第548話 何故か勝負をする事に
「あ、失礼しました。私の話で時間を取ってはいけませんね。親方を呼んで来るので、少し待っていて下さいー」
「わかりました……」
「随分と軽いおなごじゃのう……尻は中々のもんじゃったが……」
「エアラハールさん、ユノがいないからって、問題を起こさないで下さいよ? ……俺は、ユノ程手加減はできませんから……」
「……さすがにユノではなくリクの攻撃は当たらん、と言いたいところじゃが……もし当たると命の危険があるのう」
親方という人を呼んで来るらしく、女性はさっさと奥へと引っ込んだ。
それを見送る時、エアラハールさんが女性の後ろ姿……正確にはその一部を見つめて呟いた。
ソフィーは溜め息を吐いて何も言わないようにしているが、物理的に止める役割をしていたユノがいない代わりに、俺が止めないといけないんだよな……。
とりあえず、変な事をしないよう釘を刺しておくことにしたけど……俺はユノ程的確に、エアラハールさんを殴り飛ばすなんてできそうにない。
当たるかどうか自体が怪しいけど、それでも当たった時に怪我をしない程度に手加減をする、という事に慣れていないからね。
「リクは素手で、グリーンタートルの甲羅を割っていました」
「……そんな拳を受けるのは、人間では耐えられんわい。仕方ない、おとなしくしておくかの」
ボソッと、ソフィーがエアラハールさんに耳打ちすると、観念したようにおとなしくなった。
まぁ確かに、グリーンタートルの甲羅を割ったりもしたけど……さすがに全力で殴ったりはしないよ?
うん……当たらなくて、ちょっと体に力が入ってしまうかもしれないけど……ね?
それはともかく、荒事やら騒ぎに慣れている冒険者相手はともかく、組合相手だとちょっと面倒な問題ごとにもなりかねないから、エアラハールさんにはこの先ずっとおとなしくしておいて欲しい。
「おう、待たせたな。冒険者ギルドからだって?」
「あ、はい」
エアラハールさんの事を考えているうちに、先程の女性が呼んでくれたらしく、奥から大きなオジサンが出てきた。
身長は二メートル程で、大柄な体はほぼ余計なぜい肉がないとはっきりわかる程、筋骨隆々としていた。
……これは、ヴェンツェルさんにも負けない筋肉だな。
「俺はフォルガット。この組合の組合長をしている」
「フォルガット組合長ですね。俺はリクと言います」
「リク……? どこかで聞いた覚えがあるような気がするが……まぁいい。俺の事は、フォルガットか親方と呼べ。皆そう呼んでいるし、組合長なんて呼ばれちゃ体が痒くなっていけねぇからな」
「はぁ……それじゃあ、フォルガットさんで……」
「あぁ、それでいい」
大柄な体と相俟って、粗野な印象を受ける組合長……フォルガットさんは、俺に手を差し出してニカっと笑った。
その手を握り返して握手をしつつ、改めてフォルガットさんの名前を呼ぶ。
ガッシリと握手をした後、俺が呼んだ呼び方に頷いたフォルガットさん。
組合長なのに親方って呼び方は、なぜなんだろうと思わなくもないけど、それで通っているのならそれでいいんだろうね。
それに、呼ばれ方が慣れなくて微妙な気分になるのは、俺自身が英雄と呼ばれるのに慣れなくて、むず痒い気分になるのと似たような感じたと思うから、少し共感できるかな。
っと、俺の手を握っていたフォルガットさんが、急に表情を変えて面白い物を見るような目になった。
どうしたんだろう?
