第549話 観衆の中で腕相撲勝負



 見た目からして細い俺と、ガタイが良くて大柄な……親子とも言えなくもないくらい対格差がある、俺とフォルガットさんを見比べて、周囲の人達はフォルガットさんが勝つことを信じて疑っていないようだ。

 まぁ、俺が観客でも同じように考えるだろうから、当然でもある。

 ちなみに、時折ソフィーへ不躾な視線を送ったり、手を伸ばそうとした人がいたので、ソフィー自身が剣を抜いて突き付けて黙らせていたりもした

 一応、フォルガットさんも大声で注意していたりもしたので、すぐにおさまったけどね。

 うん、紳士的な人ではある……のかも……?


「まぁ、周囲の奴らは気にするな。これは、お前が本当に鉱山の事を任せてもいいのかどうか、それを見極めるための試験だと思ってくれればいい」

「……はい」


 試験ねぇ……腕相撲をする事が、調査の依頼をするために必要な資質を試す事になるのかは疑問だけど、この街では何かを決める時、これで決めるんだろう、多分。

 フォルガットさんの言い分に、渋々ながら頷いた。


「ともかく、言葉だけじゃ俺らは誰かを信用できねぇ。だったら、力で証明してみせろってこった。なぁに、手加減はしてやるから、思いっきりかかって来い」

「わかりました……あ、手加減は必要ないんで、フォルガットさんの方も全力でやって下さい。そうしないと危険ですから」

「ほぉ……中々言うじゃねぇか。そこまで言うなら、全力でやってやろう」

「おぉぉぉ……言うねぇ、若いの!」

「フォルガットさんを逆に挑発したぞ!? あのガキ、やばいんじゃねぇのか?」

「あぁは言っても、さすがに親方だって手加減するだろ」


 手加減なんてされたら、もし俺が勝った時に腕を打ち付けて怪我をするかもしれないからね。

 それに、鉱夫にとって体は資本だから、うでが折れたりしたら働けなくなるし……エアラハールさんの忠告を聞いたわけじゃないけど、一応ね。

 俺自身、見た目からも腕相撲が強い事がわかるフォルガットさんを見て、必ず勝てる自信というのはほとんどないけど……さっき力を込めて握手をした時から、なんとなく負けないだろうなぁと思ってる。

 そういう人ではないと思いたいけど、フォルガットさんが手加減して俺が勝っても、その後に文句を言われたりしないようにという意味もあるかな。


「周囲の奴らは気にするな。全力でやるから、さっさとかかって来な」

「はい……わかりました」

「……リク、くれぐれも手加減するんだぞ」

「そうじゃぞ。怪我をさせてはならんからな?」

「わかってますって……」


 俺を誘うように丸テーブルに肘を付けたままで、腕を左右に振るフォルガットさん。

 全力でやるとは言いつつも、その表情には余裕が見える。

 仕方なく、俺もその向かいで肘を付き、フォルガットさんの右手を握った。

 後ろでソフィーとエアラハールさんが、小声で言ってるけど……まぁ、さすがにこちらは全力でというわけにはいかないよね。


 俺自身、他の人達とあまり変わらないと思いつつも、エルサとの契約や魔力だとかで、通常とは少し違うんだなぁ……というのを自覚して来ているから。

 だからと言って、力を誇ったりとかしようとは思わないけどね。


「おい、審判やってくれ」

「はい、わかりました!」


 周囲にいる人達の中から、一人の男性へフォルガットさんが声をかけ、集まっている人の中から返事をしながら出てきた。

 確かこの人は……建物の奥から出てきた人だから、組合員だとかフォルガットさんと親しい人なんだろう。


「それでは、開始の合図をさせてもらいます。双方、よろしいですね?」

「おう!」

「はい……」


 審判を務めてくれる男性が、俺とフォルガットさんの握りあった右手を両手で包み込み、両者の顔を窺う。

 フォルガットさんが意気込んで返事をするのに対し、俺はあまり気乗りしない感じで声を出してしまった。

 だって……まさかこんな展開になるとは、思いもよらなかったからね……。

 ともかく、やる事になったのだから仕方ないと、少しだけ手を握る力を強める。


 フォルガットさんの方は、既に全力を出す気のようで、真剣な表情とともに右腕の筋肉が盛り上がっていた。

 ……これ、握る方も結構な力が入ってるよね……?

