじゃない」


 ベルンタさんと似たような予想だね。

 今まで魔物が出ていなかったのに、急にエクスブロジオンオーガが出て来たのだから、そういう考えになるのも仕方ない。

 俺も同じように考えているし、隣で頷いているソフィーやエアラハールさんも、同じ意見だろう。

 広い山で、人数が溢れる程多いというわけでもなし、無計画に採掘をしていた時期があるの尚更、全てを把握するのは難しいしね。

 これは、思っていた以上に入り組んだ坑道になっていそうだなぁ。


「坑道は思わぬ場所にも繋がっているし、知らないうちに崩落して、別の道になったりもしているから、どこから魔物が現れたのかもわかりゃしねぇ。しかも、色んな場所と繋がる道もあるせいで、魔物が自由に移動すりゃ、いつの間にか囲まれてるなんて事もあったくらいだからな……街まで出てくりゃ、対して苦労はないんだが……」

「あははは、爆発しなければ、大して強くない魔物なようですからね……」


 忌々しそうに呟くフォルガットさんは、どうせなら鉱山内ではなく、街の方に魔物が出てこいとまで思っているようだ。

 目の前にいるフォルガットさんもそうだけど、さっき腕相撲をする時に集まった鉱夫さん達も、体格が良かったから、強くない魔物なら簡単に倒せるんだろう。

 爆発する事での危険性を考慮せず、全力で戦える街中なら、という事だね。

 多少の犠牲というか、怪我をする人は出るだろうけど、それでも気を付けていれば死者が出る程ではなさそうだ。

 ……今回のことは別として、これなら確かに冒険者の居場所が少なくなるのも頷けるね。


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