「ほぉ? 俺が力を込めて握っているのに、顔色一つ変えないとはな。若くて細っこい、頼りない奴を冒険者ギルドが寄越したと思ったが、中々やるみたいだな?」
「あははは、そう……ですかね?」
「リク、気付いていませんでしたよね?」
「うむ。木剣をソフィーが全力で打ち付けても、少し痛い程度で済む奴じゃからな。握られた程度では特に何も感じんじゃろう……」
どうやらフォルガットさんは、俺を試すために握手をしながら手を強く握りしめていたみたいだ。
確かに、しっかり握られているなぁとは思っていたけど……。
とりあえず、俺の後ろにいるソフィーとエアラハールさんは、コソコソと内緒話をしない。
……気付いていなかったのは当たってるけど。
「多少は、頼りになるか? だが、本当に大丈夫なのか?」
「保証をする程、自信があるわけじゃありませんが……頑張ります」
「……むぅ、いまいち頼りねぇな……よしわかった! ちょっと待ってろ!」
「え?」
握っていた手を離し、それでもまだ訝し気な表情になるフォルガットさん。
確かに、見た目としては威圧感満載なフォルガットさんや、筋肉至上主義とも言えるヴェンツェルさんなどの人達と比べたら、頼りないかもしれないけど……。
まぁ、絶対に解決して見せます! という保証はできないながらも、頑張るという意気込みを伝えると、少し考える仕草をするフォルガットさん。
すぐに、何かを思いついたようで、力強く頷いてまた奥の部屋へと戻ってしまった。
一体、何を思いついたんだろうか?
「……一体どうしてこんな事に」
「力を試せばいいだけなんだから、楽な話だろう?」
「うむ。リクならば簡単な事じゃ。くれぐれも、相手の腕を折ったりするんじゃないぞ?」
数分後、組合に入って来てすぐの部屋……俺達がずっといる部屋に、丸いテーブルが用意された。
テーブルなんだから、席についてゆっくり話すのかな? と思ったけど、椅子はない。
それどころか、他の鉱夫達……採掘ができなくて暇だったらしい……が建物の奥や外からやって来て、俺達を囲んでいる状況だ。
建物の中からはまぁ、フォルガットさんに聞いたとかだろうけど、外から来た人達はどこから聞きつけたんだろうかという疑問が尽きない。
……さっきまで、俺達以外の人が出入りするような気配すらなかったのに。
そして極めつけに、俺の目の前に置かれた丸テーブルの向こうでは、フォルガットさんが袖をまくり上げて、肘を丸テーブルに置き、こちらに向かって腕を立てている。
……要はこれって、腕相撲をしようって事だよね?
「鉱山で働く奴らはな、こうやって力の強い者を決めんだよ。そうして、力の強い者が上に立つって仕組みだ。もちろん、喧嘩もこれで勝負を付ける。そうした方が、余興にもなるだろう?」
「は、はぁ……」
それは、どこの修羅の国の話なんだろうか……?
さすがに力が強い者が上に立つという話は、少し信じがたい気もするけど……周囲を取り囲んでいる鉱夫(鉱婦)さん達は、それぞれお酒を持って来ている人もいるくらいで、余興としては確かに人気なんだろうと思う。
まぁ、殴り合いの喧嘩をするよりは、こっちの方が平和的で周囲に迷惑をかけないから、いいのかな?
盛り上がっている様子を見るに、この街の人達には受け入れられているようだしね。
「親方ぁ! 若い奴相手に、イジメてやんなよなぁ!」
「細っこいなぁ。親方、手加減してやれよぉ!」
「いやいや、全力で叩き潰してこそ、組合の実力を知ら締められるってもんだ!」
「とにかく遠慮はいらねぇ、思いっきりやれー!」
「若いの、なんで親方に喧嘩を売ったか知らねぇが、怪我しないように全力でがんばんな!」
比率としては、男性の方が多い鉱夫さん達だけど、中には女性の鉱婦? もいて、男女入り乱れて丸テーブルを中心に俺達を囲み、それぞれが好き勝手に騒いでいる……というより野次を飛ばしている。
俺がフォルガットさんに、喧嘩を売ったわけじゃないんだけどなぁ……。
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