第485話 リクとエアラハールさんの手合わせ



 ヴェンツェルさんがハーロルトさんに連れて行かれて、見学者が一人少なくなったとて、やる事は変わりない。

 以前にも行った事がある訓練場に、エアラハールさんを連れて移動し、近くにいた兵士さんに木剣を用意してもらう。

 もちろん、木剣は現在使ってる剣と同じくらいの大きさと重さの物にしてもらった。

 俺が城にお世話になっている事もあり、いずれまた訓練をと考えて、兵士さん達の数人が用意してくれてたらしい……ありがたい。

 またいずれ、合同訓練をするのも良さそうだね。



「では……そうじゃな。まずはワシに打ち込んでみなさい」

「……いいんですか?」

「もちろんじゃ。傍で見るのもいいのじゃが、やはり一番よくわかるのは、実際に剣を交えてみる事じゃからのう」

「わかりました……」


 訓練場……以前ヴェンツェルさんと手合わせした場所で、木剣を持つ俺の向かいに、少しの距離を取って同じく木剣を持つエアラハールさん。

 エアラハールさんの木剣は、細長い剣身を持ったロングソードタイプだ。

 部屋にいる時や、移動している時は腰が前に曲がっている様子だったエアラハールさんだが、剣を持っている今は真っ直ぐ立っている。

 一瞬、木剣とは言えお爺さんに斬りかかるのを躊躇ったが、エアラハールさんの言葉とその雰囲気に、問題ない事を確信する。


 七十代に見えた今までと違い、ただ武器を持って立っているだけなのに、気迫のようなものがこちらに伝わってくる。

 もっている武器は木剣なのにも関わらずこれか……さすが元Aランク、という事なんだろう。

 エアラハールさんは、真剣な目を俺に向けて、無造作に立っているだけ……なのにいつでも斬りかかれる用意はできているようにも見えた。


「年寄りにいつまでも待たせるつもりかの? さっさと来るのじゃ」

「……はい!」


 あくまで、俺の事を見るために対峙しているだけなので、俺が動き出すのを待っているんだろう。

 エアラハールさんから声をかけられて、覚悟を決めて動く事にした俺。

 さすがに、全力で木剣を振る事はしないけど、油断はしないよう気を引き締め、剣を持ち上げてエアラハールさんへと向かって駆け出した。


「ふっ!」

「ほ?」


 エアラハールさんがどう動くのかなんて、俺にはわからない。

 経験豊富な人であれば、相手の動きを読んで……という事もできるんだろうけど、俺にはまだその経験が全く足りていない。

 だったら、やる事は一つだけ。

 とにかくエアラハールさんに当たるよう、持っている木剣を振るだけだ。


 そう思って、対峙しているエアラハールさんへ向かって駆け、呼気と共に大きく振り上げた剣を振り下ろす。

 単純な上段からの斬り降ろしだ。

 自分でも、これまでよりも鋭く触れたと思う一撃だったが、エアラハールさんは短く声を出しただけで、体を後ろにずらして避けた。


「っ!」


 ガツッという固い音と感触で、振り下ろした木剣は何かに当たる事はなく、地面に激突する。

 金属製の武器ではないため、硬い地面を叩いて手が痺れるという程にまではならなかったけど、力任せに振っている分、手が少し痛い。

 振り下ろしたままの姿で、視線をエアラハールさんの方へ向けると、向こうは余裕の表情でこちらを見ている。

 いくらでも俺を攻撃するチャンスがあったのに、何もしてこないのは、本当に俺の動きを見るだけだからなんだろう。


「くっ!」

「ふむ……」


 今まで余裕を持って避けられた事がなかったため、心に焦りがうまれ、そのままの勢いで木剣を持ち上げて左から右へ水平に横薙ぎをする。

 それもまた、スッと後ろに下がっただけで避けてしまうエアラハールさん。

 そこから何度か、斬り返して木剣を振るが、まったくエアラハールさんには当たらない。

 闇雲に振ってるわけでもなく、ちゃんと狙っているし、何度かは大きく踏み込んで、近すぎるくらいの距離で振ったにも関わらず、向こうは体に力を入れる様子すらなく、簡単に避けられてしまう。


