第346話 騎士団長からのお願い



 朝食を頂いて少しの間、食堂でゆっくりした後、その場は解散となった。

 退室するヘンドリックさんとレギーナさんを見送ったけど、何故か出る間際にレギーナさんがレナに対してエールを送っていた……なんだろう?

 モニカさんは、ユノとエルサを連れてこの街にある冒険者ギルドへ行った。

 冒険者ギルドは、複数の街や国を跨いで存在する組織だけあって、依頼を受けたギルドとは違うギルドでも、達成報告をする事ができる。

 まぁ、遠すぎる場合とかは色々手続きがあったり、国外だと連絡がすぐに行き届かない場合もあるみたいだけどね。

 

 バルテル配下の者達は、クレメン子爵の動きを阻害する事が目的だから、完全に冒険者ギルドを止めてたわけじゃないみたいだし、王都のギルドからの連絡は滞りなく行われてるだろうとの事。

 それと、クレメン子爵によれば、昨日のうちにバルテル配下の者は大方、街から排除したらしいけど、まだ隠れている者がいるらしい。

 まだ治安が悪くなったままの所もあるから、モニカさん一人というのを避けるため、ユノやエルサは護衛代わりについて行く事になった。

 ……エルサはともかく、ユノは見た目子供だから、絡まれやすくなるような気がするけど……クレメン子爵からは、無法者には厳しくして良いとのお墨付きをもらったので、意気揚々と剣と盾を持って行くようだ。

 むしろこれは、絡んで来た相手がかわいそう……かも?


 最初は俺も一緒に行こうかと思ったんだけど、クレメン子爵から頼みたい事があると言われて、ここに留まる事になった。

 ロータからの依頼報告や、素材の買い取りなんかは全部、モニカさん達に任せる事にした。

 ユノもいるから、荷物を運ぶのに苦労はしないだろうしね。


「それで、クレメン子爵。頼みたい事ってなんですか?」

「うむ……まぁ、ワシからではなく、ナトールからなのだがな?」

「騎士団長さんがですか?」


 食堂には俺とクレメン子爵、エフライムやレナと、マルクスさんが残ってる。

 他には執事さんとかメイドさんだけど、あちらは使用人として控えてるだけだから、気にする事もないと思う。

 それにしても、騎士団長さんが俺に頼みたい事って、一体なんだろう?


「お爺様、あの件ですか? 今朝リク達が来る前に話していましたが……」

「うむ、そうだ。すまぬが、ナトールを呼んで来てくれ」

「畏まりました」


 エフライムは何か知ってるみたいだね。

 クレメン子爵がエフライムに答えながら、執事さんの一人に騎士団長さんを呼んで来るように頼んだ。


「失礼します」

「うむ。ナトール、例の提案だが、直接リク殿に頼むと良いだろう」

「はっ。場を設けて頂き、ありがとうございます」


 少し待つと、執事さんに連れられて、騎士団長さんが食堂へとやって来た。

 クレメン子爵に頭を下げた後、俺に体を向ける騎士団長さん。

 緊張感の漂う雰囲気に、少しだけ身構える俺。


「リク様、単刀直入に申し上げます。我が子爵家騎士団に訓練を付けてもらえませんでしょうか?」

「え、訓練ですか?」


 騎士団長さんが俺にお願いしたい事は、訓練の事だったらしい。

 改まって頼みたい事だから、魔物を討伐とかそういう事が来ると考えてたけど、違ったみたいだ。

 しかし、ヴェンツェルさんといい、訓練をしたい人が多いのは何故なんだろうか……。


「はい。今回、エフライム様やレナーテ様が攫われてしまった事は、ひとえに、我が騎士団の不徳の致すところ。つきましては、最高勲章を持ち、さらにはAランクの冒険者であるリク様に、鍛え直して頂きたいと!」

「そ、そうですか……」


 騎士団長さんは、エフライム達が攫われてしまった事に、責任を感じてるんだろうと思う。

 内通者というか、バルテル配下の者と気付かず、エフライム達の護衛としたのだから、責任はもちろんあるんだろうけど……それを訓練で、というのはどうなんだろう……脳筋かな?

 まぁ、騎士団長さんを含めた騎士団の人達が、訓練を通して強くなり、子爵領に住む人達が安全になるなら、いい事なんだろうけどね。


「リク殿、すまんが付き合ってやってくれぬか? ……それにワシも、リク殿がどういう戦いをするのか、見てみたいしな」

「お爺様、好奇心ですか? それはリクに迷惑だと思うんですけど……」

「あぁ、いえ。訓練をする事はいいと思うんですけど……えっと……」

「何か、問題でもあるのか?」


 クレメン子爵からもお願いされるが、それに対してエフライムが苦言を呈している。

 俺自身は失礼とも思わないし、戦う姿を見せるのも問題ない。

 問題ないんだけど……。


「いえ、その……昨日、オシグ村での魔物討伐や、そこに向かうまでの野盗の話をしましたよね?」

「うむ、そうだな」

「それを、騎士団の人達に向ける事になると思うんですけど……俺、手加減が苦手なので」

「手加減される程、我が騎士団の者達は軟弱では!」

「待て、ナトール。お主の言いたい事もわかるが、落ち着け」


 魔物討伐や、野盗を相手にした事は、昨日のうちに話していた。

 その時行った戦闘の事も、全てじゃないけどある程度は話してある。

 だから、ユノが強い事も知っているし、俺がグリーンタートルの甲羅を素手で破壊できる事も知ってる。

 俺が手加減と言った事に、憤慨する様子を見せた騎士団長さんだけど、クレメン子爵にすぐ止められた。


 確かに、訓練をお願いする方とは言え、最初から手加減前提のような言い方をされれば、侮辱されてるようにも感じるよね。

 これは、俺が言葉を選ばなさ過ぎた。


「すみません、騎士団長さん。決して、騎士団の方達を侮っているわけではないんです」

「ナトールは、昨日のリク殿の話を聞いていなかったからな。ワシから話そう」


 騎士団長さんに謝りながら、侮ったり下に見ているわけじゃないと説明する。

 昨日は街の方で動いてたはずだから、騎士団長さんが話を聞いてないのも当然だしね。

 続きは、クレメン子爵に任せて、騎士団長さんに説明されるのを、執事さんが淹れてくれたお茶を飲みながら待つ事にした。



「むぅ……そのような事を人間が……ですが、それくらいしてこそ、英雄と呼ばれるわけですか……」

「リク殿が嘘を言っているとは思わん。こういう事で誇張をしたり、嘘を言うような者が、陛下の使いとしてくるわけがないからな」


 姉さん、子爵に余程信頼されてるらしい。

 その事は、弟として嬉しいけど……問題は話を詳しく聞いた騎士団長さんだ。

 特に、野盗を殴って沈黙させた時、内臓をにもダメージが行っていた事や、グリーンタートルの甲羅を素手で割ったり、リザードマンを破裂させたりという所で、顔色が悪くなり始めた。

 さっき、俺の方から手加減ができないと言ってるからね、それが自分達に向くと想像したんだと思う。


 確かに手加減は苦手だけど、さすがに善良な人間相手にそこまでの力は向けない……と思う。

 相手に合わせて丁度良い力加減はできないだろうけど、内臓にダメージが行く程には力を込めないつもりだ。

 ……俺は技術がなくてほとんど力任せだし、あんまり自信がないから、躊躇ったんだけどね。

 訓練自体は、王都に戻ったらヴェンツェルさんに頼んでる事もあるから、俺としては歓迎だ。

 技術を身につけたり、人の動きを見て参考にする事はできるからね。



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