第369話 謎多きメイドのメイさん
「お待たせしました」
「ふぁ!?」
メイさんが姿を消して数分後、驚愕していた俺の後ろで、再び声をかけられた。
どこに行っていたかというより、やっぱりまた気配を感じなかったよ……おかげで変な声が出てしまったじゃないか……。
「リクさん、どうしたの? そんなに驚いて……」
「いや、メイさんが急に俺の後ろから声をかけて来たから……」
「急に? でも、メイさんは普通に歩いて来ていたわよ?」
「……え?」
モニカさんは、俺の背後に近付くメイさんに最初から気付いていたらしい。
俺に対してだけメイさんが気配を消してた? それとも、俺が変に考え込んで注意散漫だったから?
いや、モニカさんが気配に敏感なだけ……とはあまり思えないか……特にそんな素振りは今で無かったしな。
俺に対してだけメイさんが気配を消してたとか、そんな事ができるのかわからないが、驚いたままの表情で、振り返ってメイさんに視線を向けた。
「ふふふ……」
「っ!」
俺と目が合ったメイさんは、不敵に笑って俺の考えを見通しているような雰囲気を醸し出してる。
やっぱり、全部狙ってやってるようだけど……俺、何かメイさんに悪い事でもしたかな?
「んん! 失礼しました、リク様。許可が出ましたので、報告を」
「え、あ、はい」
咳払いしたメイさんは、すぐに何やら報告があるとの事。
そのリズムというか、スピード感のようなものに、俺は戸惑うばかりだけど、とにかくメイさんの報告とやらを聞く事にした。
「リク様達が去った後、ロータ君は子爵家の騎士団で面倒を見る事に決まりました」
「……はい?」
何が起こって、急にそんな事になっているのか。
しかも騎士団って……メイさんだけでは決められないから、誰かに聞きに行ったんだろうけど……近くにいるのはエフライムやクレメン子爵くらいだ。
その護衛の騎士さん達もそうだけど、数分で行って帰れる距離じゃないような気がするのは俺だけか……。
「正確には、騎士団が見回りの際、この村へ立ち寄る時にロータ君に訓練をつける、との事ですね」
「……一体、どうしてそんな事に?」
「ロータ君がソフィー様の言う事を素直に聞いている事。そして、剣を使えるようになる事に意欲的な事。さらには昨日、子爵様達の前で決意を示し、気に入られた事……ですね」
「はぁ……それじゃあ、ロータは将来騎士団に?」
「いえ、それはロータ君の意志を尊重するとの事です。子爵様も、エフライム様も、リク様が目をかけている子供の将来を、子爵家が決めてはならないだろうと仰っておられました」
「あぁ……えっと、そうですか……」
ロータの事が、本人のいないところで勝手に決まって行く。
いったいあの数分で、どうやってこれだけの事を決めて来たのかはわからないけど、もしかしたら昨日の時点で多少は話してた事なのかもしれない……と思う事にしよう。
ともあれ、俺達がいなくなった後も、ロータの面倒をある程度見てくれると言うのなら、ソフィーも安心するだろう。
でも……。
「ロータが、それを断ったら?」
「もちろん、全てロータ君が望めば……です。騎士や兵士達は、常駐するわけではありませんし、見回りの際に、程度ですからね。どちらにせよあまり大した手間にはなりません。それよりも、将来有望と見られる人物を一人、子爵家で育てられるのなら、子爵領だけでなく国内のためになるだろうとの考えです」
「成る程……でももし、他の人達がロータだけ特別扱いと言って来た場合は?」
ロータの自由意思が尊重されるのであれば、俺には文句はない。
本人のいないところで色々決まってしまってるけど、結局はロータがどう考えるか、だからね。
それよりも、ロータだけ訓練を行う事で、子爵家が特別扱いだとか、贔屓をしているんじゃないかと思われる事の方が問題のような気がした。
いや、そういう事を問題にする人が、子爵領にいるかはわからないけどね。