 しばらくの間、俺が木剣を振り回すだけの時間になってしまった。

 剣の重さに振り回されているわけではないけど、多分、傍から見たら無茶苦茶に剣を振ってる子供の用に見えた事だろう。


「こなくそ!」

「やけくそになっては駄目じゃぞ? ほれ!」

「っ!?」


 いくら木剣を振っても当たらない事に、俺自身が業を煮やして、また大きく振り上げた木剣をエアラハールさんの頭上に向かって振り下ろす。

 だが、結局それも軽く避けられて、注意するような事まで言われる始末。

 さらには、地面に激突した木剣に対し、剣身部分に片足を乗せたエアラハールさんが、持っている木剣を無造作にこちらへ突き出す。

 体重をかけて木剣を持ち上げられないようにし、エアラハールさんの大きな木剣を振り上げたり持ち上げたりはせず、軽く突き出すだけの簡単な動作だ。


 だけど、それだけにも関わらず、木剣を足で抑えられている俺は身動きを取る事ができない。

 こういう場合は、持っている木剣を離して距離を取る……というのが確実に避ける方法なんだろうけど……っ!


「んー!」

「なんと!?」


 多分、エアラハールさんも俺が木剣を離すか、そのまま突きを受けるかのどちらかだと予想していたんだろう。

 腕に力を込めて、そのまま足を乗せているエアラハールさんごと、木剣を振り上げた。

 もちろん、それで体制を崩しているので、俺に向かっていた突きはなくなっているし、エアラハールさんも驚きの声を上げている。

 さっきまで、ずっと余裕の表情だったエアラハールさんの顔を、驚きの表情に変えた事は少しの満足感を得られたけど、ただ意表を突くというよりも、力任せにというだけだからな……。


 しかも、エアラハールさんの体制を崩すまでには至っていない。

 さすがに、後ろに下がらせる事はできてはいるけど、すぐに突きをするように動いていた木剣と腕を戻し、たたらを踏む事すらなく、先程までの自然体の恰好で立っている。

 ……このまま、振り上げた木剣を振り下ろしても、また簡単に避けられるだけだろうなぁ。


「ふむ……ここまでのようじゃな」

「……はい」


 諦めた……というとばつが悪いけど、攻め手がないと感じている俺の様子を見て取ったのか、静かにその場へ腰を下ろすエアラハールさん。

 俺も、振り上げていた木剣を降ろし、小さく返事をしながら、その場に座った。

 手合わせが終わった事がわかったのか、離れていたモニカさん達も俺とエアラハールさんの所へと集まる。

 さすがに、エアラハールさんの隣とかではなく、警戒して俺の後ろだけどね。


「最後のは良かったのぉ。まさか、あそこからワシが踏んでいる剣を振り上げられるとは、思ってもみなかったわい」

「多分、正解は剣を離して距離を取るとかだったんでしょうけど……それだと結局手の平で踊ってるだけのような気がして……」

「そうじゃの。持ち上げるじゃなく、剣を引くという手もあるのじゃが……それにはどうしても動作に時間がかかる。結局は、剣を手放さなければ、ワシの突きが当たっていたじゃろう」


 踏まれていた剣を、力任せに持ち上げられたのは褒められたけど、あまり嬉しくはない。

 結局は、力任せに体を動かしただけだからだ。

 剣を引くというのは、その動作のために使う時間が一瞬だけでもある。

 木剣は踏まれて地面に縫い付けられているのだから、何もない状態で剣を引くよりも力が必要だし、通常よりも時間がかかる。


 一秒にも満たない一瞬の事とはいえ、それだけあればエアラハールさんの突きは、俺の体に突き刺さっていただろう。

 まぁ、木剣という事もあるし、俺だって革の鎧を身に付けてるから、本当に刺さったりする事はないだろうけど――。



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