第331話 子爵家の地下通路



「ん~、通路の方は、見つかっていない可能性もあるんだよな?」

「うむ。簡単に見つかるようでは、逃げる際に使えないからな。隠蔽してあるし、お爺様がその事を教えているとも考えられん」

「なら、その通路を通る事にしよう。あの兵士達がバルテル配下だったとして、はなから戦う事前提に動くよりは、避けられるなら避けた方が良いからね」

「決まりだな」

「わかりました。それでは、馬車は少し離れた場所に隠しておきましょう。馬がいるので、完全には隠せませんがね」

「リク様が思いっきりの戦う姿が見たかったです」

「レナちゃん、あれはあまり見ない方が良いわよ? 色々とおかしいから……」


 モニカさん、俺はそんなにおかしい戦い方をしたつもりはないんですけど……?

 ともあれ、俺の意見で通路の案が採用され、馬車を隠せる場所へと移動する。

 街からは少し離れてしまったけど、いくつかの木が密集していて、ここなら離れた場所から見ても、馬車があるとはわからないと思う。

 木に繋いだ馬がいるから、嘶きとかでバレる可能性はあるけどね。


 馬車を置き、エルサとユノを起こして準備完了。

 繋がれた馬が少し寂しそうな眼をしていた気がしたから、たてがみを撫でながら謝っておいた。

 もちろん、エルサは近付けないように気を付ける。

 こんなところで暴れたら、大変だからね。


「こっちだ」


 馬車を隠した場所から離れ、エフライムの案内で隠された通路へと向かう。

 街の外壁からは離れた場所で、馬車を隠した場所よりも深い茂みになっていた。

 ここなら、人の目を盗んで逃げる事もできそうだ。

 外壁に近すぎると、人に見つかってしまいそうだしね。


「ここだな」

「岩?」

「パッと見はな。だが……」


 茂みの奥、2メートルはあるだろう岩が、横たわっている場所に案内された。

 ただ岩があるだけかと思い、首を傾げていると、横にエフライムがしゃがみ込み、岩の一部に手で触れて埃を払った。


「小さくて見えづらいが、ここに子爵家の紋章が入っている」

「……成る程、確かに」


 エフライムが埃を払った後には、数センチくらいの大きさで、紋様のようなものが描かれていた。

 線と文字っぽい何かで、絵というか何かを示す物になっているようだけど、俺にはよくわからない。

 ともかく、エフライムが言うように、これが子爵家を示す紋章なんだろう。

 埃を被っていたり、小さいのは、見つかって怪しまれないため。


「この目印に、魔力を通すと……」

「ん?」

「くっ」

「これは……」

「揺れてるの!」

「大丈夫です。落ち着いて下さい」


 エフライムが再び、その紋章に手で触れ、目を閉じて何かに集中するようにした。

 多分、そうして魔力を通したんだろう。

 すると、地面が少しだけ揺れるような振動が始まり、マルクスさんとモニカさんが戦闘体勢に入る。

 ユノはただ喜んでるだけだけど……レナが、何も心配はないと言うように皆に声をかけてる。


「……っと、こうなる」

「へぇ~、すごいね」


 少しそのまま立って待っていると、段々と岩がずれて行き、何とか人が一人分通れるくらいの隙間ができた。

 ここにいる皆は大丈夫そうだけど、体の大きな人とかは、ちょっと苦労しそうな隙間だ。

 ……ヴェンツェルさんとか、通れそうにないね……通る事はないだろうけど。


「それでは、私が先頭に立ちます」

「お願いします」

「私も、私もなのー」

「ユノも? そうだな……」


 隙間に入る前、マルクスさんが先に行って安全確認。

 その後、俺達が順番に入る事になった。

 隙間に入ろうとしたマルクスさんを見て、ユノが両手を上げながら入りたそうにしてる。

 ふむ、ユノか。


「エフライム、中はどれくらいの広さがあるんだ?」

「そうだな……大人が二人並べない程度か。無理をすればできるだろうが、武器を使うのは難しいな」

「成る程。それなら、マルクスさんが先頭で、後ろにユノ。もし敵が向かってる先から来たら、ユノがマルクスさんの横を通って前に出る、でどうだ?」

