第343話 子爵邸に留まる事に決定



「いえ、街の入り口にいた者達に見つからないよう、隠してあるので、私が」

「そうか。ならば、執事を一人付けるので、それと一緒に行くといい。街の出入りも楽だろう。その者に、馬車や馬の置き場所へ案内させるのでな」

「畏まりました」

「俺も行きましょうか?」

「いえ、リク様の手を煩わせるまでもないですよ。ただ馬車を持ってくるだけですからね」


 マルクスさんには、クレメン子爵の計らいで執事さんが一人付く事になった。

 街の出入りっていうのは、今騎士団長さん達が頑張って、街に紛れ込んでるバルテル配下の者達を捕まえてる最中だからだろう。

 街から逃げ出したりしないよう、入り口は当然先に抑えてるはずだしね。

 騎士団長さんやリロさんがいれば、マルクスさんを知ってるから大丈夫だろうけど、それ以外の騎士さんが見張ってたら、出入りが難しいと思う。


 子爵家の執事が一緒にいてくれたら、事情を話してくれるだろうし、安心だ。

 マルクスさんだけに任せるのも悪いので、俺も一緒に行こうかと思ったけど、断られてしまった。

 煩わせるって、そんなに手間でもないんだけどなぁ。


「では、行って参ります」

「うむ。頼んだぞ」

「はい」

「いってらっしゃい、マルクスさん」

「お馬さん達によろしくなの!」


 クレメン子爵が呼んだ執事さんを伴い、部屋を出て行くマルクスさんを見送る。

 執事さんは、クレメン子爵の言葉に頷き、礼をして退室した。

 ユノ、お馬さんって……まぁ、見た目の年齢としては正しい言い方なのかな?


「では、リク殿達の部屋に案内させよう」

「はい、お願いします」

「はい」

「はいなの」


 人の少なくなった応接室で、クレメン子爵がまた別の執事さんを呼んだ。

 さっきから、色んな執事さんが入れ代わり立ち代わり来てるけど、どれだけの執事さんがいるのか。

 貴族って、それだけいないといけないのかな?