 あまり握手の時と変わらなような気もするけど……。


「それでは……始め!」

「むんっ!」

「……っ!」


 審判の男性が、俺達の手を包み込んでいる両手を一瞬離した後、少しだけ溜めて始めの声と共に、俺とフォルガットさんの手を軽く叩いた。

 その瞬間、腕相撲が開始され、フォルガットさんが全身に力を入れるのがよくわかった。

 距離が近いからね……筋肉お化けと言えそうなオジサンを、こんなに近くで見る趣味はないんだけど……。


「くっ……なんだ……とっ!?」

「おいおいおい、フォルガットさんが力を込めてそうなのに、全然動かねぇぞ!?」

「馬鹿、何言ってるんだ。あれはフォルガットさんが遊んでるんだよ! 全力でやったら一瞬で勝負がついて、つまらねぇだろ?」

「いや待て、テーブルをよく見ろ……いや、耳を澄ましてみろ。きしむ音が聞こえねぇか?」

「……確かに」

「ってぇ事は……フォルガットさんは全力で力を込めてるって事……か?」

「そうかもしれねぇ。じゃねぇと、丈夫なテーブルが軋む音なんて出すはずねぇからな」

「親方が勝負をする時は、あの軋む音と一緒にすぐ勝負がつくんだが……」

「あの小僧、何者だ……?」


 俺の正面で、勝負が開始されたにもかかわらず、どちらにも動かない腕を見て、フォルガットさんが表情を歪めた。

 とりあえず、向こうがどれだけかを測るために動かないよう腕を固定してたんだけど……成る程、これくらいか……多分、全力で殴られたり武器を当てられたら、さすがにソフィーの剣よりは痛そうだなぁ。

 なんて考えながら、これに対抗するための力をどれくらいにするかを決めようとしている間、周囲では見ていた人達が色々と騒いでいた。

 俺がこれだけ耐えるなんて、考えてもいなかっただろうから、騒ぎたくもなるのかもね。


 ともかく、そろそろ真面目にやらないと怒られそうだ。

 というより、肘の下にあるテーブルの方が耐えられそうにないね。

 ……腕相撲でテーブルを壊すって、どれくらいの力があればできるんだろう……なんて、そういう場面のある漫画とかを見ながら、この世界に来るまでは考えていたりもしたけど……成る程、このくらいなのか。

 まぁ、テーブルに材質だとかにもよって、耐久性は違うから、全部同じくらいの力加減だとは限らないけどね。

 それはともかく……。


「くっ……このっ……」

「んー……んっ!」

「ぐあ!?」

「「「えぇ!?」」」


 どうにかして俺の腕を倒そうと、顔を真っ赤にして力を込めるフォルガットさん。

 テーブルを軋ませ、そろそろ壊れそうだと言えるほどの力があるのは、さすがだと思うけど……。

 俺がやり過ぎないよう、フォルガットさんの力に合わせて腕に力を込め、右腕を左側に倒す。

 簡単に右手の甲をテーブルに付けたフォルガットさんは、わけがわからないと言うような悲鳴を上げ、倒れた腕の勢いのまま、体もひっくり返った。


 ……少し、やり過ぎたかもしれない。

 体も倒す程、力を込めたつもりはなかったんだけど……やっぱり俺は力加減が下手なんだなぁ……。

 周囲の人たちは、まさかフォルガットさんがあっさり負けるとは思っていなかったために、大きく声を上げて驚いていた――。



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