「その場合は、ロータと同じ訓練をその者にもさせればいいのです。ふふふ、軽い覚悟程度なら、後悔するくらいの訓練をしてみせますよ」
「えっと……程々に? というか、ロータが耐えられないような訓練は駄目ですからね?」
もしそう言う人がいた場合、という質問の返答をしている途中で、怪しく笑うメイさん。
何か後ろ暗い過去を彷彿とさせる笑みだけど、この人をレナの護衛にしてても大丈夫なのか少し心配になるな。
怪しく笑ってるメイさんに対し、少し後退りしながら、一応注意をする事は忘れない。
せっかく、ロータがやる気になってるのに、それを挫くような事はして欲しくないからね。
「それは大丈夫です。見た所、ソフィー様の方が厳しいようですから」
「え、そんなに?」
そう思ったんだけど、メイさんが考えている訓練よりも、ソフィーが課している訓練の方が厳しいらしい。
「えぇ。あれ程の訓練、新米騎士でもこなせるか怪しいですね。だからこその提案なのですが」
「そ、そうですか……」
確かにソフィーの訓練は厳しいとは思うけど、そこまでだとは思ってなかった。
よくよく考えて見れば、10キロ以上はありそうな距離を、朝食後から走らせた挙句、昼食までみっちり筋トレのような事をしてたんだから、厳しくても当然か。
獅子亭にいる時に、モニカさんやソフィーさんがマリーさんに受けてた特訓を見ていたから、感覚がマヒしてたのかもしれない。
そう言えば昨日、ソフィーは訓練をし始めた当初は、動くのも辛そうとか言ってたっけ。
それってもしかして、立つのもままならない状態だったのかもしれない。
驚くべきはそれらをこなして尚、疲れを見せながらも笑顔のロータか、それとも、簡単な事のように訓練を課すソフィーの方か……。
ソフィーさんも、マリーさんを見ていて感覚がマヒしてるのかもなぁ。
「成る程な、それはいい案だと思う。あくまで、ロータを鍛える事が目的なようだし、私がいなくとも、ロータが訓練を怠るとは思わないが、見ていてくれる人がいるというのはありがたい」
ロータへの訓練と、ソフィーがいなくなった後の日課の手順なんかを教え終え、母親の手伝いのために家へ帰る前に、ロータと一緒に、ソフィーへメイさんからの提案を話す。
毎日ではないけど、時折見ていてくれる人がいるというのは、ソフィーとしても安心なようだ。
まぁ、村の中を走る事を始めとした、体を鍛えるためのトレーニングだけならまだしも、剣を使った訓練もあるようだから、怪我をする可能性もあるもんな。
村の人達や、ロータの母親がある程度は見てくれるとは思うけど、武器を扱う事に慣れてる人が見てくれてるのとは、また違うしな。
「それでは、ロータ君を子爵家の者に任せても?」
「うん、私はいいと思う。ロータはどうだ?」
「僕は……リク兄ちゃんや、ソフィー師匠に教えてもらう方がいいけど……でも、強くなれるんなら、それでいいよ」
「そうだな……私やリクがいなくとも、騎士や兵士に教えてもらえるというというのは、特別な事だ。だが、教えてもらえるから強くなるんじゃないぞ? ロータが頑張るから、強くなれるんだ」
「うん、わかったよ、師匠! 僕、頑張るから!」
「では……子爵様方には、ロータ君が了承したとお伝えさせて頂きます」
「あぁ、よろしく頼むよ。ほら、ロータも」
「えっと、よろしくお願いします!」
ロータは俺やソフィーに教えてもらいたいようだけど、強くなれるならという事で、子爵家の人達に教えてもらう事に頷いた。
知らない人に教えてもらうよりは、気心知れたソフィーに教えてもらえる方がいいのはわかるけど、ロータは俺達がいなくなった後の事もちゃんと考えてるようだ。
ロータが頷くのを見たメイさんも、頷いて見せ、それに対してソフィーと促されたロータが頭を下げる。
そうして、ロータが子爵家の人達に見てもらう事が決定し、母親の手伝いのために家へ向かうのを見送った。
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