第537話 いざルジナウムの街へ



「リク様、行ってらっしゃいませ。魔物に関する情報は、こちらでも集めておりますので、何かわかればこちらから早馬を出します」

「はい、すみませんがお願いします」


 姉さんと一緒に見送りに来てくれたハーロルトさんは、こちらでの情報収集をしてくれるようだ。

 魔物が街や村に大きな被害をもたらさない限り、本来は冒険者の領分ではあるけど、魔物が集結したりと珍しい事が起きているので、国側としても情報を得る事を怠らないという事らしい。

 何かあれば、すぐに動ける即応体制を整えるためにも、重要だとの事だ。

 まぁ、早馬でこちらに何か報せが来るよりも、エルサに乗って移動した方が早いから、調査に時間がかかるようなら戻って来て話を聞いた方がいいのかもしれないけどね。


「リク殿、師匠……じゃなかった、エアラハール殿。御武運を」

「ヴェンツェルは、もう少し体を動かすこと以外の仕事をしっかりするのじゃぞ。かつての弟子とはいえ、さすがに頭脳労働ができないようでは、ワシの面目もなにもないわい」

「……承知しました」


 ヴェンツェルさんからの言葉に、エアラハールさんは溜め息を吐くようにして返していた。

 頭が悪いとか、書類仕事が全くできないというわけじゃないと思うんだけどね……それでも、体を動かしたくなって逃げ出したりしているから、注意されるのも仕方ない。

 元々が師匠と弟子という関係だからか、ヴェンツェルさんを注意するエアラハールさんの言葉は、結構辛辣だったけど。

 俺も、こんな風に言われたりしないよう、頑張ろう……差し当たって、ボロボロの剣を折れないようにしないとな。


「それじゃ、飛ぶのだわぁ」

「頼むよ、エルサ。それじゃ、行って来ます!」


 全員が乗り込み、エルサが顔を上げてゆっくりと浮かび上がる。

 段々と離れて行く地上を見下ろしながら、見送りに来てくれた人たちへと手を振った。

 姉さんやハーロルトさん達だけでなく、エフライムやレナ、メイさんやヒルダさんも来てくれていたから。

 調査の依頼がどれだけかかるかわからないけど、皆に見送ってもらえるっていうのは、悪くないね。


 ちなみに、ほとんど書庫にこもりきりになっているアルネとフィリーナには、ヒルダさんに伝言を頼んでおいた。

 まぁ、しばらく王城を離れるから、頑張って研究してって事くらいだけど。


「これはまたすごいの~」


 王城を見下ろすくらいの高さまで、ゆっくりと上昇したエルサ。

 背中に乗ったエアラハールさんが、キョロキョロとしながら感心した声を上げていた。

 空を飛ぶなんて経験、エルサに乗らない限りそうそうできない事だから、驚いたり感心したりしてしまうのも仕方ないね。

 まぁ、空を飛んでる魔物に乗れば、似たような経験はできるんだろうけど……ここまで高くないし、そもそも乗れるかどうかも怪しい。


「それじゃあ、行くのだわー」

「お願いね、エルサちゃん」

「わかったのだわー」


 大きく広げた四翼の翼をはためかせ、ルジナウムの街へと向かうエルサ。

 いつも通りに暢気な声で、モニカさんの声に答えていた。


「リク、先日全力のエルサに乗ったと言っていたが、高さとしてはどれほどなんだ? 速さよりもそちらの方を気にしていたようだが」

「ん~と、夜だったから明るい今とは全く違うだろうけど、王城や王都の明かりがなんとか見えるくらいだったかな。建物とかは、はっきりと見えなかったね」

「そうか……明るい今なら、地上にある木々を見る事もできるが、こんなものじゃないんだろうな……」


 ソフィーは全力で飛んだ時のエルサに興味があるらしく、その時の事を聞いて来た。

 高さに関しては、高度計とかもないし暗かったせいもあってなんとなくでしかないけど……少なくとも数百メートルはいっていたと思う。

