第342話 子爵家の次期当主
「あらあら、レナーテったら、随分リク殿に懐いたのねぇ?」
「はい! リク様は私とお兄様を救ってくれたのです。格好良かったです!」
「そう、良かったわね。頑張りなさい!」
「はい!」
優しそうに笑うレギーナさんに、俺がいかに格好よくエフライム達を救ったのかを、自慢するレナ。
でもあの時、レナは寝てたよなぁ……まぁ、子供だから、そういった事も大袈裟に伝えたいんだろう。
それは微笑ましくていいんだけど、レギーナさん、何故レナに頑張れと?
応援されたレナーテは、気合を入れて頷いていた……なんでそんなに、気合が入ってるんだろう?
「うむ、皆紹介をすませたな。ヘンドリック、エフライム達を頼む」
「わかりました、お父様。エフライム、レナーテ……疲れてるだろうから、部屋に戻って休もう?」
「そうですね。……さすがに、ゆっくり休みたいな」
「えー、お父様、私もっとリク様と一緒にいたいのです!」
「我が儘を言って、リク殿を困らせたらいけないだろう?」
「むぅ……お母様?」
「そうねぇ……レナーテ、ここはちゃんと休んで、可愛い姿を見せるべきよ。疲れていると、女の子は可愛く見られないわよ?」
「わかりました! リク様、待っていて下さいね!」
「え? あ、うん」
クレメン子爵に言われ、ゆっくりとエフライムに近付いたヘンドリックさんが、二人の様子を見ながら部屋へと促す。
お風呂にも入り、食事もとったからか、エフライムの顔には疲労が色濃く見える。
安心した事やお腹が満たされた事で、隠していたものが表面に出たんだろう。
エフライムも、それを認めてソファーから立ち上がり、部屋へと行こうとする。
だけど、レナだけは抵抗して俺と一緒にいようとする。
ヘンドリックさんにゆっくりと諭されるが、最後の抵抗とばかりにレギーナさんへ上目遣い。
レギーナさんはレナに対し、よくわからない応援をしてたから、レナの味方になるかなと思ったけど、違ったようだ。
可愛く見られる、という事を説得の材料にし、レナを納得させた。
しかしレナ、俺に何を待っていろと言うんだろうか?
「それじゃあ、レナ、行こうか」
「はい、あなた」
「では、お爺様、リク、失礼します」
「お爺様、リク様、失礼します」
「ゆっくり休むんだぞ」
「おやすみ」
俺達に向かって会釈をするヘンドリックさん達に連れられ、エフライム達が挨拶をして退室して行く。
でも、今ヘンドリックさんがレギーナさんの事を、レナって呼んでたね……レナはレナーテの方では?
……あぁ、レギーナを略してレナで、レナーテも略すとレナなのか。
両方レナが愛称になってるんだね。
シュタウヴィンヴァーという家名といい、トゥラヴィルトの街といい、何故こんなに名前に関してややこしいのか……。
子爵家には、そうするよう義務付けられてるんだろうか……?
「すまぬな、リク殿。どうにも息子のヘンドリックは頼りなくてな」
なんて、どうでもいい事を考えてた俺の表情を勘違いしたクレメン子爵。
どうやら、ヘンドリックさんが頼りなく見える事を、訝しがっていると勘違いしたようだ。
「いえ、そういった事を考えていたわけではないので。むしろ、優しそうな親で、エフライム達にはいいのではないですか?」
「まぁ、子供や領民には優しく、良い人物というのは確かなのだがな。だが、些か跡取りとしては不安でな。当主としては、物足りないだろう」
確かに頼りないという印象は受けたけど、父親として見ると、優しそうでいい人に見えた。
クレメン子爵も似たように見えるらしい。
領民にも優しいなら、悪くない人物なんだろうな。
「まぁ、物足りないからこそ、現在の子爵家ではエフライムが次期当主になっておる」
「エフライムが?」
クレメン子爵にとっては、ヘンドリックさんは子爵家の当主には相応しくないようだ。
エフライムが次期当主か……閉じ込められていても、いつでも逃げ出せるように、もしもの時に備えて体を動かせる状態に維持していた事。
俺達と一緒に街へ入ろうとした時、本来秘密にするべき地下通路を使うと判断した事等、頼りがいもあるし、確かに相応しいのかもしれない。
まぁ、俺は貴族について詳しく知ってるわけじゃないから、判断はできないけどね。
「というよりも、ヘンドリック本人からの申し出だな。頼りない自分よりも、素質があり本人も努力しているエフライムを次期当主に、と」
「そうなんですか?」
「うむ。ヘンドリック自身、子爵家に生まれておきながら、当主という物にあまり興味がないらしい。権力欲に捕らわれないのは良い事だが、全くないのも考え物だな。それはともかく、エフライム自身も、父親がそのように考えている事に納得し、立派な当主になれるよう努力しておる」
ヘンドリックさんは、本人が子爵家の当主になる気はないようだ。
エフライムの方が相応しいと感じ、辞退したと……そういう事なら、跡目争いで家族間の醜い抗争、という事もなさそうだね。
「っと、こんな事、リク殿に話すべきではなかったな。ヘンドリックを見ていて、つい……」
「いえ」
ヘンドリックさんは、クレメン子爵の息子さんだ。
孫であるエフライムが成長し、当主になる事は嬉しく思いながらも、息子のヘンドリックさんが党首になる気がないという事に、複雑な思いがあるんだろう。
子爵家の当主ともなれば、愚痴を言う相手もそうそういないだろうし、俺で良ければ話くらいは聞いてあげられるしな。
誰か他の人に漏らすなんて考えてないし、俺に言う事で気が軽くなるんなら、それでいいと思う。
「すまない。ともかく、リク殿たちも、もう疲れただろう。部屋を用意させているから、今日はそちらで休んでくれ」
「部屋ですか? 街の宿とかでも良かったんですけど……」
「エフライム達を助けてくれた者を、歓待しないわけにはいかんからな。それに、リク殿は陛下の使いでもある。まぁ、ここはワシの頼みとして、言葉に甘えて欲しい」
「あ、いや、断りたいとかそう言うのではないので……すみませんが、お言葉に甘えさせていただきます。お世話になります」
俺が断りたいと考えてると思ったのか、クレメン子爵は、向こうから頭を下げる勢いで、この子爵邸にいるようにお願いして来た。
お世話になるのが悪いと思っただけなんだけど、そこまで言われたら、甘えるしかない。
宿もまだ取ってないし、これから探す手間も省けるから、助かるしね。
「あ、申し訳ありません、クレメン子爵。街の外に馬車を隠してあるのですが……それをこの屋敷まで持って来てもよろしいでしょうか?」
「うん? あぁ、ここまでは地下を通って来たのだったな。なら、馬車は外に置いておくしかないか。わかった。誰か人を向かわせるか?」
部屋の話が終わった頃を見計らって、マルクスさんが声をあげた。
そういえば、地下通路はさすがに馬車が通れないからと、隠して来たんだった。
馬達、寂しく過ごしてないかなぁ?
隠した場所の周囲に、魔物はいなかったはずだけど、寂しがってないか少し心配だ。
俺達が離れる直前、寂しそうな目でこちらを見てたからね。
相変わらず、エルサの方は絶対見ようとしてなかったけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます