第347話 覚悟を決めた騎士団長
「リク殿は手加減が苦手と言っている。それを、お主達は受けられるのか……というところだな」
「はっ……確かに、今の話が本当であれば……私は何と無謀な事を……」
クレメン子爵が話し終わり、考えるように俯いた騎士団長。
いえ、訓練なので無謀とかそういう事はないと思いますよ?
多少、飛ばされた人が、打ちどころが悪くて怪我をするかも……くらいだと思います。
「リク殿への頼み、取り下げるか? ワシはみたいとは思うが、無理を言ってはいけないからな」
「……いえ、一度申した事……撤回は致しません! 我が騎士団、命を懸けるつもりで事に当たりたい所存です!」
いえその、命を懸けるとか、そんな覚悟はいらないと思います。
実践ではなく訓練なので、そこまでの覚悟は必要ないと思うんです。
「そうか、わかった。これで、ワシもリク殿が戦う所を見られるな。レナーテ、リク殿の格好いい所が見られるぞ?」
「はい、楽しみです!」
「はぁ……お爺様やレナーテを、楽しませるための訓練ではないはずなのだが」
俺の内心を無視して、話を進めるクレメン子爵。
レナもそうだけど、二人共俺が戦う所を見たいらしい……見て楽しいものじゃないと思うんだけどなぁ。
俺の考えと同調するように、エフライムが溜め息を吐く。
「では、我ら騎士団、訓練参加者を募り、すぐに準備を行うように致します」
「うむ」
俺、やるって言ってないと思うんだけど、クレメン子爵達の中で訓練はやる事に決まったようだ。
もう断れないなぁ、これ。
元々、断る気はなかったし、訓練ができるなら、俺にとってもいい事だ。
「あ、すみません。木剣を幾つか用意していてもらえますか?」
「木剣……失礼ですが、リク様は素手で戦うのではないのですか?」
「そうだな、先程の話を聞く限り、剣ではなく素手で戦う方が主だと感じたが……?」
退室しようとした騎士団長さんに声をかけ、木剣の用意をお願いする。
野盗の時はほとんど剣を使わなかったし、魔物討伐の話では、素手で戦った事を重点的に話したから、勘違いさせてしまったようだ。
「いえ、俺は本来剣を使って戦うんですよ。素手は野盗と魔物を相手にする時、初めて使いました。多分……剣の方が慣れてるので、手加減もしやすいかと思います」
「そ、そうですか……畏まりました。訓練用の木剣を用意しておきます」
「はい。壊れたら続けられないので、できれば数本お願いします」
「か、畏まりました……」
素手で戦ったのは、野盗が初めてだから、どれくらいの力加減をすればいいのか全く分からない。
力いっぱい打ち付けたら、グリーンタートルの甲羅や、リザードマンみたいに破壊してしまいかねないし……ある程度手加減しても、野盗のように内臓へダメージが……という事もあったからね。
野盗の時は特に、殺したりせず意識を奪うだけと考えてたから、あれで手加減したつもりだったんだけどなぁ。
剣の方は、マックスさんから教えられたりもしたから、ある程度手加減できると思う。
慣れてるから、どれくらいの力で……というのも少しはわかるし、力を込めても多分、吹き飛ばすくらいだ。
体に直接ではなく、騎士団員さんの武器の上から打ち付けるようにすれば、大きな怪我をしたりはしないだろうしね。
……もしもの時は、治癒魔法を使う事も考えておこう。
俺の言葉を聞いて、死地に赴くような表情と、覚悟を決めたような雰囲気を漂わせ、騎士団長さんが食堂から出て行く。
そこまでの覚悟をしなくてもいいと思うんだけどなぁ。
「リクの相手をするのは、それだけの覚悟が必要なんだな」
「ははは、エフライム、あれは大袈裟だと思うよ?」
「リク殿の話を聞いた限りでは、そうは思えんのだがな……」
出て行った騎士団長の様子を見て、こめかみから汗を流しながら呟くエフライム。
クレメン子爵も、少し戦慄したような表情になってる……そこまで?