 それくらいじゃないと、大きな建物くらいは見えそうだしね。


「興味があるのなら、高くするのだわー」

「いいのか?」

「エルサちゃん、大丈夫?」

「これ以上高くなるのかの? それは楽しみじゃ!」

「高く飛ぶのー」

「……大丈夫かな?」


 俺とソフィーの話を聞いていたエルサが、暢気に声をかけてくる。

 興味のあるソフィーとエアラハールさん、それとユノは嬉しそうだけど、モニカさんは心配そうだ。

 高く飛ぶという事は、落ちた時の危険が増すのだから、モニカさんの心配はもっともだし、もしかしたら既に今の高度でも少し怖いのかもしれない。

 ソフィー達は気にしていないようだけど……なんとかは高いところが好き、なんて事は考えたりはしない。

 ……俺も、嫌いじゃないからね。


「大丈夫なのだわ。今のままなら、少し高くなるだけなのだわ。全力を出すのなら別だけどだわ」

「そうか。それなら、少し高めに頼むよ。速度は……抑え気味でな?」

「わかったのだわー」

「「「おぉー!」」」

「……少し揺れるのね」


 八翼ではなく、四翼のままならそこまで高くは上がれないという事だろう。

 結界もエルサに任せたままだし、驚く程の高さにはなりそうにないから、皆が体験してみるのもいいと思って、任せる事にした。

 それでも、いきなり速度まで上げると恐怖を感じる事もあるだろうから、抑えめでね。


 ルジナウムに向かって飛びながら高度を上げたからか、王城でゆっくり浮かび上がった時とは違い、多少揺れた。

 特にしがみ付かないとというわけでもないし、危険はないんだけど、ソフィー達はちょっとしたアトラクションに乗っている気分で歓声を上げていた。

 モニカさんだけは、バランスを取る事に集中して警戒しているようだけど。


「もう少し上がるのだわー、行くのだわー!」

「……さすがに、少々恐怖感が増して来たな……地上を見下ろす事ができない」

「そ、そうじゃのう……いや、ワシは怖くなんてないぞ!」

「もっと高くなのー」

「揺れるけど、意外と平気ね。遠くまで見渡せて、気持ちいいわ」

「やっぱりこのくらいになると、意見が別れ始めるかぁ……」


 ちょっといい気分になったエルサが、さらに高度を上げる。

 地上を見下ろして今の高さを見てみるけど……正確な高さはやっぱりわからない。

 多分、百メートル以上は行っている気がする……明るいおかげもあって、地上の様子は見えるけど木がある事はわかっても形までは詳しくわからないくらい……かな?

 大きめの幌馬車ならまだしも、人くらいの大きさなら、歩いていても気付かないんじゃないかな? と思うくらいの高さだね。


 いつもの倍以上の高さになって、さすがに皆の様子が変わってきた……ユノだけは相変わらずだけど、そこは気にしないでおこう。

 ソフィーとエアラハールさんは、高くなる事を面白がっていたはずなのに、今では恐怖感に苛まれているようで、地上を見下ろす事ができずに空やエルサの背中ばかり見ているようになった。

 逆にモニカさんは、羽ばたくエルサの翼から伝わる振動や、揺れからのバランスを取りながら、地上を見下ろして楽しそうだ。

 ついさっきまでは、逆の立場だったのに……ちょっと面白いね。


 とりあえず、素直に怖いと言っているソフィーと、強がっているエアラハールさんは、これ以上高く飛ぶのは厳しいだろう……手足や声が震えているしね。

 逆に、モニカさんは心配症なところがありつつも、もっと高く飛んでも平気そうだ。

 エアラハールさんはともかく、エルサに乗る事に慣れているモニカさんとソフィーが、ここまではっきり分かれるとは意外だったなぁ――。



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