第387話 訪ねて来たヴェンツェルさん



「それじゃ、頼むよ」

「任せてくれ」

「リクさんの代わりに、しっかり報酬を受け取って来るわね」

「行って来るの!」


 部屋で、昼食を頂いた後、依頼達成の確認書類をモニカさん達に渡し、冒険者ギルドへの報告を任せた。

 報酬をしっかり受け取って来るのはいいんだけど、そこにはあまりこだわってないんだけどなぁ。

 まぁ、お金の事はモニカさんが得意そうだから、任せておけば問題はないだろう。

 楽しそうに出て行く二人に、ユノもついて行った。


 パレード以来、町を自由に動けなかったからかもしれないね。

 いい機会だから、久しぶりに色々見て回って、楽しんできて欲しいと思う。

 ……羨ましくなんて……あるんだからね!


「はい? どなたですか?」

「ヴェンツェルだ」

「ヴェンツェルさん?」


 モニカさん達を見送って、レナ達と話しながらゆっくりしていると、部屋の扉がノックされた。

 普通のノックはコンコンという軽い音なのに、ヴェンツェルさんの場合はゴンゴンと拳で叩くような音だ。

 相変わらず、力が漲ってるようだなぁ……。


「どうぞ」

「失礼する。リク殿が戻ったと聞いてな。久しぶりだ……野盗を捕らえた森以来か」

「お久しぶりです、ヴェンツェルさん」


 俺が城に戻ったと聞いて、部屋を訪ねて来てくれたらしいヴェンツェルさん。

 フィリーナとアルネは知っている相手だから、普通にしているが、何故かさっきまで一緒に話してたメイさんは、シュタッと言う音と共に消えた……うん、本当に天井に張り付けるんだね……。

 レナは、突然知らない人が訪ねて来たからか、ヴェンツェルさんが入って来た入り口の反対側、俺の後ろに隠れるようにしてる。

 もしかすると、筋肉の塊とも言えるヴェンツェルさんに怯えてるのかもしれない。


 クレメン子爵の所にいた、騎士団長さんも結構がっしりした体つきだったけど、服が盛り上がる程の筋肉という程ではなかったからね。

 ちなみに、暑苦しい筋肉が苦手なエルサは、メイさんのお尻にくっ付いて天井にいる。

 苦手なのはわかるんだけど、そこを避難場所に選ばなくても……柔らかそう……おっと。


「以前、野盗を捕まえた時に言っていた話なんだがな?」


 余計な事を考えるのを止め、ヴェンツェルさんとの話に集中しよう。

 えっと……野盗を捕まえた森の時って事は……あれか、訓練を付けて欲しいって言った事かな。


「訓練の事ですか?」

「あぁ。あの時は簡単に答えたが、戻って来てよく考えると……どうしようかと思ってな」

「どうしようかと? 普通に訓練を受けさせてもらえれば、それでいいんですけど……」


 難しい顔で、どうしようか悩んでいる様子のヴェンツェルさん。

 そこまで難しく考えなくても、兵士さん達にするような訓練を、受けさせてもらえればいいんだけどなぁ。

 さすがに特殊部隊用とか、普通ではない訓練や厳し過ぎる訓練だった場合は、心構えをする時間が欲しいと思うけどね。


「はぁ……リク……ヴェンツェル様が言っているのは、リクが常軌を逸しているという事よ?」

「うむ……」

「常軌を逸している? んー……兵士さんと同じような訓練を受ければ、精神面で鍛えられるかなぁと思ったんだけど」


 話を聞いていたフィリーナが、溜め息を吐きながら説明するように言うけど、俺ってそうなの?

 いや、さすがに常軌を逸してるというのは、言い過ぎだよね……ははは……。

 ともかく、兵士さんと同じ訓練……軍の訓練と考えると、当然厳しいものを想像するから、それを受ければもう少し、俺自身の精神面が鍛えられると思ったんだ。

 野盗のボスの時もそうだったけど、戦う時とかその前後で、もっと冷静に考えたい。


 悪党とはいえ、野盗のボスを殺してしまった事も気になる。

 悪人にも人権が……とかまでは考えてないけど、誰であろうと人間を怒りに任せて殺すというのは、あまり良くない事のような気がするから。

 どうしてもという場合もあるだろうし、魔物と違って人間相手は色々と難しい……。

 そういう部分を、訓練をこなす事で鍛えられたらなぁ。


「いや、リク殿が兵士と同じ訓練をしたところで、鍛えられる事はほとんどない気がするぞ? 私が軽々こなすような訓練だ、私より強いリク殿がやったところで、効果は期待できないだろう?」

「そうですよねぇ。そのあたり、リクは疎いので……」

「いや、そうなの……かな?」


 ヴェンツェルさんは見た目通り、自分に厳しい訓練を課しているようで、通常の兵士と同じ訓練は軽々こなしてしまうようだ。

 盛り上がる程の筋肉を見る限り、並大抵の訓練じゃないと思うけど……さすがにそれと同じ訓練を、とは思わない。

 ヴェンツェルさんみたいに、筋骨隆々とした肉体を目指しているわけじゃないからね。

 悩むように言うヴェンツェルさんに、うんうん頷いているフィリーナ。


 そうなのか……俺に普通の訓練は効果が薄いのか。

 こうなったら、ユノに頼んで訓練してもらおうかな?

 結界を破る事ができるから、エルサあたりに命知らずとか言われそうだけど……。


「そういうわけで、俺にはリク殿の事を訓練で鍛えるという事は、できそうにないのだ」

「そうですか……残念です」


 すまなさそうに言うヴェンツェルさん。

 まぁ、仕方ないか。

 元々、俺は軍の兵士ではない冒険者だし、訓練をしてくれるかどうかはヴェンツェルさんの厚意次第だ。

 そのヴェンツェルさんが、効果的な訓練ができないと言うのであれば、仕方ない。


 それでもどうしても……と頼み込むような事はできないよな。

 これでも、忙しいだろうし。

 やっぱり、ユノに頼むか……。


「だが……一つだけ、リク殿にとって有意義と言えるかもしれない訓練があるんだが」

「え? それはなんですか?」

「うむ……リク殿は以前、体力はまだしも、技術が足りないというような事を言っていただろう?」

「そうですね」


 いつ言ったのかまでは覚えていないけど、ヴェンツェルさんと話してる時にふと言った事があるかもしれない。

 ユノはまだしも、ソフィーにも技術という面では敵わないと考えてるからね。

 ヴェンツェルさんの技を真似た事もあったけど、それは力で無理矢理再現しただけだし……やっぱり俺には剣の技術、戦いの技術というのは不足してると思う。


 子爵邸で騎士団相手に行った訓練でも、副騎士団長さんに押されてたし。

 結局力押し勝ったけど、あれは俺としてはあまり勝ったような気分じゃない。

 剣の技術でスマートに勝利を……とは行かないまでも、力押しだけに頼るんじゃないようになりたいからね。


「そこでだな……私が直接教えられない代わりに、別の人物にリク殿を鍛えてもらおうかと考えたんだ」

「別の人物、ですか。それはどんな?」

「まぁ、早い話が俺やマックスにとって、剣の師匠とも言える人物だ。本人はもう、高齢で引退したと言っているが……リク殿に剣を教えることくらいはできるだろうと思ってな」

「へぇ~、ヴェンツェルさんや、マックスさん達の師匠なんですか!」


 ヴェンツェルさん本人じゃなく、その師匠という人がいるそうだ。

 マックスさんは元冒険者でランクBだけど、その実力はランクAにも匹敵するんじゃないかと考えてる。

 ヴェンツェルさんも、将軍という軍のトップだし……これは個人の強さだけじゃないだろうけど、それでも魔物や野盗のいる世界だ、弱い人がなれるわけがない。

 そんな二人の師匠か……どんな人なんだろう?


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