第370話 宿の部屋でホッと一息



 家まで走るロータを見送りながら、訓練の後でも元気だなと感心する。

 今日は最初から訓練を見ていたけど、その後で走れるんだから、ロータは頑張り屋だなぁ。

 ……俺やモニカさんだったら、疲れてとぼとぼと歩くくらいしかできそうにない。

 俺達が情けないわけじゃないぞ? ソフィーの課した訓練が厳しいからだ。

 元々ロータは、子供ながらも体力はある方だったんだろうけど、それでも凄いと思う……将来有望というのもよくわかるね。


「お腹すいたのだわ! 早く夕食にするのだわ! ……リクにくっ付けなくて、全然補給できなかったのだわぁ」

「リク様、エルサ様が騒いでますよ? それにしても、やっぱりいい触り心地ですね」

「はいはい、わかったよエルサ。それじゃ、イオニスさん達の所へ行こうか」


 ロータを見送っていると、レナに抱っこされたエルサがお腹が空いたと騒ぎ出す。

 いつもならもう少し我慢できる時間なんだけど、エルサの言う通り、俺の頭にくっ付いていなかったから、余計にお腹が減ったんだろうか?

 補給とか言ってるし……何を補給しているのか知らないけど、俺の頭から変な成分でも出てるのか?


 レナの方は、エルサのモフモフがお気に入りで、訓練を見ている間中抱っこして感触を楽しんでいた。

 モニカさんやユノと一緒につんつんしてたから、そのせいで余計にエルサが疲れたのかもしれないな。

 エルサやレナに苦笑して応えつつ、夕食を頂くために、今日も用意してくれると言ってくれた、イオニスさんの家へと向かった。

 ちなみに、メイさんはロータを見送る時には、既に近くからいなくなってた……ロータの事をクレメン子爵達に伝えに行ったのかもしれないけど、いつのまに移動したのか……。



「はぁ、夕食は結構な騒ぎだったなぁ……」

「キューをたらふく食べたから、私は満足だわ!」

「そりゃ、エルサは話に加わらずに、ただ食べてただけだからな」


 イオニスさんの奥さんや、村の人達が用意してくれた夕食を頂いた後、宿の部屋へ戻って一息つく。

 エルサは、ベッドの上に仰向けになって、満腹感から満足してるようだ……警戒心のない犬……いや、ドラゴンだ。

 ここで警戒する必要はないから、いいんだけどな。


 満足そうなエルサは置いておいて、夕食時だ。

 ロータの話を、改めて俺やソフィーからして、任せろと言ってくれたクレメン子爵。

 騎士になるよう誘導するとか、小声で呟いていたけど、そこはすかさずソフィーと俺が止めておいた。

 ロータの自由意思を尊重したいからね。


 将来ロータが自分で騎士になると言うのであれば、俺もソフィーも止めたりはしないけど、今から誘導するのは違うから。

 そこはしっかり言い聞かせると、エフライムが請け負ってくれたので安心だ。

 ここまでは、落ち着いた雰囲気の夕食だったから良かったんだけど、その後にレナが発した一言からちょっとした騒ぎになった。


 ロータの話がひと段落したからか、レナが「私は今日、リク様と一緒に寝ます!」と言い放ったのだ。

 それだけなら、子供に懐かれて嬉しいとは思うけど、さすがに貴族のお嬢様と一緒に寝るのは、相手が子供とはいえ、ユノと違って俺も躊躇する。

 そして、その一言に対し、過剰に反応したのがエフライムとモニカさんだ。

 エフライムが、寝るなら兄と一緒にと言い出し、モニカさんはレナが一緒ならユノも混ぜて私もと言い出した。


「エフライムの反応は、予想通りではあったけど、まさかモニカさんまで騒ぎ出すとはなぁ……」

 

 面白がったクレメン子爵が、レナの味方に付き、それに対してエフライムが俺を恨めしそうな目で見たりと、色々大変だった。

 結局、宿のベッドでは、大人数で一緒にというのは難しいから、諦めてもらう事になったけど……王城のベッドだったら、説得の理由にはできなかっただろう。

 ……王都へ帰る前に、またレナが言い出した時の対処法を考えておかないと……。

 皆が言い出したらと思うと、説得できる気がしないけど。


 結局、落ち着いて夕食を頂けたのは、我関せずと食べる事に集中していたユノとエルサ。

 俺達を苦笑しながら、眺めるだけにしていたソフィーくらいだった。

 まぁ、クレメン子爵とかは、楽しそうだったけどな。

 あと、何故かしれっとレナの後ろにいたメイさんは、握り拳を作ってレナを応援していた。


「はぁ、今日はのんびりのはずだったけど、ちょっと疲れたかな。さっさとお風呂に入って寝よう」

「お風呂なのだわ? 私も行くのだわぁ。昨日は入りそびれたのだわ」

「いや、昨日もちゃんとお風呂に入ったぞ、エルサ。ほとんど寝てたけど」


 お風呂に入ってさっぱりしようと、座っていた椅子から立ち上がると、ベッドで仰向けに転がっていたエルサはが、ガバっと起き上がり、俺の頭へと飛びついてくる。

 風呂好きなようで何よりだが、昨日、半分以上寝てたエルサを苦労して洗ったの、覚えてないのか?


「そうなのだわ? 昨日はキューを食べてからの記憶が、ほとんどないのだわ」

「ははは、それだけ、ユノとの訓練で疲れてたんだろうな」

「疲れてたなんてものじゃないのだわ。金輪際、ユノとは訓練をしないのだわ、死ぬかと思ったのだわ!」

「またまた、ドラゴンはそんなやわな生き物じゃないだろ? 大袈裟だな」

「大袈裟じゃないのだわ! 結界も破るユノなのだわ、ドラゴンなんて簡単にお肉になるのだわ」

「お肉って……」


 確かに昨日の訓練では、ユノの攻撃を必死で避けてたエルサ。

 日頃、飛ぶ以外では動く事の少ないエルサだから、よっぽど疲れたのだろうと思うけど、死ぬなんて事はないだろう……さすがにね。

 エルサがお肉になる……なんて表現をしたので、一瞬ドラゴンって美味しいのか気になったけど、それはさっさと頭から除外し、笑いながらエルサを連れてお風呂へ向かった。


 お風呂へ向かう時も、毛を洗っている時も、散々ユノの訓練がどれだけ危険だったかを、騒ぎながら俺に伝えようとしていたエルサ。

 お風呂から上がって、ドライヤーもどきの魔法をかけてやると、さっきまでの興奮はどこへやら、コテンと横になってすぐに寝てしまった。

 ……眠気に弱いドラゴンだ……今度から、お腹が空いたりして騒ぎ始めたら、ドライヤーか眠りの魔法で寝かせてしまった方が、静かになるかな?

 いや、頭にくっ付いてる時それをやると、涎が垂れて来そうだから、状況を見て……だな。


 何はともあれ、明日は王都へ出発だ。

 早々野盗に襲われたり、魔物が襲撃して来る事はないだろうけど、エフライムやレナを無事に王都へ届けるために、気を引き締めないとな。

 熟睡してるエルサをベッドに転がしながら、気持ちを切り替えるように考えながら、俺もベッドへ入った。

 うん、今日もエルサは良いモフモフだ……。



――――――――――――――――――――



 翌日、用意してもらった朝食を頂いた後、王都へ向かう俺達は、マルクスさんが用意してくれている馬車へ乗るため、村の入り口へ移動。

 クレメン子爵や護衛の騎士さん達、村長のイオニスさんとロータ、ロータの母親と村の人達が数人見送りに来てくれた。



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