第534話 ヒルダさんとの会話



 今は小さくて子犬程度の大きさしかないエルサだが、やろうと思えば巨大化して、複数の人間を乗せて飛べるドラゴンと比べて、人間であるはずの俺の方が規模が大きいというのは、どうなのかと思わなくもないけど……それだけ魔力量が多いって事なんだろう。

 魔力が枯渇というか、底を尽きかける事は今までなかったから、多少の無茶はできるだろうけど……それにしても結界やら土を固めたりと、少々の忙しさでなんとかできる規模ではなさそう。

 まぁ、救いは土を固める魔法は、地面さえあれば量産できるから、適当な山に行って土を使って作ればいいだろうし、わざわざその素材を使う場所まで行かなくてもいいだろう事くらいかな。

 あとは、レンガのように焼くにしても、俺の仕事じゃない……ような気がしたけど、これも魔法でどうにかできそうだ……。

 さすがに、これくらいはエルサに頼んだり、姉さんに言って分担するように頼もうかな?


「リク様、差し出がましいようですが……少々一人で抱え過ぎなのではないでしょうか? 全て、リク様だからこそできる事ばかりだと思いますし、リク様以外には成し遂げられない事だともわかっていますが……」


 軽く途方に暮れて、部屋の天井を見上げていた俺を見かねたのか、今まで黙って全ての話を聞いていたヒルダさんから声をかけられた。

 どうやら、心配させてしまったらしい。


「確かに、俺一人でやる事が多過ぎる気もしますね……。姉さんに頼まれたら、断りづらくて……」

「でしたら、私の方から言っておきましょうか? 公の場では、侍女が陛下に物申すなど許されませんが……この部屋にいる陛下ならば、聞き入れてくれるかと」

「うーん……でも、やれるだけの事はやってみます。もし、忙し過ぎて大変になったら、その時はその時かなぁ? できるだけ、姉さんのためになる事をやりたいっていう思いもありますから。それに、ヒルダさんに迷惑をかけるわけにはいかなですし……」


 姉さんに頼まれたら断れない……というのは、昔から一緒にいて刷り込まれた事なのかもしれない。

 とはいえいつもお世話になっているヒルダさんに、代わりに言ってもらうなんて迷惑はかけられないしね。

 まぁ、できるだけの事をやって姉さんのために……と思うのは本心だし、やれるだけの事はやってみようと思う。

 もしもの時は……そうだね、エルサに乗って王城から離れた場所へ逃亡し、サボって休めばいいわけだしね。

 一国の女王陛下からの頼み事に頷いておいて、サボればいいと考えるのはいけない事なのかもしれないけど……。


「そう、ですか……。ですがなぜ、リク様はそこまでして陛下のためにと考えるのですか? リク様と陛下の関係は知っておりますが、少々一方的な気もします」

「あはは、まぁ、姉さんが俺に色々頼むのは、それができるからなんだと思いますよ。けどそうですね……姉さんはどう考えているのか、俺にはわかりません。ですけど……もう二度と姉さんを、親しくなった人を失いたくないんです……もちろん、その中にはヒルダさんも入っていますよ?」

「私などは……それも、リク様の優しさなのでしょうか?」

「うーん、俺は優しさとは思っていませんね。ともかく、姉さんが俺に頼んだ事ですが、国のため……国を守るためでもあって、それが確かに有効だと思うから、受けたという側面もありますね。それが、姉さんや他の皆を守る事にも繋がりますから」


 帝国が何を考えているのかわからない以上、国力を上げる事や防衛力を上げるのは悪い事じゃないはずだ。

 そしてそれは、もしもの時に姉さんや皆を守る事にも繋がってくれるはず……俺はそう信じてるからね。


「偉そうな事を言っていますけど、多分俺は今の状況が楽しくて、一人になりたくないだけなのかもしれません」

「一人に……リク様がお一人になられる事など、ないのではありませんか? 常にエルサ様といらっしゃっていますし、モニカ様やソフィー様も……」

「そのまま、一人で過ごすという意味ではないですよ? ただ、ここに来るまで……少なくともこの世界に来るまでは、一人でいる時間が長かったですから……」


 俺の横で我関せずと寝ている、エルサのモフモフを撫でながらヒルダさんと話す。

 一人になりたくないと言った辺りから、少しだけエルサが俺の方へ体を寄せた気がした。

 多分、エルサは俺の記憶がながれるという、契約があるおかげで、この世界に来るまでの事を知っているからだろうな……。

 もちろん、俺にだって話しをする友達くらいはいたけどさ……けど、この世界に来るまではほとんどの時間を一人で過ごしている事が多かった。


 一人で過ごすのが嫌なわけではないけれど、それでもやっぱり寂しさっていうのは無意識に感じていたんだろうな……というより、気にしないふりをしていただけかもしれない。

 姉さんの事は、忘れていたというより、ショックで記憶の奥底に封印していた薄情な人間だけど……両親もいなかったし、やっぱり寂しかったんだなと、この世界に来て自覚する事が多くなった。

 だから、モニカさんやソフィーだけでなく、親しくしてくれているアルネやフィリーナ、エフライムやレナも含めて、守りたいんだと思う。

 もちろん、姉さんやヒルダさんもね。


「……以前に少々話を聞かせて頂きました。それでなのですね、リク様が自分のためでなく、人のために力を振るうのは」

「結局は、一人になりたくないだけなので、自分のためだと思いますけどね……」

「いえ、それだけの能力をお持ちなのです。自分のために力を振るってもおかしくはありません。ですがリク様はそれよりも他の人を優先したがる……だからこそ、英雄と呼ばれて人が集まるのでしょう」

「ただ俺は、偶然エルサと契約して、それで手に入れた力を使って魔物を蹴散らしただけですけどね、ははは……」

「ただの偶然なら、エルサ様もリク様の事をそこまで慕いはしないでしょう。きっとそれも、リク様だからですよ」

「そうだと、いいんですけどね」


 偶然エルサを発見して、偶然キューという好物になる物を食べさせた事で、エルサに懐かれたり契約してくれた……という感覚が消えない。

 ユノが言うには、俺をこの世界に移動させる時にエルサと繋げたような事を言っていたし、まだ神様としての力を使える時に、俺が見る夢を使ってエルサの事を伝えたりと、工作はされたみたいだけどね。

 だけどヒルダさんは、それが偶然ではなく必然と言いたそうに否定してくれる。

 撫でているエルサは、ヒルダさんの言葉を聞いているからか、少し顔を背けるように身じろぎした……素直じゃない、と言えるのかなこれは?


 皆がいなくなった部屋で、エルサを撫でながらお茶を頂いてヒルダさんと話し、穏やかな時間が過ぎていく。

 多少自嘲気味に笑ったりもしたけど、こうして話し相手というのがいてくれるだけでもありがたい事だね。

 頼めばモニカさん達も、話し相手になってくれるだろうけど……なんというか、ちょっと照れ臭い気もする。

 ヒルダさんくらいの距離間の方が、話しやすいのかもしれない。

 きっかけはヒルダさんから質問だったけど、たまにはこういう風に自分の考えている事を話すのも、いいのかもね――。



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