 ……王城では、もっと多くの人が行き交ってたっけ……あっちは兵士さんも多かったけど。



「こちらになります」

「ありがとうございます」

「大きいの」

「疲れたのだわぁ」


 執事さんに案内された一室。

 そこは広々とした部屋で、身分の高い客がこの子爵邸に留まる時に使うような部屋だと感じられた。

 それだけ、クレメン子爵が俺達を歓迎してくれてるって事かな。

 モニカさんは、途中で別の部屋を宛がわれ、そちらに行っている。


 女性だからか、メイドさんが待機してて、荷物を置いて落ち着いたらこちらに来ると言って別れた。

 ユノは部屋の大きさに喜び、エルサはすぐに置いてあるソファーまで飛んで行って、丸くなった。

 すぐにユノがつつきに行ってるけど、今は休ませてあげなさい。

 地下通路では、明かりの魔法を使ってくれたりしてたからね……それだけで本当にエルサが疲れたのかは疑問だけど。


「何か用がある時は、こちらのベルでお知らせ下さい」

「はい、わかりました。ありがとうございます」


 執事さんが示したのは、ベッドの横にある小さなテーブルに置いてあるベル。

 執事さんや、メイドさんを呼ぶ時に使う物だね。

 昔映画かなんかで見たような覚えのある物だけど、城ではこんなのはなかったなぁ。

 あっちは、ヒルダさんが常に隣室で待機してくれてたからか……人が多いからこそできる事なんだろうな。


「リクさん?」

「あぁ、モニカさん」


 執事さんが退室したのと入れ替わりに、モニカさんが部屋に来た。

 もう荷物を置いて来たらしい。

 もっと大きな部屋で、ゆっくりしててもいいと思うんだけどなぁ。


「……なんだか、落ち着かないわ」

「そう? 大きな部屋で、お世話をしてくれる人もいるみたいだし……ゆっくりしてればいいんじゃない?」


 部屋に入って来たモニカさんは、ソファーで丸くなってるエルサと、それをつついてるユノに近付き、ゆっくりとエルサのモフモフを撫でながら、呟いた。


「今回はソフィーもいないしね。あんな大きな部屋、一人では持て余してしまうわよ?」

「そうかな? でも、王都の宿屋は高級宿で部屋も広いんでしょ?」

「えぇ、部屋は広いのだけど、さすがにここまでではないわ。せいぜい、この部屋の半分もないくらいね。リクさん……私はつい最近まで、ただの街で暮らす食べ物屋の娘だったのよ? 今は冒険者だけど……その頃から考えると、贅沢な部屋と暮らしをしてると思うわ……」

「確かに、言われてみればそうかもしれないね。獅子亭も、マックスさんやマリーさん、常連さん達もいて、居心地は良かったと思うけど」


 街にある食べ物屋で暮らしてる頃と比べたら、確かに広い部屋で、贅沢な暮らしとなるのかもね。

 使用人さんがいる事なんてあるわけないし……俺、贅沢し過ぎかな? もう少し、ヒルダさんに甘えるのを控えよう。

 とはいえ、獅子亭の方も、気の良いマックスさんやマリーさんがいて、店で出した料理を笑顔で食べる常連さん達がいた。

 活気があり、あっちはあっちで、居心地が良かったと思う。

 マックスさんやマリーさん、モニカさんの人柄が良かったのもあるんだろうけどね。


「私には、リクさんのようにすぐ慣れる事はできないわねぇ。……冒険者になったら、もっと質素な暮らしが待ってると覚悟してたんだけど。これも、リクさんのおかげね」

「俺も、完全に慣れてるとは言えないけどね。確かに、冒険者ならもっと質素な暮らしをしていてもおかしくないか……俺も冒険者になる前は、そんな風に想像してたし」


 モニカさんは、俺が慣れてるように言うけど、俺だってまだ慣れない部分は多い。

 城の生活で言うと、何かあればすぐに誰かが訪ねて来るし、それが軍トップのヴェンツェルさんだったり、情報部隊トップのハーロルトさんだったり……挙句には女王陛下が、自分の部屋のように寛いでたりするしね。

 それに、何も言わなくても、俺の行動を察して色々準備してくれたりしてくれるヒルダさんもいる。

 やっぱり、これに慣れたら堕落してしまいそうな気がするなぁ。


「普通、自分の部屋が城に用意されてる事なんてないし、陛下が常駐してるかと思うくらい入り浸ったりしないわよ……?」

「あれは、城に用意してもらった部屋なだけで、自分の部屋とまでは思ってないんだけどな。それに……姉さんはね、まぁある意味仕方ない……かな?」

「陛下に関してはまぁ、ね」


 姉さんはもはや、俺に用意された部屋がリラックスする場所と考えてる気がする。

 他の場所では、女王様モードになってるんだろうし、姉さんには楽しく過ごして欲しいとは思うけど……国の仕事が滞るんじゃないかと心配するくらい、俺の部屋に来るからなぁ。

 ヒルダさんとか、ハーロルトさんがいてくれるから、大丈夫だろうけど。


 そんな風に、しばらくソファーに座ってモニカさんと、愚痴とも言えない事を言い合ってのんびりした。

 少しして、モニカさんが部屋に戻ろうとした時、ユノを引き取って行った。

 なんでも、今回はソフィーがいないため、広い部屋に一人というのは落ち着かないからだとの事だ。

 ユノはエルサのモフモフが離れるのが、少し残念そうだったけど、モニカさんの胸があるから……という爆弾発言を残して行った。


 もちろん、それを言われたモニカさんは、顔を真っ赤にしてすぐユノを連れて行った。

 まったく、変に意識してしまう事を言って俺を一人にするのは止めてくれよユノ……。


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