第484話 エアラハールさんへの説明



「……失敬だわ。私は何もしていない人間を襲ったりしないのだわ。……何かをやって来たら、別だけどだわ」

「まぁ、その結果が、エアラハールさんの見た大穴なんだろうね。……魔法を使って消滅させるとかじゃない分、まだマシなのかな?」

「その頃は、まだリクと契約していないのだわ。だから使える魔力にも限度があるのだわ。消滅させるなんて、魔力の無駄遣いはしないのだわ」


 あぁ、そういえば、ドラゴンは人間と契約しないと能力に制限があるんだっけか。

 何故そうしたのかはわからないが、多分暴れまわるのを防ぐためでもあるのかもな。

 それにしたって、大きな砦に体当たりというのも……ちょっと豪快過ぎると思うけど。

 魔力を消耗し過ぎると、大きな体を維持するのも難しくなるらしいし、節約するためなのか。


 そういう事を考えているのに、出会った当初は魔力が切れかけて危険な状態だったけど……。

 あれは、人間の契約者……俺がこの世界に来た事を感覚で察知して、我を忘れて飛び回ったせいだったっけか。

 ……キューの事もそうだけど、興奮状態になったら何をするかわからないから、これから先、エルサが残した痕跡に出会う事もありそうだ……。

 辺り一面荒野にした痕跡……なんてものを発見しなければいいけど。



「……つまり、ドラゴンと契約した事で力を持て余している……という事なのじゃな?」

「多分、そうだと思います。剣を使って魔物の討伐をしてはいますが、ほとんど力任せに振るばかりで……それでも、一応は戦えていますけど」


 エルサが痕跡を残した話は置いておいて、まずはエアラハールさんにドラゴンの事を説明。

 俺がエルサと契約した事で、魔力を自由に扱う事ができるようになったうえ、それが原因で異常なまでに体が強化されてしまっている事。

 だから今は力任せに剣を振るだけで、なんとか魔物の討伐ができてしまっている事などを説明する。

 力を持て余している……という表現が正しいのかわからないけど、とにかく振り回してるだけ、という感覚は常にある。

 一応、不格好にならないよう、自分なりに体を動かしてはいるけど、ユノの動きを見ると、自分がどれがだけ未熟なのか……技術がない事をはっきりと実感させられるからなぁ。


「ふむ……そうじゃな……ドラゴンとの契約というのが、どれほど影響を及ぼしているのかワシにはわからん。じゃが、力に振り回されるという状況なら、見た事がある。――のう、ヴェンツェル?」

「はは、エアラハール殿、昔の事ですよ」

「ヴェンツェルさんが?」

「うむ。こやつはワシの教えを請う以前から、体を鍛えておったからのう。剣の扱い方も知らずに……じゃ。それが急に剣を持つようになったもんじゃから、握り方も無茶苦茶で……剣でぶん殴るという表現がしっくり来るほどじゃったのう……」

