第486話 緊張と緩みのバランス
「まぁ、あぁいう状況になった時の正解を求めるよりもじゃ、そのような隙を作らない事が重要じゃの」
「そう、ですね……」
結局のところ、どれだけ先程の状況をどうにかする事を考えるよりも、そうならない事を考える事の方が重要なんだろう。
剣を踏まれて動けなくなるような状況にならなければ、対処を考える必要もない。
「あのリクの攻勢を全て避け、さらに隙を作って攻勢に出るというのは、信じられないな……」
「そうね。私達だったら、まず避ける事ができないわね」
「……まぁ、簡単に避けられないようにはしてるつもりだからね」
俺の後ろで話すソフィーとモニカさん。
力任せだったり、大振りだったりはするけど、俺は俺なりにちゃんと考えて剣を振っているつもりだ。
速度や狙いも含めて、相手に避けられる事はないよう、剣を振っているつもりではあるんだけど、エアラハールさんには全く通じなかった。
「速さや狙いもそこそこ良かったがのう。じゃが、結局は力任せじゃ。ワシじゃなくとも避けられる者はそれなりにいるじゃろうて」
「そうなんですか?」
エアラハールさんの言葉に、モニカさんが聞く。
言い方はちょっとショックではあるけど、見様見真似で剣を振っているんだから、そう言われるのも仕方ないと思う。
ソフィーとかはいずれ、さっきのような俺の動きを見切って、簡単に避けるくらいはできるようになりそうだしね。
「今の冒険者事情には詳しくないがの。じゃが……そうじゃな……Aランクの冒険者なら、数人は。Sランクともなれば、確実に通じないじゃろう。もちろん、それらが相手にする魔物にも、通じない可能性が高いの」
エアラハールさんの考える基準だと、Aランク以上の冒険者には俺の剣が通じない可能性があるのか……。
まぁ、冒険者同士で争ったり、剣で戦ったリしたいとは思わないから、そのあたりはいいんだけど。
でも、魔物にも通用しない可能性が高いというのは、なんとかしたい。
いざとなったら魔法……という手段もあるにはあるけど、対処できる方法を増やす事は悪い事じゃないはずだしね。
「話に聞いていた通り、力任せに剣を振っているのは間違いないの。……あまり力を入れているように見えずとも、木剣で簡単に人を潰せる威力が込められておる」
「さすがに、人を潰す程はしませんが……」
「まぁ、例えじゃよ。普通なら、剣も含めて人間一人をあの一瞬で持ち上げるような膂力を発揮するなぞ、不可能じゃろう。それこそ、ヴェンツェルのように、体を鍛えてなくてはな」
多分、エアラハールさんの言う通り、俺が全力で剣を振るったら、斬るではなく潰すという事もできるんだろうとは思う。
ただ、さすがに手合わせの段階でそんな力は込めていないし、込めたとしても、先程の踏まれてる木剣を持ち上げた時くらいの事だ。
それだけの力があるのも、魔力が影響していると聞いているけど、ほとんどエルサと契約をしたおかげだ。
だからヴェンツェルさんのように体を鍛えなくとも、あれだけの力を出せるし、エアラハールさんの言うように、力を込めてるようには見えなかったんだろうね。
普通なら、筋肉の動きやらで、力を込める瞬間というのはわかるものなんだろうけど、俺の場合は魔力や契約の関係で、それが見えないという事なんだろう。
「ある意味、そうは見えずとも力を込められるというのは、強みかもしれんの。相手に悟らせる事がないのじゃから。じゃが、やはり無駄な動作が多いのう……。例えば最初の一撃。あれ程大きく振り上げなくとも、斬る事くらいはできるじゃろう? 必要ないのであれば、動作は小さく、そして素早くが基本じゃ」
「そうなんですね……」
頭では、今エアラハールさんから言われてる事は、なんとなくわかってはいる。
けど、実際に剣を振る段階になると、大きく振り上げたりした方が力が籠めやすく、斬りやすい。
だから結局、大振りになってしまう。
尋常じゃない力が籠められる事と、イルミナさんの店で買った剣の切れ味が良い事で、当たりさえすればなんとかなっていた……という事なんだろう。
「あとはそうじゃな……リク、お主動いていない時も全身に力を入れているじゃろ? あまりそうは見えなかったのじゃが、体が強張っているようにも見えたぞ?」
「えっと……はい、そうですね。いつでも剣を振れるように……何かが来たら避けたり剣で叩き落したりとか……とにかく戦闘となったら、なんにでも対処できるように、油断しないようにしてます」
「それが無駄じゃな。全身に力を入れるのは、剣を振る瞬間だけで良いのじゃよ。油断をするなと言っているわけじゃない。ただ、体を弛緩させておかないと、動けるものも動けなくなるからの。結局は柔軟な対応もできなくなるじゃろう。そうじゃな……」
戦闘時、俺が常に体に力を入れている事を無駄な事だと言い切ったエアラハールさん。
体を弛緩か……言葉の響きから一瞬、痴漢が頭に浮かんだけど、それはエアラハールさんの事だし、今は関係ない。
余計な考えを振り払って、エアラハールさんの話に集中する。
「弓矢があるじゃろ? 弓の弦は常に限界まで張り詰めているわけではない。緩み過ぎてはいかんのじゃが……緩みと緊張の間を保つことが重要じゃ。それができるだけで、ワシに剣を当てる……いや、避けられずに防御させる事くらいはできるじゃろう」
「そうなんですか?」
「うむ。剣の速さも上がるじゃろう。無駄過ぎる動きも減って、最小限で動くようになるはずじゃ。まぁ、言う程簡単にできる事ではないのじゃがな。そこからさらに、残っている無駄な動きを削り、弛緩と緊張の切り替えを素早く簡単にする事で、剣の腕は上達するじゃろう。小手先の技術はまた別じゃがな」
「最小限……無駄な動きを削る……か……」
真剣に俺の課題というか、強くなるためのコツのようなものを教えようとしてくれる、エアラハールさん。
その表情や目は真剣で、先程までの俺の部屋で条件を出してきた時や、モニカさん達に痴漢を働いた時とは雰囲気からして違う。
さすがに、元Aランク冒険者だけあるって事なのかな。
やる時はやる……くらいじゃないと生き残れない事もあるんだろう。
それにしても、剣を扱うための話で、弓の事を聞くとは思わなかった。
まぁ、例え話としてであって、弓を使うとかそういう話ではないけども。
弓の弦か……弓道はした事はないけど、さすがに弓を見た事くらいはある。
なんの気なしに弓を見ていれば、弦は張り詰められているように見えるけど、限界まで伸ばされているわけじゃない。
じゃないと、矢を番えた時に引き絞ったりはできないしな。
イメージとしては、楽器の弦より緩んでいる感じだ……それでも、ある程度は緊張状態……引っ張られてる状態なのは間違いないけど。
エアラハールさんの話を真剣に聞いている俺の後ろでは、ソフィーが何やら呟いている。
自分の使う武器と同じ、剣に関する事だから参考になる部分があるんだろう。
ソフィーも、自己研鑽は怠らない性格だし、基本は真面目だから俺と同じように、戦闘状態になるとずっと緊張しているようにも見えるからね。
……俺に任せる時は、随分リラックスしてると感じる時もあるけど……これも信頼の証と思っていいのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます