第464話 エルフの集落にもお願い



 クラウスさんに、少しでもいいので畑の土地を使ってスイカを作ってくれないかというお願いをすると、フィリーナが首を傾げながらの意見。

 確かに、距離が離れていれば土質が違う可能性もあるし、そもそもスイカを育てた事のない人達に頼む事になるから、問題なく育つという保証はない。

 気候は……あまり変わらないと思うけどね。


「確かに、スイカを作っている村と、ヘルサルじゃ色々環境が違う可能性はあると思うけど……」

「けど?」


 以前……まだこの世界に来ていない時、家庭菜園という程でもないけど、食べたスイカの後に残った種を植えてみた事がある。

 その時は何も知らずに適当に植えただけだったから、結局芽が出る事はなかったけど、その失敗を生かして少しだけ調べたんだ。

 実際にスイカを育てようというわけじゃなく、なんとなく悔しかったから調べたって程度なんだけどね。


 それでわかったのは、スイカは酸性の土壌を嫌い、水はけの良い土を好むという事。

 酸性雨という言葉があるように、雨が降って染み込み、さらにはろくに手入れすらしてない土に、スイカの種を植えた事が失敗の要因だったんじゃないかと思う。

 この世界の雨が酸性かどうかはわからないけど、少なくとも結界によって直接畑へ振る事は防ぐ事ができる。

 そのうえで、ガラスを埋めたり掘り起こしたりする事で、なんとなくだけど土の水はけが良さそうだなという印象を受けた。


 専門家じゃないから詳しい事はわからないけど、近くに川がなく、地盤は固そうじゃない……というのは魔法で掘り起こしたりしてるからあまり感じないのかも。

 ともかく、掘り起こした時に地下水脈があるわけでもなく、泥や沼状の土はないように見えたから、水はけが悪いという事はないと思う。

 逆に、湿地を好むリザードマンやビッグフロッグが出た、クレメン子爵領の畑は水はけが悪いのかもしれないと考えられる……近くに湿地があるとも言ってたしね。

 だから、俺が知る限りで頼めるのはヘルサルだけだ。


 いやまぁ、頼めばエルフの集落やその近くの村でも作ってくれるだろうけど……遠いし、何より今から農業を始めるという事で、頼みやすいからね。

 そう考えて、クラウスさんやフィリーナにスイカを育てるために必要だと思う事が、揃っていると説明した。


「……だから、ヘルサルはスイカを栽培するのに向いてる気がするんだ。農業に詳しいとまで言えないから、確実とは言えないけど。だから、試験的に少し植えてもらえないかな、とね」

「十分、詳しいと思うわよ?」


 俺が水はけの事やスイカの好む土壌の話をした事で、フィリーナは驚いたようだ。

 とはいっても、俺の場合は調べた事のあるスイカの事くらいだからなぁ……他の作物がどういった条件を好むとか、ほとんど知らない。

 日本にいた時は、多少の事ならネットっで調べられるから、興味のある事はこの世界で調べるより簡単だったのは確かだけれども。


「リク様の言う通りなのであれば、確かにそのスイカという作物は育ちそうですな……」

「ですが、好む土壌だからと言って、順調に育つかどうかはわかりませんよ?」


 クラウスさんが堀の深い顔に皺を寄せ、考えるように呟く。

 その呟きはどちらかというと肯定的だけど、フィリーナが疑問を差し挟んだ。

 フィリーナはどちらかというと反対のようだね……まぁ、農業に詳しかったら、思い付きで育つかわからない作物を追加するのに賛成とは言いづらいか。

 数日で結果が出るような事じゃないから、年間を通しての作付け計画とか、必要そうだしなぁ。


「そうですな……リク様のお願いなので、キューの事と同じく聞き入れたいとは思いますが……」

「さすがに、キューとは違い、栽培に関する実績がなさ過ぎますね。キューであれば、国内の多くの場所で作られているので、栽培方は確定されておりますし、ノウハウも蓄積されております。センテが近い事もあり、情報を仕入れるのにも困りません」

「むぅ、そうだな。トニの言う通り、今まで育てた事のない作物だ。すぐに成功するとは限らない。リク様の頼みを安易に受けて、失敗する事は許されない……」

「いやあの……別に失敗してもいいんですけどね?」


 クラウスさんが悩んでいる後ろから、トニさんが進言する。

 それに対し、俺からのお願いは失敗できないと考えている様子のクラウスさんに、思わず声が出てしまった。

 試しに……という訳なのだから、失敗しても俺が文句を言ったりはしない。

 とはいえ、それを作る人達の収入に繋がるのだから、失敗は避けたいと思うのは当然の話なんだけどね。


「あとこれは、少し難しいかもしれませんが……」

「何か、方策でもおありですか?」

「フィリーナ、ここからエルフの集落まで、急いでも結構かかるよね?」

「そうね……馬を急がせたとして……どれだけ頑張っても半月程度かしら?」

「まぁ、時間がかかるのは仕方ないか。エヴァルトさんに頼んで、集落近くのスイカを作ってる村から、知識のある人を呼んで来るというのは、できないかな?」

「ん~、エヴァルトなら、リクの頼みを喜んで受けるだろうけど……その村の人が受けるかどうかは、わからないわ」

「そこで、クラウスさん」

「はい?」

「ヘルサルからの要請というか……お願いという事で、こちらに来てもらうようにはできませんか?」

「ふむ……新しく農地を作る事で、広く知識を求めるため……という事でしたら、可能ですかな。――トニ?」


 スイカを作るうえでのもう一つ考えた事。

 結局のところ、クラウスさんやトニさんが悩んでいる事や、フィリーナが反対したがる理由は、育てる方法が確立していないから。

 だったら、実際に作っている人から聞けばいい。

 あわよくば、その人に来てもらって教えてもらうというのも、ヘルサルの農業の幅が広がっていい事づくめだしね。


 フィリーナはまだ少し懐疑的だけど、エヴァルトさんは協力してくれるだろうと頷いてくれた。

 会った事のない村の人達の方は俺から頼むんじゃなく、権力者としてのクラウスさんを使ったらどうかと聞く。

 少し悩んだ後、要請するための名目を考え、トニさんへと視線を向ける。

 クラウスさんからの視線を受けて、トニさんが頷いた……よし、上手くいきそうだ……あとはお願いする村の人達が来てくれるのを願うだけだと一安心。


 ……決して、俺自身がスイカを食べたいからと必死なわけじゃない……うん。

 エルサが気に入ってるようだし、スイカのおかげでキューの事を少しの間だけとはいえ、騒がなくなってるしね。

 それに、村の方で多く作ってもらうように働きかけるよりは、今新しく準備してる農地を使った方が手間が省けるしね。

 その村で、大量に作る事のできない事情がある可能性もある。


 とはいえ、とりあえず試験的に作ってみようというお願いなだけなんだけどね……何せ、今ある種が少ない。

 できるだけ多く食べたいなぁ……。

 毎日とまでは言わないけど、週に一度……いや、月に一度くらいは食べたいよね。

 保存手段が少ないから、年間を通して……というわけにはいかないだろうけど……はぁ……。



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