唯一、レナだけは俺が戦う姿が見られるとあって、嬉しそうにニコニコしていたのが癒しだね。
やっぱり、子供の笑顔は癒されるなぁ……。
「ともあれ、ナトールの決死の覚悟のおかげで、ワシ達もリク殿の戦う姿が見られるわけだ。エフライム、レナーテ、わかっておるな?」
「はい、お爺様。英雄と呼ばれ、最高勲章を授かる程の者の戦い、しかとこの目で見させて頂きます」
「わかっています、お爺様。リク様の勇姿、この目に焼き付けます」
「うむ。とはいえ、訓練だからなぁ……さすがにリク殿は本気を出さないとは思うが……」
「まぁ、そうですね。鍛える事が目的で、捕まえたり、打ち倒す事が目的じゃありませんから。俺の練習も兼ねてますし」
俺や騎士団の人達が戦うのが、楽しみだという表情を隠しもせず、エフライムとレナに問いかけるクレメン子爵。
騎士団長の決死の覚悟って……本当にそこまでの必要はないはずなんだけどなぁ。
ヴェンツェルさんの時だって、特に怪我人とか出してないし……あ、あの時はヴェンツェルさんとしかまともに模擬戦してなかったっけ。
しかも、ヴェンツェルさんの技を真似るという反則のような事を下だけだしね。
その後は、剣の基礎を教えてもらうくらいだったっけ……こういう事は、マリーさんが得意そうだったなぁ。
クレメン子爵に言われ、真剣な表情で答えるエフライムと、祖父に似たのか楽しそうな表情をさせているレナ。
対照的な二人に、苦笑しながらクレメン子爵に同意し、さすがに本気は出さない事を伝える。
今回は、俺が手加減の仕方を覚えるためにも、勉強させてもらおうと思ってるからね。
「では……そうだな、ナトールの方も準備や心の整理が必要だろう。昼食後しばらくしたら、訓練を開始する事にしよう」
「はい」
準備はともかく、心の準備までは特に必要はないと思うけど、ともあれクレメン子爵が決め、お昼を過ぎてからという事になった。
これなら、モニカさん達も帰って来てから一緒に参加できるかな?
訓練と言えば、剣を習い始めたロータや、自分を鍛える事が好きなように見えるソフィーがいても良かったのになぁ、と思う。
ロータはまだ習い始めたから、訓練は見るだけになるだろうけど、ソフィーに取ってはいい経験になっただろうに……少し残念だ。
クレメン子爵が連絡をして、騎士団長さんに昼過ぎから訓練をする事を決めた後、適当にエフライムやレナと話してまったり過ごした。
子爵や、エフライム達の両親は今回の事でそれぞれやる事が山積みらしい。
まぁ、バルテル配下の人達や、領内の事が滞っていたりと、やらないといけない事が多いのは当然か。
「リク様、お連れのモニカ様達ですが……無事、冒険者ギルドへの報告を済ませ、街を散策して来るとの事です」
「わかりました、わざわざありがとうございます」
昼食の時、執事さんが入って来て、街にいる兵士さんから頼まれた伝達として、モニカさん達の事を教えられた。
モニカさん、報告が終わった後は街の観光かぁ……いいなぁ。
多分ユノあたりが、モニカさんに街を見たいといったんだろうけどね。
エルサはお腹が空いたとかうるさそうだけど、モニカさんなら上手くやってくれるだろうと思う。
連絡したのは、俺が心配しないようにだろうし、子爵家の兵士や騎士さん達が、今は街にいるから伝達しやすかったんだろう。
エルサやユノがいるから、あっちは大丈夫だろうし、こっちはこっちで訓練をする事になってるから、そちらに集中しよう。
モニカさんが参加できないのは、少し残念だね。
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