第473話 エルサの本気はまた今度
「リクの魔力を蓄えられたから、多めにお送りしているのだわー」
「多めにって……俺の魔力でそんな事ができたのか……」
「飛行性能? とかいうのが向上するらしいのだわ。けど、魔力を多く使うから、今まではあまり出したりしてなかったのだわ」
エルサと初めて会った時、飛び回り過ぎて魔力が切れそうになり、森に墜落していた状況だった。
その経験から、飛ぶ時に魔力を温存するようにしていたらしい。
今は俺との契約があるし、長い間俺の頭にくっ付いていたりもするから、流れる魔力を蓄えられたんだろう……と思う。
それなら、今じゃなくてもいいと思うけど……俺がいるから魔力の温存をあまり考えなくてもいいと、やっと考えられたのかもね。
お気楽に言うエルサからは、そんな感じほとんどしなかったけども。
「出そうと思えば、もっと出せるのだわ。もっと出そうかだわ?」
「いや、無駄に魔力を使うんだよな? 今まで二翼でも十分だったんだし、四翼でいいかな」
「わかったのだわー。いつか見せるのだわー」
もっと出せるとエルサは言うけど、どれだけの数が出せるのか……。
それがエルサの全力で、完全体とも言えそうだ。
モフモフが増えるのは歓迎なので、触り心地の良さそうな翼が増えるのは喜ぶべき事かもしれないけど、王都へ向かう移動だけで無駄に魔力を消費するのもどうかと思い、断っておいた。
もっと緊急時とか、全力を出さないといけない時に、多くの翼を出した方が有意義だろうしね……どうせ翼は飛んでる間だけで、撫でられないし……。
はためいてる翼の方へ移動して、撫でるのは危ないしなぁ……ちょっと悔しい。
……今度、小さな状態で翼を出してもらって、数の確認をしてみよう……もちろん、許可をもらって撫でる事前提で、だね。
「それじゃ、行くのだわー」
「頼むよ、エルサ」
数十メートルくらいの高さまで浮上し、頭を王都の方向へ向けるエルサ。
馬と違って、空を飛べば地形によって迂回したりせず、直線で目的地に向かえるのがありがたい。
移動開始する前に、エルサの背中から顔を出して地上を見ると、さすがに表情までは見えなかったが、クラウスさん達が手を振っているのが見えた。
見えるかどうかわからないが、地上に向けてモニカさん達と手を振り返した。
「いつもより、揺れが少ない……か?」
「そうだねぇ。エルサが焦ってるわけじゃないのに、速度もいつもより出てるみたいだし」
移動を開始したエルサの背中で、流れる景色をのんびりと見ながら、ソフィーと話す。
いつもは多少揺れたりもするんだけど、今はそれをほとんど感じない。
まぁ、エルサの毛……モフモフによって揺れが吸収されて、緩和してるのもあるんだろうけど。
さらに流れる景色からは、通常よりも早く移動しているように感じる。
もしかしたら、これがエルサの言っていた飛行能力の向上なのかもね。
言っていたエルサ自身、あまり言葉の意味を理解してなかったけど……その言葉を知ったのは、どうせ俺から流れた記憶からだろう。
「さっき言っていたけど、エルサちゃんが本気を出したら、どれだけ早く移動できるのかしら?」
「……試すのだわ?」
「いや、それはさすがに。今は急いでるわけじゃないしな」
モニカさんが、ちょっとした興味とばかりに呟くと、それに反応して全力を出そうとするエルサ。
さっきからなんだが、もしかしたらエルサは全力を出したいのかもしれない。
魔力は十分だけど、俺といつも一緒にいて人間の中で生活してるから、たまには文字通り羽を伸ばすように、体を動かしたい……という事かもね。
それはともかく、今は別に急いでるわけじゃないし、ヘルサルへ向かう時の事を考えると、全力を出したら乗っている皆が危ない気がする。
もしもの時は、俺が結界を使えばいいかもしれないけど、全力のエルサが出す速度を知らないから、結界を張ったまま移動なんて事もできないだろうし。
初めて乗った時くらいに、エルサから誰かを乗せてるから全力では飛ばないと言っていたはずだし……飛ぶ事に全力を出したら、結界も張れないだろうからなぁ。
「王都から移動した時のようになるかもしれないしね」
「……それは……全力で避けたいわね」
「あの苦しさは、あまり体験したくないな」
「落ちてしまったら、ひとたまりもなかったわよね」
「……馬から落ちた方が、マシでしょう」
「楽しそうなの!」
エルサが焦って移動している時の事を思い出させるように言うと、一人を除いて全員が拒否の意向を示した。
やっぱりあの時は、皆怖かったんだろう……俺も少し怖かったからなぁ。
結界だとか、魔法でなんとかなるかもとは言っても、自分の未知の領域とも言える速度で、さらに上空から放り出されると考えるのは、やっぱり怖いよね。
悲鳴を上げる事もできないくらいだったし……安全装置のないジェットコースターのようなものだから……高所恐怖症じゃなくても、怖い。
ユノは……うん、なんか色々とそのへんのネジが緩んでそうだからね。
不思議と、放り出されても自力で怪我一つなく、地上に高得点の着地をしそうだし……いや、もしもそんな事があったら、結界で守るけども。
「ユノ、さすがに皆怖がってるから、諦めなさい。……今度、ユノと俺とエルサで、思いっきり飛んでみよう」
「わかったの! 諦めるの!」
「……何か、とてつもなく不穏な事を考えてそうな気配がしたわよ?」
「いやいや、そんな事はないよ?」
ユノに言い聞かせ、耳元で皆に聞こえないように囁く。
それで納得したのか、ユノが元気よく頷いた事に、モニカさん達が訝し気な表情。
皆が怖がるから、自力でなんとかできそうな、俺やユノだけで、全力のエルサに乗ってみようというだけなんだから、不穏な事じゃないはずだ。
エルサも、久しぶりに全力を出したそうだし、ストレス発散みたいな感じで、悪くないと思う。
うん、未確認の飛行物体とか、新種の魔物だとか思われないよう、気を付けよう。
「そういえば、エルサ?」
「どうしたのだわー?」
大きな翼をはためかせ、気持ち良さそうに飛んでいるエルサに声をかける。
移動しながらも、上機嫌なのがよくわかる声色で返事をするエルサ。
放っておいたら、鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さだな……王都を出発した時とは大違いだ。
「スイカを気に入ったようだけど、結局キューとスイカ、どっちが好きなんだ?」
「キューとスイカなのだわ? んー……決められないのだわ。キューはあの食べる時のポリポリ感が気持いいのだわ。スイカは、甘さと瑞々しさが素晴らしい食べ物なのだわ」
どちらも好きで、選べないという事か。
まぁ、同じウリ科と言っても、味は違うしな。
食感が似てたりはするが、料理に使う事が多いキューと、デザートとして食べる事の多いスイカでは、どちらがいいかは決められないか。
ま、どっちも好きでどっちも良いという事だろうね。
大食いのエルサだけど、その中でも好物はっきりしてるのはわかりやすい。
機嫌も取りやすいしな……これからはキューだけじゃなく、手に入れられるならスイカも選択肢に入れておこう。
中々見つけられないだろうけどね――。
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