第477話 捕まるヴェンツェルさん
「そうですか。間に合って良かったです。俺達も今日戻って来たばかりなので、丁度良かったですね」
「そうだな。リク殿が遅れたら、陛下にも迷惑をかけてただろうしなぁ……」
「……」
帰って来たその日から訓練、というのもできなくはないけど、今日くらいは休みたいと思うのが本音だ。
お師匠さんも今日は休むようだし、タイミングが良かったと思って、今日はゆっくり休ませてもらおう。
そう思っていたら、安心した様子になりながら、ヴェンツェルさんが顔をしかめる。
マックスさんも、モニカさん達にお師匠さんに気を付けろと言っていたし……やっぱり何か問題があるのだろうか?
ヴェンツェルさんの言葉を聞いて、ヒルダさんが顔を俯けているけど……ちょっと怒りのように思える雰囲気がにじみ出てて、少し怖い。
以前にも、何か問題を起こした事があって、それでヒルダさんは知っているのかもしれない。
「ね……陛下にも迷惑というのは、何か問題を起こすんですか? マックスさんも言っていましたけど」
「いやぁ……問題というかなぁ……まぁ、明日に会えばわかるだろう。マックスから、注意されるような事は言われなかったか?」
「えーと、モニカさん達に言っていましたね。俺には特にありませんでしたが」
「そうだろうな。……口止めされているというわけではないが……前もって言うと、ヘソを曲げそうだからな。――ヒルダ、陛下には?」
「伝えてあります」
「なら、大丈夫だろう。すまないが、俺からは気を付けてくれとしか言えない。まぁ、主にリクではなくその他に対してだが」
「……わかりました」
マックスさんやマリーさんからも気を付けろと言われたが、何をどう気を付ければいいのかは教えられていない。
ヴェンツェルさんが確認したように、姉さんには伝えられているようだし、ヒルダさんが少し意気込むような雰囲気を見せている事から、あっちの警戒は十分っぽいね。
ともかく、どんな人なのかはわからないけど、警戒しておくに越したことはないようだ。
俺ではなく、モニカさん達の方を見ながら忠告をするヴェンツェルさんに、皆が不思議そうにしながらも頷く。
それにしても、俺ではなく女性陣にばかり注意するのは、何故なんだろうか……?
俺がエルサと契約してるから……というのは違うだろうし……ううん……。
「失礼します。ヴェンツェル様はこちらに……」
「あ……」
ヴェンツェルさんと話していると、入ってきたまま半開きになっていた扉が開き、ハーロルトさんが顔を覗かせる。
どうやらヴェンツェルさんを探しに来たみたいだ。
そのヴェンツェルさんは、ハーロルトさんの方へ顔を向けて、小さく声を上げて気まずそうな表情になった。
「ヴェンツェル様! やはりここにいましたね! 今日は報告もあるのですから、途中で抜け出さないで下さい!」
「いやぁ……リク殿が帰って来たと聞いてな、師匠の事を伝えねばと……他の者に任せるよりも、私が伝えた方が確実だろう?」
「リク様に直接伝えたいのはわかりますが、せめて仕事が終わってからにして下さい!」
顔を覗かせたハーロルトさんは、ヴェンツェルさんを見つけて叫び、怒り始める。
ヴェンツェルさんは、俺が帰って来た事を知ってすぐに仕事を抜け出してきたらしい。
姉さんといい、ヴェンツェルさんといい、国のトップ陣がこの様子で大丈夫なのだろうかと、少し心配になるが、ハーロルトさんやヒルダさんといった、優秀な人のおかげでなんとかなっているんだろう、ありがたい。
「いやぁ……それだと夜中になりそうだったからな……」
「それは、貴方が仕事を溜め込んでいるからでしょう!? まったく、行きますよ! ――リク様、失礼しました。ヴェンツェル様は回収して行きますので、ごゆっくりお休みください」
「あー……あははは、わかりました、お疲れ様です」
言い訳しようとするヴェンツェルさんに、ハーロルトさんが一喝し、俺へと頭を下げる。
他の皆もそうだろうけど、俺も苦笑するしかない。
「まったく、本当にお疲れですよ。それでは――ほら、行きますよ!」
「いたたたた! 抜け出したのは悪かったから、服を掴むな! 首が締まる!」
「もう逃がさないためですからね。まったく貴方という人は……」
苦笑したり唖然としている俺達を余所に、愚痴を漏らすように言いながら、ハーロルトさんはヴェンツェルさんの服の襟を掴んで、引きずって行った。
部屋を出ても、扉が閉まるまでの間、外からハーロルトさんとヴェンツェルさんが騒ぐ声が聞こえていた。
あれはあれで、ある意味信頼関係なのかもしれないな……多分。
巨漢と言っても差し支えない程、筋骨隆々で身の丈も2メートル近くありそうなヴェンツェルさんを引きずって行くハーロルトさんは、情報部隊であってもしっかり訓練された膂力があるようだ。
細身だからあまり想像できないけど、軍所属なんだから、情報部隊とかは関係なく人を引きずるくらいの力を付ける訓練はするか。
いや、人を引きずるためではないだろうけどね。
「嵐が過ぎ去ったような感覚ね……」
「伝えたい事を伝えて、すぐに引きずられて……体が大きい分迫力があったと言えるか」
「ヴェンツェル様も、リク様方が戻って来るのを楽しみにしていたのでしょう」
ヴェンツェルさんを引きずって行ったハーロルトさんを見送り、一気に静かになった部屋で、モニカさん達が感想を漏らす。
確かに、筋肉ダルマとも言えるヴェンツェルさんがいるだけで、若干圧迫感があるし、声量も大きいから圧倒される。
さらにそのヴェンツェルさんを黙らせて連れて行くハーロルトさん……。
俺達はほとんど見るだけしかできなかったが、なんとも騒がしい一幕だったなぁ。
ヴェンツェルさんには失礼かもしれないけど、ヒルダさんがフォローするように言ったのを聞いて、ムキムキのオジサンがワクワクしながら帰りを待つ姿を想像してしまって、微妙な気分になってしまった……。
レナなんて、目を白黒させてるし……クレメン子爵領で騎士団員と顔を合わせたりしていても、あぁいうのは慣れてないんだろう、俺も慣れてないし。
ちなみにメイさんは、ヴェンツェルさんが入ってくる瞬間に飛び上がって、また天井に張り付いていた。
警戒してるわけではないんだろうけど、虫みたいでこれまた微妙な気分。
……もしかしたら、天井が一番落ち着く場所なのかな?
ヴェンツェルさん達が去った後、またしばらく談笑してゆっくりしていると、疲れた様子の姉さんとエフライムが部屋へと来て挨拶。
談笑する中で、次に部屋へ来るのはアルネかなと予想してたんだけど、外れたみたいだ。
アルネはまだ、書物に埋もれて夢中になってるらしい……何か面白そうな記述でも見つけたのかもしれないね。
「……リク様、数々の無礼……お許し下さい……」
「……えっと、急にどうしたの、エフライム?」
姉さんに付き従うように、部屋へと入ってきたエフライムは、俺の顔を見るなり跪いて頭を垂れた。
急なエフライムの行動に、俺だけでなくモニカさん達も首を傾げてる。
レナはキョトンとして、よくわかっていない様子で、姉さんとヒルダさん、メイさんは苦笑してるね……。
姉さん達は、何か知っているのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます