第463話 クラウスさんへのお願い



「あと、水を運んで来る手間を省くため、雨水を溜める結界の器も用意しています。今は水が溜まってないのでわかりづらいですが……これも、印が必要ですね」

「雨水を溜める? そのような事まで考えていらしたのですか?」

「まぁ……川がないみたいだったので、水を運んで来るのも大変だろうな……と。それに、結界で覆ってしまったので、雨が直接農地に降る事はありませんし」


 飲み水程度ならそこまで負担にならないけど、農業用水はかなりの量が必要だ。

 雨水だけで全てを賄える量ではないだろうけど、運ぶ手間を減らしたかった。

 水って、多くなれば多くなる程、重くて手間がかかるしね……。

 それに、雨が畑に降らないという事は、多くの水を持ってくる必要があるだろうから。


「成る程……結界とはそこまで……確かに雨がという事は考えていませんでしたな。わかりました。木枠などを使って、その雨水の器を覆ってわかりやすくしましょう」


 クラウスさんが頷いたのを確認して、結界の器の場所へと移動。

 そこは出入り口からそう離れていない場所で、数十メートル四方の結界の器を設置していた。

 深さは数十センチで、人が間違って中に入っても溺れたりしないようにしてあり、形は長方形。


 イメージは、学校にあるプールだ。

 プールの水って、火事があった時とかの緊急用水でも使われる事がある……って聞いた事があるし、そのおかげで簡単にイメージできた。

 あれより大きくて、浅いけどね。

 地面に触れるように設置されてるから、水をすくい上げるのも苦労は少ない……ある程度水を溜めないとすくえないけど。


 クラウスさん達にその結界で作った器の説明をして、すぐに木材を敷き詰めるなどをしてわかりやすくするよう、指示する事になった。

 最初は木で覆ってしまおうと考えてたみたいだけど、地面と結界との間に隙間がないので断念したようだ。

 雨が降らなくとも、ここに水を運び込んで一定量溜めておく貯水池にする事が、すぐに決められた。

 そうか……雨水でなくとも、ひとまずここに水を溜めておけば、色々と手間が省けるのか……少し勉強になった。


「とりあえず……こんなところですかね」

「ありがとうございます。しかし……結界というのは便利な物ですな。ここまで様々な用途に使えるとは……」

「元々は、身を守るための物なんですけどね。それに、透明なので不便な事もありますから」


 説明を終え、クラウスさんから称賛されるように言われる。

 けど、結界が完全に万能な物ではないと思う。

 透明で見えない事もあるし、空気も通さないから、完全に覆ってしまったらいずれ酸素不足になってしまう。

 今回は、出入り口が大きいのと、中で育てるのが作物なため、そんな事は起こらないだろうと思う……多分。


 それに、太陽の光を通しているから、光を使った魔法とかなら、結界の内側へ干渉できそうだ……そんな魔法があるのかは知らないけど。

 そもそもユノに破られてるから、完璧な防御というわけでもないんだよなぁ……。


「あ、そうだ。クラウスさんにお願いが一つだけあるんですけど……まぁ、できればでいいんですけどね?」

「リク様が私に? どのような事でしょうか? ヘルサルを救ってくれただけでなく、農地を守ってくれたリク様の頼み……このクラウス、如何様な事でも聞き入れましょう!」

「……」


 結界の説明や、とりあえずの処置を話し終え、西門を通って街へと帰ったあたりで、思い出した。

 お願いがあるとクラウスさんに伝えると、急に興奮した様子で、どんな事でも引き受けてくれると言ってくれたけど……後ろにいるトニさんが少し怖い。

 無理難題というわけじゃないから大丈夫だと思うけど……トニさんから許可が出てくれるといいなぁ。



「さて、リク様。お願いというのは、どういった事でしょうか?」


 立ち話もなんだから、という事で近場のカフェへと入る。

 今ここにいるのは、クラウスさんとトニさん以外では、俺とモニカさんとフィリーナ、ユノとエルサだ。

 さっきまで一緒だったソフィーは、結界の耐久性を試している人達に混じって、剣を振るっていた……訓練の代わりに、結界を相手にしてみるらしい。


 ちなみにハーロルトさんは、結界に関わる作業見ていたが、今は街中に繰り出して行ってる。

 何やら、集まった街の人達の一部と意気投合したらしく、酒でも飲んで盛り上がるつもりらしい……職業柄という話をしていたから、もしかするとそれも情報収集の一環なのかもしれないけどね。

 ……考え過ぎかな?


「えっと、まずはこれを見てもらえますか?」


 個室となっているカフェの一室で、鞄の中から布で包んだ物を出して、テーブルに置く。

 布を解いて、向かいに座るクラウスさんや、他の皆に見せた。

 テーブルに付いているのは、俺とモニカさんとユノ、向かいにクラウスさんで、その後ろにはトニさんが立っている。

 相変わらず、トニさんは一緒に座ったりはせず、一歩離れた場所から見ているだけだ。


 そっちの方が、冷静に場を見られるからだろうか……?

 秘書として前に出ないようにしてるのかもしれないね。

 なんだか執事みたいだ。


「これは……黒いですな。……何かの種ですか?」

「はい。これは……」

「スイカの種なの!」

「スイカなのだわ?」


 布に包んでいた物は、昨日八百屋で食べさせてもらったスイカの種。

 俺が食べた物や、ユノが食べたスイカの種を、布に包んで持って帰っていた物になる。

 もちろん、しっかり洗ってあるからね。

 クラウスさんがスイカの種をしげしげと見て、形や大きさから種とわかったようだ。


 俺が説明しようとするのを遮って、ユノが身を乗り出してテーブルの上にある物がスイカの種だと言った。

 それを聞いたエルサが、俺の頭の上で興味深そうに呟いた。

 スイカは、エルサもかなり気に入ったようだからなぁ……結界を張ったりしていた時は、俺の頭にくっついて寝ていたはずなのに……。


「スイカ……? それはどのような……?」

「えーとですね……」


 種の事よりもまず、スイカの説明をクラウスさんとトニさんにする。

 キューと似たような見た目だけど、形や大きさは違う事。

 料理に使うよりもそれ単体で楽しむ事の多い食べ物で、姉さん……女王陛下への献上品になっている事など、時折フィリーナも交えてエルフの集落付近で作られている事なども説明した。

 八百屋のおっちゃんが珍しい物と言っていた通り、クラウスさんやトニさんもスイカの事は知らなかったようだ。


「そのような食べ物が……。それで、この種をどうするのですかな? ……なんとなく、お願いしたい事というのがわかって来ましたが……」

「はい。できればでいいんですけど……このスイカの種を植えて育ててもらえないかな、と。もちろん、大々的に作付けするのではなく、畑の隅にでも植えてくれればいいんです」

「でもリク、この街とスイカを作っている村はかなり離れているわ。もしかしたら土質が合わないかしれないわよ?」


 種を取り出し、スイカの説明をした事で、クラウスさんがなんとなくお願いというのを察しているようだ。

 まぁ、農場からの流れでお願い事、さらに種を取り出したらわかって当然か――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る