第545話 ギルドマスターはお爺さん



「まさか、こんな辺鄙な場所に英雄であるリク様が来るとは……! 何故!? あ、いえ……もしかして……王都から?」

「そうです。王都のギルドで調査依頼を受けて来ました」

「やっぱりー! まさかこんな大物が来るとは! 冒険者に人気のない場所だから、適当な冒険者を送って来るとばかり……というかそもそもに、依頼を受けてすらくれないとも考えていたのに……」


 辺鄙な場所って……確かにこの冒険者ギルドに入る前に見た、街の様子は寂れているというか、賑わいは少ないように感じたけど……。

 冒険者に人気のない場所というのは、確かにそうなんだろうけどね。

 ちらりと視線を向けて見たカウンターの横には、冒険者向けの依頼書らしきものが張り出されていたけど、それも古い物のようだ。


 とりあえず依頼に関する話を聞こうと思うんだけど、さっきからこの女性……オーバーリアクションばかりでこちらから話すタイミングがない。

 最初に俺と話す時に椅子へ座っていたんだけど、今は立ったり座ったりを繰り返しているし、カウンターの向こう側をうろうろと落ち着きなく歩いたりしている。

 耳や尻尾は、毛と一緒に逆立ったままなのは相変わらずだけどね……あのモフモフも良さそうだよなぁ。


「こりゃテルア、騒ぎ過ぎじゃぞ! 大きな声が聞こえたから、何事かと思ったが……」

「あ、ベルンテお爺ちゃん! 聞いてよ、今……!」

「仕事中にお爺ちゃんと言うんじゃない! まったく……すまなんだのう、若い冒険者さんや。このテルアは、ちょっとした事で騒いだり叫んだり、うるさくてのう……」

「あ、いえ……大丈夫です……」


 奥の扉から、今度は腰の曲がったお爺さんが出て来て、女性を叱りつけた。

 お爺さんの方は人間のようで、尻尾もないし耳も普通だ。

 腰は曲がっているが、真っ白な髪の毛を後ろに流しており、皺が刻まれた顔は品のいいお爺さんと言った風格だ。

 エアラハールさんに近い年にも見えるけど……こちらの方が好印象のお爺さんって感じだね。


「……なんじゃ?」

「いえ、なんでもありません」


 ちらりと、見比べるようにエアラハールさんを見ると、俺が考えている事を察したのか、ジト目で見られた。

 うん、やっぱりあっちのお爺さんの方が、不良爺さんというか、痴漢爺さんのエアラハールさんより品がいいな。


「そんな事よりも、ベルンタお爺ちゃん……いえ、ギルドマスター! この人達……というかこの人、あの英雄リク様なのよ!」

「ほぉ……あの噂に名高い英雄様かのう……。まぁ、テルアが騒ぐ理由もわからんでもないか。とにかくテルア、お前は黙っていなさい。話が進まんからのう」

「……はーい」


 ベルンタさん……かな? ギルドマスターと呼ばれたお爺さんの言葉で、おとなしくなる女性……テルアさん。

 良かった、これでようやく依頼に関しての話ができる。

 というか、こんな王都から離れた場所でも、俺が英雄なんて身分不相応な呼ばれ方をしている噂が広まっているんだ……。

 まぁ、賑わいのない街とは言っても鉱山だし、鉱石だとかの採掘した物を運んだりして、他の街や村とも交流があるはずだから、噂がここまで来ていてもおかしくないか。


 人が交流をしていれば、噂が広まるのも当然だしね。

 勲章授与式が行われたのも結構前だし、もしかしたら国中に広まっているかも……と考えると、面映ゆいというか、むず痒いというか……。


「それで、お前さん方はどうしてここへ? 見ての通り、冒険者が日頃来ないような場所じゃ。先程テルアが叫んでおったが、王都から来たとか?」

「あ、はい。王都の冒険者ギルドで、調査の依頼を受けました」

