第478話 様子のおかしいエフライム



「帰って来たら、急にエフライムから様を付けて呼ばれてるのは、どういう事なの? ねぇ、知ってそうな……陛下?」

「あー……あははは、えっとね……喋っちゃった」

「喋った? 何を?」


 頭を垂れたまま、動かないエフライムはとりあえずそのままにしておいて、事情を知ってそうな姉さんに顔を向け、聞いてみる。

 危うく姉さんと呼びけたけど、すぐに陛下と言い直した。

 ……動揺したり油断してると、まだ咄嗟に姉さんと呼びそうになるな……もう少し気を付ける必要がありそうだ。


 ともあれ、姉さんが何を喋ったのか……何を言ったらエフライムが急に俺の前に跪くようになるのか……。

 元々、俺が勲章を受け取ったり、Aランクの冒険者であっても、年の近い同性として、友人のように接してくれていたエフライムなんだけど、急にこんな事になるなんて、よっぽどの事があったのかもしれない。

 苦笑する姉さんの顔を見ながら、首を傾げて先を促すと、気まずそうに俺から視線を外して、明後日の方を皆がら白状する姉さん。


「えっとね……早い話が、りっくんの素性? それと、私の事もかな。ついこの部屋で寛いでる時に、ポロっとりっくんが弟だとか、私が姉だとか言っちゃってね? その時偶然ね……」

「エフライムが部屋にいたって?」

「私もいましたよ、リク様」

「そうね……レナちゃんやエフライム……メイもいたわね」

「あの時の陛下は、国内の作物に関して会議を重ね、疲れておられましたからつい漏らしてしまったのでしょう。……もう少し周囲を見て発言して欲しいと思いますが」

「……ヒルダは手厳しいわね」

「つまり、俺が元々姉さんの弟で……とかそういう話が伝わったって事だね?」


 俺がいない時に、この部屋で姉さんが寛ぐのは以前からもあった事だし、別に構わない。

 そもそも間借りしている部屋だし、勝手に入るなと言える立場じゃないのと共に、俺自身気にしない性格だからか、問題はない。

 ……さすがに、置いてある荷物を漁るとか、そういう事は嫌だけども。


 ともあれ、俺がヘルサルに行っている間に、会議続きで疲れた姉さんが、ポツリと漏らした俺との関係をエフライム達に聞かれ、説明せざるをえなくなった……という事なんだろう。

 元々、話すのが面倒……ではなく、ややこしくなりそうだから話さなかっただけだしね。

 女王陛下でもある姉さんが関わる話だし、おいそれと誰かに話すわけにもいかない。

 と考えていたのに、おいそれと誰かに話したのは姉さんという事だ。


「……姉さん。寛いだり休むのは構わないけど、もう少しちゃんとしよう?」

「ついにりっくんにまで言われてしまったわ……」

「他に誰が……あぁ、ヒルダさんか」

「私だけでなく、他の侍女も……というのが正しいです、リク様」


 ヒルダさんと姉さんは、年の近い友人……俺とエフライムのような感じだから、公の場でなければ軽口だとか、注意したりする事もあるんだろう。

 実際、今まで何度か見てきたしね。

 それはともかく、あまり人の事を言えない俺からすら注意されて、項垂れた姉さんは放っておいて、エフライムの方だ。

 こうやって話している間も、微動だにせず跪いたままだから……その体制、ずっと続けるの辛くないのかな?


「えっと……エフライム? 俺の素性や姉さんの関係性がわかったからって、畏まる必要はないよ? 今まで通り、普通に接してくれればいいからさ」

「そんな事はできません! 敬愛するアテトリア王国女王陛下の弟君であらせられるリク様に、友人のように接するなど……畏れ多い事でございます!」

「……お兄様がおかしくなりました」

「あー、レナ。それは言わないであげようね? んー、困ったな……」

「ずっとこの調子なのよ。敬愛するとか言ってくれるのは嬉しいんだけどねー」

「……姉さんはもう少し反省して。順序良く説明してたら、こんな事にならなかったかもしれないんだから、多分」

「……はい」


 エフライムに声をかけても、女王の弟である俺に失礼な振る舞いはできないとの一点張り。

 あまり気にした様子のないレナは、そんな兄の姿を見て呆れている様子でもあるが……そんな目で見ないでやって欲しい。

 項垂れていたはずの姉さんが、すぐに復活してお気楽にエフライムを見ながら言うけど……元凶というか、事情をお漏らししてこうなったのは姉さんが原因なんだから、もう少し反省して欲しい。

 俺がちょっと強めに言うと、しゅんとしてまた項垂れた姉さんだが、その横ではヒルダさんがうんうん頷いていた……日頃の苦労が垣間見えるね。


「とにかく顔を上げてよ、エフライム。このままだと話しづらいからさ」

「はっ! 弟君……いえ、リク殿下におかれましては、数々の無礼をお許し頂きたく……」

「無礼って……そんな事全然なかったけど。とにかく許す、許すから、何も問題ないからね。……というか、殿下って?」


 顔を上げてくれるよう伝えると、短く返事をして顔をガバッと上げるエフライム。

 俺を真っ直ぐと見て、真剣な表情と眼差しは、冗談を言っている気配や雰囲気は一切ない。

 エフライムにとっては本当に真剣なんだろうけど……なんだろう、俺が慣れていないせいなのかあまり真剣になり切れない。

 というか、ここでいきなり偉ぶった振る舞いなんて、俺にはできないしね。

 それと、気になったのは俺の事を殿下と呼んだ事だけど……。


「私が女王だし、その弟であるりっくんは王族の一人だから……って。基本的に、王に近い王族がそう呼ばれるからね」

「いや、それくらいは知ってるけど……」


 以前というか、前世の姉さんと姉弟だったというだけで、今はそうではない。

 記憶や感情の部分では姉弟のままだけど、血は繋がっていない。

 そういう事をちゃんと、姉さんはエフライムに説明したんだろうか?


 血が繋がっていないから、俺は王族ではないし、当然王位継承権なんて持っていない。

 まぁ、王様になれと言われても、辞退するだろうけども。

 血統を重視する文化だろうから、血が繋がっていないとそういう事は認められないだろうしね。

 んー、困ったな……こういう時は……。


「モニカさん、お願い!」

「え、私!? 貴族であるエフライム様に、私から意見を言うなんて……」

「私もお手伝い致します、モニカ様。当然、陛下もですが」

「……わかったわよ」

「私も、お兄様をイジメます!」

「私も参加致しましょう」

「え? お、おい。レナーテ? メイも? 陛下まで……え?」

「さぁ、エフライム様、あちらに参りましょう」

「ちょっと……おい!?」


 困った時のモニカさん。

 便利アイテムではないけど、こういう時の説明というか、普段通りに接して欲しいという説得は、モニカさんに任せるに限る。

 俺自身がなんて言っていいかわからないせいなんだけどね……。

 でもさすがに、貴族であるエフライムにあれこれ言うのは、モニカさんも躊躇するのか、俺から指名されても戸惑っている。


 それを見て、ヒルダさんがサッと移動。

 モニカさんに協力するついでに姉さんも巻き込む。

 さらにレナとメイさんも参戦して、部屋の隅に連れて行かれるエフライム。

 なんか、さっきも見たような光景だね……あっちは男二人だったけど。


 それはともかく、レナはエフライムに何か思う事があるんだろうか?

 色々と説明するだけで、イジメるわけじゃないから。

 まぁ、なんとなく面白そうだから、参加するだけだと思えばいい……のかな?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る