「しかも持っていたのが、ショートソードのような短い剣でしたからな。軽い剣のおかげで斬るというよりも、鈍器のような扱いをしていました……」


 苦笑しながら話すヴェンツェルさん。

 ヴェンツェルさんの若い頃は、今よりもどう違うのかわからないけど、その頃から体を鍛えていたのなら、力持ちの部類だったんだろう。

 大きめの剣を扱うヴェンツェルさんは想像できるけど、小さなショートソードを器用に扱う姿はあまり想像できない。

 豪快に大剣を使って相手を斬り伏せる姿……というのが一番想像しやすいね。


 有り余る膂力で軽い武器を使っていたために、力を持て余していたという事か……。

 確かに俺もそれに近い部分はあるんだろう。

 実際に持っている剣は、ショートソードよりも大きく、多少は重さがあるけど……戦闘時に重さを感じる事はほとんどないしなぁ。

 ヴェンツェルさんと違って、俺の体がそこまで大きくないから力に振り回されていないだけなのかもしれない。

 エアラハールさんが言っているように、握り方や振り方が無茶苦茶で……という状況じゃないおかげもあるのかもしれないけどね。

 教えてくれたマックスさんと、以前合同訓練した時の兵士さんには感謝だ。


「ともかく、話を聞いているだけでは埒が明かないのう。ヴェンツェルよ、どこか剣を使っても問題ない場所はあるかの?」

「それなら、以前リク殿も使った訓練場を使えばよろしいでしょう。……確か、今日は兵士の訓練にも使われる予定はなかったはずです」

「そうか、それじゃそこで一度動きを見てみる事にするかの」

「それじゃ、訓練をつけてくれるんですか?」

「条件を付けようとしたのじゃが……そこにいるドラゴン様が怖いからの。ドラゴンとの契約者を鍛えるという事も面白そうじゃ。――手に負えるかはわからんのじゃが……」

「ありがとうございます、よろしくお願いします!」


 エアラハールさんは、モニカさん達に触れられる事の条件を取り下げて、こちらを監視しているエルサの方へチラリと視線を向けながら、諦めたように認めてくれた。

 エルサが見張っているため、モニカさん達に近付くのは諦めたようだし、ドラゴンが見ているから下手な事は言えない……と考えたんだろう。

 まぁ、失礼な事を言ったら、またエルサが体当たりや頭突きして来るかもしれないしな……。


 エルサのモフモフを差し出そうとした甲斐があったって事かもしれない。

 いや、エルサが怒った事とドラゴンであるという事が、ほとんんどだろうけどね。

 とりあえず、自分達への要求がなくなった事に、モニカさんとソフィーさんはホッと息を吐いていた。

 女性を条件に、というのは駄目だよねやっぱり。


「それでは、すぐにでも移動しよう。訓練場を使うのは、私から許可を出しておく。今からなら、昼食までにリクの動きを見る事ができるだろうしな」

「はい、ありがとうございます。ヴェンツェルさん」

「なに、私も何かの参考になればと思うからな」

「体を鍛える事ばかりでなく、その使い方も重要なのじゃと、ようやくわかったようだの」

「ははは、まぁ……師匠との訓練で編み出した技を軽々と破られたら、それだけではいけないと考えるくらいはしますよ」


 ヴェンツェルさんの言う通り、昼食までに軽く運動するにはいい時間かもしれない。

 お礼を言う俺に、何か参考にしたい様子のヴェンツェルさん。

 それに対してエアラハールさんが、呆れてる様子。

 苦笑するヴェンツェルさんは、エアラハールさんに答えながら、俺達を連れて訓練場へ。


 部屋の隅に避難していたモニカさんやソフィーも、見学のためについて来るらしく、エルサを抱いたまま俺達と一緒に部屋の外へ。

 ユノはふて寝したままだから、ヒルダさんが見てくれるようで、俺達を見送ってくれた。


「ヴェンツェル様、またこちらでしたか」

「ハーロルト!?」


 部屋を出てすぐ、ハーロルトさんに呼び止められるヴェンツェルさん。

 ……このパターンって……。


「こんなところでサボっていないで、ちゃんと仕事して下さい」

「いや、そのな? 今回はリク殿に紹介する人がいてな?」

「……紹介は終わっているように見えますが? さ、行きますよ」

「あ、おい、ちょっと待て……私もリク殿の動きを……ぬあぁぁぁぁ……」

「……連れて行かれましたね」

「相変わらず、頭脳労働が苦手な奴のようじゃの。偉くなっても、そこは変わらんわい」


 やっぱり、仕事のためにヴェンツェルさんを連れ戻そうとしに来たらしい。

 エアラハールさんを紹介するというのはもう既に終わっているため、すぐにそれを見抜いたハーロルトさんに、また襟首を捕まえられて引きずられて行くヴェンツェルさん。

 残された俺達は、それを見送って溜め息を吐きながら呟く。

 エアラハールさんの言う通りなら、以前から書類仕事は苦手だったようだね……ハーロルトさんの苦労が偲ばれるなぁ……。



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