第472話 ヘルサルを飛び立つ



「リク様、女王陛下にも、よろしくお伝え下さい」

「はい。あ、それと……」


 ヤンさんの次はクラウスさん。

 交代して声をかけて来るのに頷きながら、持って来ていた荷物をゴソゴソと漁る。

 お、あったあった。


「スイカの種です。昨日渡しそびれたので……それと、追加もあります。キューと同じく、よろしくお願いします」

「……はい、確かに受け取りました。リク様のお願い、このクラウス……身命を賭して当たらせて頂きます!」


 荷物の中から取り出した、布に包まれたスイカの種をクラウスさんに渡す。

 昨夜ルギネさん達も含めて、頂いたスイカの種もその中に追加されてる。

 ちゃんと洗ってあるから、汚くはない。

 種を恭しく受け取りながら、大袈裟に言うクラウスさん。


 身命を賭してって……そこまで重要な事じゃないんだけど……何故か、勲章授与式で俺が勲章を受け取る時の事を思い出した。

 ……クラウスさんにとって、姉さんと俺は同じ位のように思えているのだろうか……?

 いや、実際に女王であり、国を治めてる姉さんの方が偉いはずなんだけど……。


「クラウスさん。これもよろしくお願いします。しっかり、リクからのお願いと強調しておきました!」

「エルフの集落へ送る手紙ですな。畏まりました。必ず届ける事をお約束いたします。――トニ?」

「は、クラウス様からの書状もできておりますので、リク様方のお見送りした後、すぐに伝令を走らせます」


 俺の後ろから、フィリーナが顔を出して数枚の折りたたまれた紙を、クラウスさんに渡した。

 フィリーナからエヴァルトさんへの、お願いの書状になるようだ。

 手紙を受け取ったクラウスさんは、すぐにそれをトニさんに渡す。

 トニさんが大事そうに、綺麗な布で包んでしまいながら、俺達を見送った後すぐに伝令に持たせる事を約束してくれた。


 フィリーナは、俺からのお願いを強調したと言っていたけれど、どれくらいなんだろう……?

 いくらエヴァルトさんとは言っても、俺のお願いというだけで動いてくれるかはわからないけども……まぁ、同じエルフのフィリーナからのお願いでもあるから、多分大丈夫だと思いたい。

 人間との交流を望む派閥のエルフだし、クラウスさんからの書状もあるしね。


「では、リク様。陛下への報告もありますので……」

「そうですね。――エルサ、頼むよ」

「わかったのだわ!」


 ハーロルトさんに促されて、クラウスさんやヤンさん達と離れ、頭にくっ付いていたエルサに声をかける。

 返事をしたエルサがふわりと浮かび上がり、少し離れた場所へゆっくり移動し、地面に降りながら体が発光。

 地面に降り立った時には、俺達を乗せられる大きさになっていた。

 西門からそんなに離れていないから、街中にいる人がエルサの顔くらいは見られそうだけど……まぁ、見た事ある人が多いから大丈夫、かな。

 あまり離れても、農場の結界とぶつかるしな。


「リク、離れているけれど、結界が維持されているのを確認したわ。ガラスの魔力がなくなるまでは、このまま結界が発動したままだと思うわよ」

「ありがとう、フィリーナ」


 クラウスさんに手紙を渡した後、エルサが大きくなるまでの間で、少し離れた場所に展開されている結界を、フィリーナは見てくれていたらしい。

 俺の目にはよくわからないけど、エルフでありさらに特別な目を持っているフィリーナだから、離れていても魔力の流れのようなものか何かが見えるのだろう。

 四方に設置した小屋、その中にあるガラスから魔力が問題なく供給されてるようで、結界の維持は大丈夫そうだ。

 フィリーナに感謝し、クラウスさん達に会釈をしてエルサの所へ移動する。


「……やはり少々、慣れませんな。馬になら乗り慣れているのですが……それよりも大きいエルサ様に乗っているのは、不思議な感じです」

「私達も、最初はそうでしたよ。多分、最初から気にしていなのは、リクさんだけじゃないですかね?」

「そうだなぁ……私もそうだが、フィリーナも同じく、空を飛ぶという感覚やドラゴンに乗るという感覚に慣れなくて、地面に降りてもしばらくは違和感を感じていたな」

「そうねぇ。私は何度も乗せてもらったから慣れましたけど……やっぱり、回数かしら? 最初から気にせず乗るなんて、リクくらいですね」

「……乗り心地はいいよ?」


 俺達が乗りやすいように、姿勢を低くしてくれているエルサの背中に乗りながら、ハーロルトさんが不思議そうな顔で話し始める。

 モニカさん達も、最初は慣れなかったようだから、それと似たようなものなんだろう。

 馬に乗り慣れてると、逆にエルサへ慣れるのに時間がかかるという事も、あるのかもしれない。

 俺は馬に乗れるようになったのはパレードの時、練習してからだし、この世界で初めて乗って移動したのはエルサだ。

 ……馬車は、自分が馬を操っていたわけじゃないし、お尻が痛かったしで、カウントはしていない。


 エルサの毛はモフモフしていて、体が揺れたり衝撃を吸収してくれるし、撫でるだけで至福を味わえる。

 いつもソフィーが、忙しなく手を動かしてモフモフを撫でているのを、本人は隠そうとしているけど、俺は知っている……。

 それに、結界も同時に張った状態で空を飛ぶから、速度が出ても風圧を感じないからね。

 乗り心地という意味では最高だし、優雅に流れる景色を見るのも楽しい。

 時折、エルサに余裕がなくて、結界を張り忘れる事もあるけど……それはご愛嬌……かな?


「それじゃあ、飛ぶのだわー。――キューとスイカは、しっかり育てるのだわ!」

「……この大きさで言われると、少々気圧されますが……畏まりました」


 翼を出してはためかせながら、俺達に声をかけるエルサ。

 浮かび上がる直前、クラウスさんに視線を向けて念を押す事を忘れない。

 人間では到底かないそうにない迫力と大きさで、そんな事を言われたら、脅しになってしまうんじゃないかと思ったけど、クラウスさんはなんとか平静を保って受けていた。

 まぁ、散々俺の頭にくっ付いてる姿や、キューを頬張ってモキュモキュしている白い毛玉状態を見てるからね……トニさんの後ろに隠れてるけど。


 この状況で、不動のトニさんがすごいのか……いや、直立不動で瞬きすらしていないから、むしろ動けない状態になっている可能性も……。

 ヤンさんは頭を垂れているし……今度からエルサが大きな時に、脅しのようにならないように気を付けさせよう、うん。


 そんな事を考えている俺を余所に、モフモフな毛に覆われた綺麗な翼が四翼、忙しなくはためいてゆっくりと浮上する。

 ……うん? 四翼?


「……エルサ、翼が四つもあったっけ?」


 いつもは二翼をはためかせているだけなはずだけど……今は左右に二翼ずつ、合計四翼のモフモフ……いや、翼をはためかせていた。

 モフモフが増えるのは、俺としては嬉しい事なんだけど……あ、ソフィーも目を見張って手をワキワキさせてるから、喜んでるというか撫でたい衝動に駆られてるようだ。

 でも、いつの間に生えたの……?



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