第388話 ヴェンツェルさんとマックスさんの師匠



「俺やマックスは、師匠の教えとは最終的に別の方向へ進んだ。リク殿なら、師匠の教える剣を学べるかもしれん」

「別の方向ですか? その人は、どんな教えを?」

「簡単に言うと、とにかく無駄を省いた動きをする人だ。無駄な動きをしない、無駄な事を考えない……そうする事で、最小限の動きで最大限の成果を成す。俺やマックスは、体を鍛える方に傾倒したからなぁ……師匠から言わせれば、それも無駄な筋肉なんだそうだ。筋肉は便利なんだがな……」

「無駄をなくす……」


 なんだろう、あまり詳しくはないが、少し日本の剣道や剣術に近いような気がする。

 無駄な動きをせず、洗練された動きで敵に勝つ……いや、このあたりは漫画とかに影響されてる部分が多いか。

 ともあれ、確かに俺の方がヴェンツェルさんよりも、その人の思想に合ってる……のかもしれないな。

 筋肉が全くの無駄とは言わないけど、ヴェンツェルさんやマックスさんのように、盛り上がるほどの筋肉が欲しいとは思わない。


 これじゃまるで、ボディービルダーのようだしなぁ。

 キレてる、キレてるよ! とか言うと、二人は喜ぶのかもしれない。


「ともかく、師匠に教えてもらえれば、リク殿の剣が上達するのではないかと考えてな。引退した身だから、あまり乗り気じゃないようだが、なんとか城に呼んでみる事にしたんだ」

「そうなんですね、わざわざありがとうございます。引退という事は、その人は元々軍の人だったんですか?」

「いや、元冒険者だ。現役時代はAランクで、Sランクになる事も期待されていたようだ」

「そんなに凄い人なんですね!?」


 Sランク……冒険者ギルドが決めているランク制度で、最高ランクの事だ。

 Aランクは一つの国に数人はいるらしいけど、Sランクは世界に数人程度しかいないらしい。

 戦う強さだけでなく、人格や依頼の達成率など、色んな要素が高い水準で満たしていないと、Sランクにはなれないと聞いた。

 今は引退しているヴェンツェルさんの師匠は、そのSランクに近かったという……どんな凄い人なんだろう?


「俺やマックスが師事する前に、現役を退いたがな。まぁ、だから後進を育てようとしたのかもしれんが。もう大分高齢だ、さすがに現役の頃のような動きはできんだろう」

「それでも、昔の話を聞いたりはできますよね? それだけでも十分ですよ」

「まぁ、それくらいはな。だが、今言ったように大分高齢だ、剣を当てたら危ないだろうから、気を付けてくれ?」

「それはさすがに気を付けますよ……」


 訓練の事もあるけど、冒険者時代の事を聞くだけでためになる気がする。

 期待する俺に、ヴェンツェルさんから注意されるけど、さすがに老人に全力で剣を振ったりはしない。

 ヴェンツェルさんのような、筋肉で固められた重量級とも言える人を弾き飛ばすのと同じ事を、高齢の人にしたら危ないのもわかるしね。

 まぁ、そもそも無駄を省いたという動きに、ただ目標に向けて力を込めて振るだけの俺の剣が、簡単に当たるとも思わないけどね。


「それで、その人はもう城に来てるんですか?」

「いや、さすがにまだ来れていないな。王都から離れた場所に住んでるのでな。リク殿と話をしてすぐ思い付き、連絡を取ったが……早くとももう数日かかるだろう」


 期待するようにヴェンツェルさんに聞くが、まだその人は城まで来れてないらしい。

 離れた所に住んでるのなら、連絡を取るだけでもそれなりに時間がかかるだろうから、仕方ないか。

 数日かかるのなら、その間簡単な依頼をこなしたりしていれば、すぐに時間は過ぎるだろうしね。


「わかりました。数日ですね、それまで城で待っておきます」

「うむ。師匠が来たら、すぐリク殿に伝えるようにする。まぁ、師匠もリク殿に興味を持ってるらしいからな」

「俺にですか?」


 元Aランク冒険者で、Sランクに届きそうだった人。

 さらにヴェンツェルさんやマックスさんという、凄い人の師匠が、俺の事に興味を持つなんて。


「国から最高勲章を授与され、英雄と呼ばれる。さらに最速でAランクまで駆けのぼった男……とくれば、興味を持って当然だろう。ましてや、元冒険者なのだからな」


 そんなもんかな?

 元冒険者だから、現役冒険者がどうなのか興味があるというのは、わからないでもないけども。


「最初は、冒険者どころか、人に教える事すらも引退したと渋ってたんだが、教える相手がリクだと言った途端、食いついて来たからな。師匠も、リク殿がどんな人間なのか興味があるんだろう」

「ははは、俺よりも、もっと凄い人はいるでしょうけど……興味を持たれたのなら、嬉しいですね」

「……リク殿程の功績を成し遂げている人物は、現状他にはいないのだが……まぁ、この話はいいか。それではリク殿、数日後に師匠が来る事になっているから、それまで待っていてくれ」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「なに、まだまだ若いリク殿が、これからどれだけ偉大な人間になるのか、私も興味があるからな。そのために必要とあれば、協力は惜しまんよ」


 そう言って、笑いながらヴェンツェルさんは部屋を出て行った。

 偉大な人間って……そんな人間になれるとは、あまり思えないけど……まぁ、期待されてるんだから、できる事は精一杯頑張ろう。


「現在の軍トップである将軍の、元師匠。リクがどんどん強くなるわね」

「あぁ、手が付けられなくなっていくな。元々、手が付けられないが……」


 ヴェンツェルさんを見送り、その師匠がどんな人なのかを考え、ワクワクしている俺の後ろで、何やらフィリーナとアルネがひそひそ話してたけど、今は気にならない。

 だって、これでちゃんとした剣を習う事ができるんだしね!

 最初はマックスさんに教えてもらおうとしてたけど、力任せに動いてたら、もうそれでいいと言われたし……剣の師匠との修行とか、男の子の憧れもあるよね。

 厳しいかもしれないけど、頑張ろう。



「そういやフィリーナとアルネは、俺達が王都を離れていた間、どうしてたの? いや、置いて行ったのは悪いと思ってるし、同じ事はもうしないけど……」


 ヴェンツェルさんがいなくなった後、ソファーで寛ぎながら、ふとした疑問。

 特別興味があるとか、そういうものでもないけど、なんとなくどうしてたのか気になった。

 うん、反省はしてるから、俺を睨まないでねフィリーナ。

 

「はぁ……まぁいいわ。次同じ事をしたら、もっと長い説教をしてやるから」

「そうだな。で、俺達がどうしてたか……か。特に何もしていないな。何もできなかったと言うのが正しいか」

「そうなの?」


 フィリーナのジト目に押されながら謝ると、溜め息を吐くだけで、なんとか許してもらえたようだ。

 今度からは、連絡をするのを忘れないように気を付けよう……数時間に及ぶ説教を、さらに長くなんてごめんだからね。

 アルネも長い説教というのに同意しながら、俺達がいない間の事を話す。

 けど、俺の興味とは別に、二人は特に何かをしていたわけではなかったみたいだ。


 エルフは長寿だから、何もせずのんびり過ごす事が好きなんだろうか。

 いや、これは偏見かな?

 冒険者としての活動について来るくらいだから、少なくとも二人はそうではないんだろうね……。



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