第474話 好物はキューかそれともスイカか
「そうなのか。まぁスイカはすぐに食べられないだろうから、とりあえずはキューだな」
「……早く食べたいのだわ。けど、作物ができるのなんて、一瞬なのだわー」
「一瞬って、年単位ではないだろうけど、少なくとも数カ月くらいはかかるぞ?」
「それくらいなら、寝て起きたらすぐなのだわ」
スイカを食べようとしても、ヘルサルで安定して作られるのを待たないといけない。
姉さんへの献上品になってるらしいから、王城に戻ったらもしかしたらあるのかもしれないけど……それを食べさせてくれるかは、姉さん次第だ。
あと、元々数が少ない珍しい物という事もあって、食べられたとしても、多くは食べる事はできないだろうしね。
けどエルサ……作物が育つ数カ月を寝て起きたらって……ドラゴンでもさすがにそれは……。
「リク、エルサはリクの何十倍も生きてるの。数年なんて、それこそ一瞬に感じるの」
「そういうものなのかなぁ?」
「そうねぇ……私達エルフも、時折人間との感覚の違いに戸惑う事があるけれど、これも生きる長さの違いかしらね。エルサちゃんのように、数カ月が寝て起きたらすぐとは言わないけど、一年なんてあっという間……という感覚はあるわね」
「成る程ねぇ……」
エルサの言い方に、首を傾げてるとユノとフィリーナがフォローするように言う。
確かに生きてる長さそのものが違うのだから、そういった時間の感覚が違う物なのかもしれないね。
人間が大体百年生きるとして……エルフはその十倍近く、ドラゴンは……寿命があるのか知らないけど、確かエルサは千年程度生きてたとか聞いた覚えがある。
まだ二十年も生きていない俺には、想像がつかない感覚だけど、それだけ長く生きてたら、数カ月や一年なんて長くは感じないのかもな。
そう考えると、よく俺の頭にくっ付いて寝ているエルサだったら、本当に数カ月くらいは寝て過ごしていてもおかしくなさそうだ。
……寝過ぎで体が痛くなりそうだけど、そこはドラゴンだし、体の造りが違うからね。
それなら、キューが足りなくなると知った時、もう少し余裕をもって多く作られるのを待って欲しかったと思うけど、今食べてる好物がなくなると考えたら、いてもたってもいられなかったんだろう。
「とにかく、スイカができるのが待ち遠しいのだわー!」
「大丈夫よ、しっかりエヴァルトには頼んでおいたから。ちゃんと村の人と交渉して、知識のある人を派遣してくれるわ」
「そうだね。いい報せが来るのを待っておこう」
最初渋っていたのは何だったのか……と思うくらいに、今ではフィリーナもスイカをヘルサルで作る賛成派だ。
獅子亭でマックスさんが用意してくれたスイカが、よっぽど美味しくて気に入ったらしい。
皮ごと食べてた経験から、切って赤い果肉だけを食べるという経験をしたのが、衝撃的だったのかもしれない。
俺からすると皮ごと丸かじりで食べるという方が、衝撃的だったけどね。
ともあれ、クラウスさんとエヴァルトさんに期待して、スイカが収穫できるようになる事を祈っておこう。
あと、エルサにはまだ、王城で食べられるかもしれないという事は言わないでおく。
姉さんが食べさせてくれないという事はないだろうけど、そもそも今王城にあるのかわからないしね。
ぬか喜びになったら、エルサをがっかりさせてしまうから――。
「もうすぐ到着なのだわー。城の広場でいいのだわ?」
「あー、どうだろう? 帰って来る予定日とかは伝えてるけど……急に広場にエルサが降りたら、驚かせたりするかな? 城下町の方からも見られるだろうし……」
「リク様、エルサ様であれば、直に王城へ降りられて構わないかと。リク様達を知らない者は城にはいないでしょうし、危険な事ではありませんから」
「そうなんですね、わかりました。――エルサ、そういう事だから、城に直接言ってくれ」
「わかったのだわー」
遠目に王城が見え始めた頃、エルサでこのまま城に行っていいのかを考える。
城の広場に降り立つには、城下町の上空を通らなければならないため、色んな人に見られてもおかしくない。
エルサの事は知られてるため、騒ぎにはならないだろうけどね。
でも、城の方は急にエルサが降りて来たら、何事かと警戒するかも……と考えて、離れて降りるかと考えたんだけど、ハーロルトさんから大丈夫との許しが出た。
大丈夫そうなら、城に直接行った方が早いし、城下町の人達に見つかるリスクがないので、ありがたい。
王都を離れてまだ数日……噂は収まってないだろうし、やっぱりまだ城下町を大手を振って歩くのは躊躇われるよね。
「町の人達に見つからずに済むので、城に直接行けるのはありがたいですね」
「そうですね。リク様達の行動を阻害しないためにも、エルサ様に乗る場合は、城の広場を使えた方が良いでしょう。ただ、町の方はもう少しで、リク様に関する噂もなくなりそうですがね」
「そうなんですか?」
「はい。王都を離れていたので、進捗はまだ確認していませんが、部下に命じてリク様や陛下とは別の噂を流すようにしております。さすがに順調にいったとしても、数日で効果が現れるわけではありませんので、もうしばらくお待ちいただく事になりますが……」
「いえいえ、俺に関する噂や興味が薄れて、町を歩けるようになるだけでありがたいですよ」
情報部隊を持つハーロルトさんは、俺の知らない間にそんな事をしていたらしい。
まぁ俺だけでなく、姉さん……女王陛下にも関わる事だから、動いてるのかもしれないが、それでもありがたい。
噂なんてすぐになくなる……と思いたいけど、それが早まるだけでも随分違う。
新しい噂が流れれば、人々の興味はそちらへ行って、俺の顔を見ても前に勧めない程集まってくるという事も、減ってくれるだろうね。
こういうのが、情報操作というのか……いや、微妙に違う気がしなくもないけど。
「ただ……」
「ん?」
俺が内心喜んでいると、少し悩むような表情になるハーロルトさん。
何か気になる事でもあるのかな?
「いえ、さすがに全ての人々の興味を逸らす事はできませんので、完全に解決するとは言えなくてですね……」
「あー、それは仕方ないですね。全員の考えが同じわけではないですし、新しい噂に気付かない人もいますから」
新しい噂が流れても、俺への興味だとかはなくさない人だっているだろうしなぁ。
ともあれ、歩けない程の人が集まってくるという状況にさえならなければ、いいだけだ。
別に俺は人と話すのが嫌なわけでもないから、普通に町中を歩けるのであれば、偶然俺を見て話しかけた人と話しながら、移動する事だって構わない。
いや、さすがにずっとついて来られると困るだろうけど、その時は断ればいいんだしね。
以前はワーッと皆が集まって、それぞれが好き勝手に話しかけてくるような、無法状態だった。
その状態だと、俺の話を聞いてくれなかったからね。
そういう状態になる事がなくなる、もしくは減るだけでも、町へ気楽に出かける事ができそうだ。
「降りるのだわー」
「おっと」
ハーロルトさんとの話をあれこれ考えているうちに、エルサが城の上空へ到着。
移動している時よりも、忙しなく翼を動かしながら、ゆっくりと下降していく。
上昇と下降が、やっぱり一番翼を動かすんだなぁ……なんて思いながら、眼下に迫ってきた地面を見ながら、着陸するのを待った――。
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