「ふむ、あの調査依頼をのう。一応、こちらのギルドの事を考えてはおるようじゃの。ふむ、確かにAランクで、名前もリクと書かれておるの」

「英雄様ですよ、英雄様! まさかこんなところでお目にかかれるなんて!」

「じゃから、テルアは黙っておれと言うておるのに……まったく」


 お爺さん、ベルンタさんが探るような視線を受けつつ、目的を話す。

 テルアさんも言っていたけど、そんなに王都の冒険者ギルドが、ここからの依頼を無視すると考えていたんだろうか?

 確かに、張り出されている依頼書は長い間誰も受けていないようだし、他に冒険者がいるようにはあまり見えない。

 冒険者風の、鎧や武器を身に付けた人も、ここに来るまでに見かけなかったし、それどころか奇異の目というのは言い過ぎだけど、珍しいものを見るような目では見られていたしなぁ。


「見ての通り、この冒険者ギルドはほとんど機能しておらん。まぁ、冒険者への依頼に目ぼしい物は少なく、他のギルドのように訓練場のような場所もないからの。食っていく事もできなければ、なり手もおらんじゃろう。それに、ここでは鉱山で働く方が実入りがいいからのう。大体の若者は、他の街へ行って冒険者になるか、鉱山で働くかじゃの……」

「そうなんですね……」


 俺が建物内を観察していた事に気付いたのか、ベルンタさんにこの冒険者ギルドがどうなっているのかを話してくれた。

 予想通り、ここでは冒険者のなり手がほぼおらず、依頼自体も少ないみたいだね。

 時折、この街に寄った冒険者達が、宿代や食費代わりに依頼を受ける事はあるみたいだけど、だからと言ってずっとこの街に留まる事はないと説明してくれた。


「しかし、鉱山というからには、冒険者がやるべき依頼もあるのではないか? 他の街までの運搬を護衛するだとか、鉱山の中での安全を確保するためだとか……魔物が出た際の対処もあるだろう?」


 冒険者ギルドの説明を受ける中で、ソフィーが質問をした。

 確かに鉱山で働く方が実入りがいいとはいえ、街から物を運ぶ際には魔物と遭遇する危険もある。

 鉱山内はわからないけど、内部の安全を確保するだとか、ちょっと考えただけでも冒険者がやれそうな事がありそうなんだけどなぁ?


「そうじゃの。確かにそっちの嬢ちゃんが言う通りじゃ。じゃがのう……ここの鉱夫達がのう……」

「鉱夫が何か?」


 難しい顔をしているベルンタさんだが、鉱夫と冒険者で何か関係があるんだろうか?


「ここの街にいる鉱夫は見たかの? そんじょそこらの冒険者とは違い、体つきもできておったじゃろう? しかも、採掘の作業に使う道具も持っている……」

「えっと……確かに、体が大きい人が多かった……ですかね? 道具を持っている人もいました」


 身長は個人差があるからともかく、この街に来てから見かけた人たちのほとんどが、筋肉というかガタイが良かった。

 それこそ、ツルハシを持っていた女性でも、他の男達に負けないくらいだ。

 見かける人の多くがそうだというのは、住人が鉱山で働いているためで、他の街では見られない光景だろうなと思うけど……。


「それだけ体ができておって、採掘道具も持っておるとな? そこらの魔物も倒してしまうんじゃよ。碌に訓練をしておらずとも、多くはDランク程度には戦えるんじゃないかのう……」

「あー……と言う事は……?」

「考えている通りじゃ。冒険者がおらずとも、鉱夫が問題のあらかたを片付けてしまうのじゃよ。それに向こうは毎日の仕事に関係するからの。わざわざ冒険者に依頼するという、悠長な事をする暇もなく、魔物を発見次第倒してしまうのじゃ」

「成る程、そういう事か」

「……住み分けができておらんのじゃのう」



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