「わかったの!」

「わかりました」

「……その少女が戦うのか? 武器を持っているのは見てわかるが」

「私と同じくらいに見えますが……」


 大人が二人、という事は、ユノの体の小ささなら横を通るくらいは簡単にできるだろう。

 ユノの武器はショートソードで、狭い場所でも使いやすいだろうし、盾もあるから、何かあっても大丈夫だろうしね。

 それにユノなら、多少の事は何とかしてくれるだろう。


 ユノとマルクスさんが頷くのに対し、エフライムとレナの兄妹は、訝し気にユノの方を見ていた。

 そうだよなぁ、ユノが戦ったところを見た事ない人だと、ただの子供に見えるから、そう言う反応になるのも仕方ないよね。

 マルクスさんは、王都で色々聞いて知ってるんだろうし、村の魔物討伐での戦果も知ってるから、ユノの実力を疑問視したりはしないようだけど。


 あと、レナから見ると同じくらいかもしれないけど、ユノの方が身長も高くて少し年上だと思う。

 発言が幼い感じにしてるから、あまり変わらないように見えるのかもしれないけど。


「大丈夫。剣の技術なら、ユノは俺より凄いから。な?」

「うん! 力任せのリクには負けないの!」

「英雄にそうまで言われるか……。わかった、信じよう」

「普通なら信じられませんが、リク様がそう言うのであれば」

「リクさんは置いておいて、この場にいる誰よりも、ユノちゃんは強いですからね?」

「ユノ様は、王城での合同訓練で、兵士達を驚かせていましたね」


 エフライムとレナに言って、なんとか納得してもらう。

 技術という部分で考えると、俺はユノの足元にも及ばないだろう。

 剣筋がぶれる事なく、目にも止まらぬ速さで振り抜き、グリーンタートルの甲羅を斬るなんて事、俺にはできないからな。

 モニカさんとマルクスさんもフォローするように、兄妹へそう言うけど……マルクスさんは合同訓練の事を知ってるのか。


 軍の人なら、知っていて当然か。

 見たような口ぶりだから、もしかしたらあの時参加していたのかもしれない。

 あんまり、兵士さん達の顔は覚えてないからなぁ。


「それでは、ユノ様。お願いします」

「はいなの!」


 マルクスさんが体を横にして、岩の横に空いた隙間に入って行く。

 続いてユノも楽しそうにその後に続く。

 さすがにユノの体の大きさなら、何かにつっかえる事なく通れてるな。


 そこから後は、道案内の指示をするためにエフライムが続き、その後ろにレナ。

 さらにモニカさんが続いて、最後尾は俺だ。

 ほとんどないだろうけど、もし後ろから何かが来た時の対処用だね。


「少々暗いですね……しばしお待ちを」


 全員が中に入り、通路になっている場所を見渡す。

 そこは、土を掘られただけの地下通路で、一応壁は固めてあるが、明かりなんてものはなく、岩の隙間から差し込んでくる日の光だけだった。

 マルクスさんが、自分の持っている荷物を探り、中から木の棒のような物を取り出す。

 そこに短く魔法を唱えて、小さな火を出し、棒の先に火を付ける。

 松明かぁ。


「これで、多少は見えるようになったかと」

「明るいの!」

「……まだ、奥まで見えないのだわ」

「「!?」」


 松明を持ち、奥へ向かけると、通路の数歩先までが見えるようになった。

 ユノはそれに対して喜んでいるようだけど、エルサは不満なようだ。

 俺の頭にくっ付きながら、溜め息を吐くように不満を漏らす。

 エルサが声を出した事に、驚いて振り返るエフライムとレナ。

 

 あれ、二人はまだエルサが喋る所を見た事無かったっけ?

 ……昨日の夕食でも、大量にキューを食べてはいたけど、特に喋ってはいなかったな。

 捕まってた時の事や、俺達の事を話してたから、エフライム達はエルサの事を見ていても、あまり気にしている余裕は無かったのかもしれないね。


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