第375話 緊張のエフライム



「獣人じゃなくて、エルフです。エルフが見たいのです。聞くところによると、長寿なうえ、美形ばかりだとか!」

「レナーテがエルフを見たい理由はそれか……確かにエルフは、細身の美形と話が伝わっているが、実際どうなのだ? 噂でしかないと考えているのだが」

「んー、どうだろう。集落にいたエルフ達は、ほとんど細身だったかな。……一部を除いて。それに、美形と言うのも確かだったと思う。俺が見た限りだけどね」


 何を持って美形とするかは、人の美醜の価値観にもよるところが大きいだろう。

 俺が見た感覚だと、創作物でよくあったように美形揃いだったと思う。

 細身という事で思い出したのが、エヴァルトさんだけど……あの人は、細身と言うよりマッチョで、ヴェンツェルさんやマックスさんに近いからなぁ。

 まぁ、顔はまさに美男子という感じだったけど。

 線が細く見える美形なのに、体はマッチョという微妙なバランスを思い出し、苦笑した。


「そうなのか。噂だけではなかったのだな。それなら、俺も是非見たいものだ。王都に行っても会えないのはわかっているが、男としてはな……」


 エフライムは俺の話を聞き、レナと同じように、エルフを見たいと感じるようになったようだ。

 男なら、綺麗な女性を見たいという気持ちがあるのは、俺にもわかるから、エフライムの気持ちも理解できる。

 その辺りは、男女関係無いか……。

 ともかく、エルフを見たいと思いながらも、王都でも早々見られるものではない事に、エフライムとレナが落胆して見せる。


「エフライム様、レナーテ様。王都に行けば、エルフと会えますよ?」

「本当ですか!?」

「ソフィー、それはどうしてだ? 先程までの話だと、王都に行ってもエルフはいないと言っていたではないか?」


 落胆している二人に、ソフィーがスープを飲みながらエフライムとレナに声をかける。

 レナは目を見開いて視線を向け、エフライムは訝し気な顔を、それぞれソフィーへ向けた。


「エルフの集落に行った時、知り合ったエルフの二人……兄妹のエルフが、王都に滞在しています。リクの勲章授与式に、集落の代表として参列するために来たようですが……まだ王都にいるはずですよ」

「そうね、フィリーナやアルネがいるわね。王都に帰ったら、リクさんの部屋で待ち構えているんじゃないかしら?」

「あぁ……やっぱりそう思う?」

「えぇ。ロータが冒険者ギルドに来て、あまり猶予がないからと、話す暇もなく置いて来たけれど……二人はリクさんと一緒に行動したかったんじゃないかしら?」

「そうだよなぁ……」


 オシグ村が魔物の脅威に晒されてると聞いて、その翌日には王都を発ったからね。

 パレードからの事があって、エルフだから特に目立つ二人は、宿でおとなしくしてたはずだ。

 猶予がないと、何も話さず王都を離れた事を、二人には怒られてしまうかもしれない。

 ……いや、アルネはあまりそう言う事を言いそうにないか……問題はフィリーナだな。


「二人もエルフがいるのか……これは王都に行くのが、さらに楽しみになって来たな」

「そうですね、お兄様」


 自分のした事だから仕方ないのだが、帰ったら怒られる可能性を考えて、げんなりしている俺とは違い、楽しそうな表情をしているエフライムとレナ。

 うん、まぁ、怒られるのは俺だけだろうから、二人は単純に楽しみなんだろう。

 はぁ……帰るまでに、何か言い訳を考えておかないと……下手な言い訳をしたら、フィリーナがさらに怒りそうだけどね。



「ではリク様、見張りの方は我々にお任せ下さい。今夜はごゆるりとお休みを」

「はい、わかりました。すみませんが、お願いします」


 夕食後、しばらく木材を運んだり、建設準備を進める兵士さん達を眺めた後、自分達のテントを設営して就寝する事にした。

 テント設営は兵士さん達が手伝ってくれたから、いつもより時間がかからなかった、ありがたい。

 夜間の見張りに関しては、兵士さん達が交代で見張りについてくれるという事で、任せる事になった。

 マルクスさんの部隊の人達だから、信頼できるし、兵士さん達なら手慣れてるだろうしね。


 軽く体を拭いて準備を整えた後、就寝するために女性用のテントに向かうモニカさん達と、おやすみの挨拶をして、男性用のテントに入る。

 こちらのテントは、エフライムと俺とエルサだ。

 マルクスさんは、小隊長達への指示や、王都を離れている間の報告なんかを受けるため、別の場所……お疲れ様です。


「明日には王都か。陛下に会うのは初めてだ」

「そうなんだ。王都に行った事は?」

「俺がレナーテくらいの頃に、一度だけだな。お爺様に付いて行った。その頃は右も左もわからない王都で、驚いてばかりだったのを覚えているな。……その他の事は、あまり覚えていないな」


 寝袋に入り、寝る体制になった時、ポツリとエフライムがこぼした呟きに反応する。

 レナと違い、エフライムは一度王都へ行った事があるようだけど、ほとんど記憶には残っていないようだ。 

 子供の頃ってそんなものなのかもね。

 楽しかったとか、驚いたとか、そういう感情的な部分は覚えていても、王都の建物や道がどうだとかってのは、覚えていない事が多い。

 ……覚えていても、なんとなくくらいだろう。


 それにエフライムは、クレメン子爵の孫で、貴族の一員として王都へ行ったのだから、まだ子供だった事もあって、自由に城下町を散策したりはできなかっただろうしね。

 せっかく年の近い友人になったんだ、王都に着いたら暇を見て、エフライムと城下町散策に行くのも悪くないかな。

 パレード以来の、往来を行き交う人達が集まって来る現象が収まってたら……だけど。


「エフライムは、その時ね……陛下には会わなかったのか?」


 危うく姉さんと言いかけて、陛下と言い直す。

 やっぱり、油断してると姉さんと言ってしまいそうだ……練習、した方がいいのかもなぁ。


「今の女王陛下のお父上……先代の陛下にはお目通りしたが、現女王陛下とはお会いしていないな。美しい女性と聞いている」

「美しい……うん、確かに綺麗な人ではあるね」

「そうか。それもまた、エルフと同じで一つの楽しみだな。まぁ、俺がそう考えるのは烏滸がましいかもしれんが……」


 この世界に来る以前から、姉さんは綺麗な女性だった。

 それは、見た目の事もあるし、性格というか考え方もね。

 正義感が強い……と言えるのかな?

 俺も大いに、姉さんの影響を受けているとは思う。

 小さい頃は、べったりだったからなぁ。


 それはともかく、この世界で再開した姉さんは、さらに綺麗になったように感じる。

 見た目は金髪で、誰もが振り返る西洋美人。

 女王になった事で、人間の良い部分も悪い部分も見て来たんだろう、時折凄みを感じる時がある。

 ……ここまでなら、エフライムの期待通りなんだろうけどね。


 俺の部屋で寛いで、リラックスしてる時の姉さんは、ヒルダさんが注意する事もあるくらい、だらしない姿を見せる。

 気心知れた人達だけの空間で、姉さんにとっては楽になれる時間なんだろうから、俺としても悪くは思っていないんだけどね。

 それをエフライムが見たら、今想像してるであろう女王像からかけ離れていて、幻滅しないだろうか?

 姉さんがエフライムに、あれを見せるかはわからないけど。

 見せたら、驚くだろうなぁ……。


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