第550話 勝負も終わって落ち着いてお話タイム



「……えーと?」

「はっ! し、勝者、少年!」

「ありがとうございます。……フォルガットさん、大丈夫ですか? 怪我はしてませんか?」

「つぅ……痛みはあるが、怪我まではしてねぇよ……そこまでやわな体じゃねぇ……」


 驚きで静まり返った中、目を剥いて驚いている様子の審判さんに顔を向けると、ようやく事態を理解したようで、俺が勝者だと宣言してくれる。

 そこでようやく手を離し、テーブルに右腕を伸ばした格好で地面にひっくり返っているフォルガットさんに、声をかけて様子を窺った。

 痛みに顔を歪ませているけど、どうやら怪我はなかったようで、すぐに立ち上がり右腕を不思議そうに見ている。


「どういうこった? どう見ても、俺より力があるようには見えねぇが……何か使ったか?」

「あははは、何もしてませんよ。正々堂々、勝負をしたまでです。それは、フォルガットさんが一番わかっているのでは?」

「……まぁな」


 自分の右腕と、俺の体を見比べるフォルガットさんは、俺の体型であれだけの力が出せた事が信じられないらしい。

 けど、こんなところで不正だなんたと疑われたらたまらないので、全力を出したフォルガットさんに問いかける形で、それを封じておいた。

 危ない危ない……何かの本で読んだ受け売りだけど、疑念というのは、真実はどうあれ思い込みによっても発生するらしいから、知り合いなんてソフィー達以外にいないこの場で、疑われ始めたら不利にしかならないからね。

 ここには喧嘩を売りに来たとかではなく、ただ調査依頼を円滑に進めるためなんだから。


 疑われたとしても、捕まるわけでもなし……最悪の場合はそれでも調査をする事はできるだろうけど、さすがに居心地の悪い街に滞在して、調査を続けるのは厳しい。

 というより、仲良くできるなら仲良くしたいし、敵対する意味もないだけなんだけども。


「……わかった。お前の実力、確かめさせてもらったぜ。悪かったな、いきなり勝負なんて仕掛けてよ」

「いえ、確かにフォルガットさんの方から見たら、外から来たよそ者……それも頼りない人間が、鉱山内を調べると言っても、任せられないというのはわかりますから」


 どこの馬の骨とも知れない……とまでかはわからないが、それでも信用できない人間を、自分達の仕事場である鉱山へと入れたくないと考えるのは、当然かな。

 しかも今は魔物が出るんだし、その魔物は下手をすると、鉱山が潰れてしまいかねない影響を及ぼす可能性もあるときた。

 そんな状況で、原因を調べると言ってきた信用のできない人間を、快く送り出せる人なんてそうそういないだろうからね。

 勝負を迫られたのは驚いたけど、フォルガットさんの気持ちもわからなくもない。

 ……だからと言って、力を示せば信用する……というやり方は俺にはちょっとよくわからないけど。


「おい、お前ら! 俺が負けて愕然としているようだが、俺ぁこの小僧を認める! 俺が認めるという事は、どういう事かわかるよなぁ!? 文句がある奴は、俺に直接言ってこい!」

「……フォルガットさんが決めた事に、文句がある奴は、この街にはいませんぜ?」

「そうだな。親方は荒っぽいが、面倒見もいいから……恩がある奴ばかりで、文句なんて言うような奴はいないよな」

「あぁ。親方が認めたんだ、俺達も当然認めるさ」

「そもそも、勝負に勝ったのは確かにこの目で見たからな。どうやってあの体で勝てるのかはよくわかんねぇが、勝った事は確かだ」

「勝負に勝った者は、この街では正しいんだ!」

「そうだ、そうだな!」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」

「凄い熱気だな……」

「おなごもいるというのに、むさ苦しいだけじゃわい……」

「……あはははは」


 俺の事を認めてくれたからか、まだざわついている周囲に向かって、フォルガットさんが啖呵を切った。

 それに対して、さらにざわついていたけど、特に反対意見のようなものは出ないようだった。

 フォルガットさんは、組合長だけあって皆に信頼されているようだね。

 次第にざわめきが薄れて行ったと思ったら、段々と熱気のようなものが沸き上がり、終いには俺達を囲んでいた人達全員で歓声を上げていた。


 皆が叫んでいるせいで、かなりの音量になって耳が痛い……さっきのテルアさんの時よりもだ。

 当然、俺の頭にくっ付いているエルサは結界を張ったままで、ソフィーとエアラハールさんは耳を塞ぎながら、異常ともいえる熱気に辟易している様子だった。

 俺はただ、その状況を見て乾いた笑いをするしかない……止められそうもないしね。



「はぁ……ようやく落ち着いたな。すまねぇ、最近面白い話題すらなかったからな。皆騒ぎたかったんだろう。それに、魔物が出てからは仕事もままならねぇときたもんだ。色々溜まってたんだろうと」

「あははは、驚きはしましたが、悪い気はしていないので大丈夫ですよ」

「そう言ってくれるとありがたい」


 ひとしきり騒いだ後、解散となって集まった人達を見送った。

 静かになって、ようやく耳の痛みに耐えなくて良くなった事で、安心してフォルガットさんと話せる。

 先程の丸テーブルに、椅子を持ってきてもらってそこへと座り、対談するという形になった。

 俺の向かいに座ったフォルガットさんは、まずはと先程の騒ぎに関して謝罪。


 とはいえほとんどが、フォルガットさんに勝った事を称えるような歓声だったしね。

 うるさかったし、耳が痛くもなったけど、それで気分を害するという程、狭量なつもりはない。

 フォルガットさんの言う通り、魔物が出たせいで思うように採掘ができず、鬱憤が溜まってたからどこかで発散というか、騒ぎたかったんだろう。

 解散になった後、建物を出て行った人達は、皆顔が晴れ晴れとしていたし……この街に来て、元気のない鉱夫さんばかり見ていたから、ちょっと嬉しい。


「それで……リクと言ったか?」

「はい」

「リク!?」

「あん?」


 先程名前を言っていたんだけど、腕相撲やらで曖昧になっていたのか、フォルガットさんに確認されて頷いた。

 すると、奥の部屋からお茶を持って近付いていた女性……最初に組合へと入ってきたときに対応してくれた人が、俺の名前を呼んで驚いてお茶を落とした。

 床に落ち、音を立ててカップが割れたにもかかわらず、フォルガットさんの方はあまり驚いていない様子だった。

 肝が据わってるとか、大きな音にはあまり驚かない人なのかな?


「す、すみません!」

「あぁ、大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」

「は、はい……あ……」

「手伝いますよ。破片は危ないですからね」

「……ありがとうございます」


 女性は謝りながら、床に落ちたカップの破片を拾う。

 素手で割れた破片を拾うのは危ないから、俺も手伝おうと席を立って床へと手を伸ばした。

 幸いにも、破片は大きく割れただけで、そこまで細かくなっていなかったため、苦労なく全て拾う事ができた。

 まぁ、お茶は拾ったりできないから、床を濡らしたままになっているけど……。


 濡れた床は、破片を拾った女性が乾いた雑巾を持ってきて、ササっと拭いていた。

 それも手伝おうとしたんだけど、そんな畏れ多い事はできません! と断られてしまった。

 この反応って、やっぱりあれだよね……?



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