第300話 抑えられない感情と野盗のボス



「やれ!」

「「おぉぉぉ!」」


 ボスの男が声を出すと、左右の男達が俺に向かって襲い掛かって来る。

 って、結局同じか……と思ったけど、ちょっと違ったみたいだ。

 左右の男は、それぞれお互いに距離を開けて俺を挟撃するよう動く。

 どちらかを対処されても、もう一人が攻撃を加える戦法なんだろう。

 しかも、距離を開けてるから、さっきのように、剣の一振りで二人いっぺんに……という事はできそうにない。

 若干、俺に詰める速度も違うから、タイミングをずらしてもいるようだし……だったら。


「死ねぇ!」

「そりゃあ!」

「んっ! せい!」

「なっ!」

「ぐぅっ!」


 先に左から来る男が俺に向かって剣を振り下ろす。

 その剣を左手で受け止め、タイミングをずらして右から来る男に向かって、右手で剣を振るって腹部分で打ち据える。

 右の男は、剣を振り下ろす前の腹に俺の剣を当てられ、くぐもった声を出して地面に倒れ込む。

 それを横目に見ながら、俺に素手で受け止められた男の方に対し、右足で膝蹴りを入れて、剣をつかんだままぶん回して投げる。


「ぐぁっ!」

「……な、なんだと……」


 投げられた男は、ボスの男の横を通過し、木にぶち当たったまま動かなくなる。

 以前、エルサに聞いて考えてた事だったんだけど……本当に剣くらいなら俺には効かないんだなぁ……。

 多少上等とは言え、ロータの父親が持っていた剣よりもなまくらだったし、ヴェンツェルさんのような力も無さそうだったから、試したけど……呆然とするボスの方へ向きながら、ちらりと左手を見ても、傷一つ付いていない。

 野盗程度だと、剣では俺を傷つけたりはできないのか……ドラゴンとの契約ってすごいなぁ。


「くそっ! 前の冒険者風の男と同じで、楽な仕事かと思ったのに……何だってんだ!」

「冒険者風の男……?」


 自分が戦闘に意識が変わってる時の、耐久力の凄さに感心していると、ボスの男が吐き捨てるように叫んだ。

 冒険者風って、もしかして……?


「あぁ? ガキと一緒にいた男だ! くそ! あの時は馬から落として、その隙に他の奴らと攻撃したら簡単に事が済んだってのに……」 

「……子供は逃したのにか?」

「……なんでてめぇがそれを……? まさか! てめぇ、あのガキが呼んで来たのか!?」

「……そうか、やっぱりお前が……」


 まぁ、わかってた事なんだけどね。

 野盗が他にいるわけじゃないし……ロータの父親を殺したのは、こいつらしかいない。

 でもさすがに、目の前でその事を改めて聞かされると、腹の底から湧き上がって来るものがあるね……。


「貴族のような豪華な馬車だったから、実入りも良さそうだと思ったのに……前の男は何故かそれなり金を持ってたってのに……」


 村のために依頼をするよう、報酬を持っていたんだろう。

 こいつは、ロータの父親を殺したうえに、そのお金も奪ったんだ。

 野盗だから、そういう事が目的だってのはわかってるけど……許せるもんじゃないね。


「お前か……お前がロータの父親を殺したのか……?」

「あぁん? ロータ? もしかしてあのガキの事か? ……あぁ、俺があの男に止めをさしてやったよ。最後までガキの事を気にしてたようだが……いい加減しぶとかったんで、俺がこの剣で背中から突き刺してやれば、すぐに動かなくなったぜ?」」

「……そうか」


 ペラペラと喋るボスの男。

 それで、何となくロータの父親が死んだ状況がわかった。

 馬から落馬し、盾を取り落としてしまったり、足をくじいてすぐに動く事ができなかったんだろう。

 なんとかロータを逃した後は、複数の野盗に囲まれ、剣や斧で傷付けられながらも、ロータの事を気にしてた。

 けど最後には、目の前の男に背中から胸を貫かれ、倒れたんだろう。

 

 恐らく、ロータが後ろを振り返った時に、父親が刺されてたのを見たと言ったのは、この瞬間なのかもしれない。

 ろくに動けなくなった父親は、野盗達に持っていたギルドへ依頼するためのお金を取られる。

 そのまま道の真ん中で放ったらかしにされ、ロータを追うため地面を這いずりながら移動していたけど、すぐに事切れた……という事だろう。

 地面に残っていた、引きずった後のような血の跡がその時付いたものか……。


「男は殺して、金と女は奪う……それが俺達のやり方よ!」


 饒舌になった男は、自慢するようにそんな事を叫ぶ。

 周囲の味方がやられて焦っているのか、それとも、他の仲間が来るのを待っているのか……俺に倒されるのがわかってるから、焦ってそんな事を言っているのかわからないけど、逆効果だね。

 腹の底から湧き上がって来るものを自覚しつつ、それを抑え込むように顔を俯ける。

 ヘルサルの時のような事をするわけにはいかない。


 ここであの時のような魔法を使ったら、森そのものが無くなってしまいそうだしね。

 感情と魔力を無理矢理抑え込み、外に溢れないようにしながらも、剣を握る右手に力を込める。


「なんだ? 俺達にビビったのか? 今更命乞いしても無駄だぞ!」

「……うるさい。そろそろ黙ってくれ」

「な……」


 喋っていないと落ち着かないのか、俺が俯いた事に勘違いした男は、なおも言い募る。

 いい加減、この男の言う事を聞いていたら、抑えてる事もできなくなりそうだ。

 無造作に近付いて、男に向かって呟いた後、握りしめた剣を横に振った。

 それだけで、何の反応もできないまま、驚きに固まった男の顔が胴体から離れ、道の中に血をまき散らしながら落ちた。

 

 ……殺す事はできるだけ避けたかったんだけどなぁ。

 でもさすがに、焦っていらないことを言い続ける男を前に、色んなものを抑えきる事ができなかった。

 俺も、まだまだって事かもね……王都に帰ったら、ヴェンツェルさんに頼んで鍛錬でもしてもらうかな。


「すぅ……はぁ……」


 剣を降ろして、その場に佇み深呼吸をする。

 目の前から、無駄に虚栄を張って自慢にもならない事を言っていた男がいなくなり、湧き上がって来る魔力は収まった。

 後は自分の気持ちの方を落ち着かせないとね……。


 野盗のボスらしき男は、俺の剣で首と胴体が二つに分かれ、胴体は血しぶきを上げてその場に倒れ、首から上は、道の隅に驚きの表情をしたまま、転がっている。

 衝動に駆られたからって、こんな事をする自分が少し怖くなった。

 もっと、自分の感情を制御できないといけないなぁ。


 以前マックスさんに言われた「やられる前にやるというのは重要だが、人の心を持った人間でいて欲しい」という言葉を思い出した。

 さっきのは、人の心を捨ててたのかな……?

 俺一人で考えても、答えは出そうにないけど……感情に任せて攻撃するのは、もうこれっきりにしよう。

 人の心かぁ……難しくてわからない事も多いけど、忘れないようにしないとね。


「ふぅ……少しは落ち着いて来たかな」


 深呼吸を繰り返し、湧き上がって来る感情を押さえつけて、何とかいつもの自分を取り戻す。

 馬車の方を見てみると、まだモニカさんとソフィーが、油断なく武器を構えて野盗を警戒してるね。

 探査魔法で探ってみても、近くに他の人間や魔物の反応はないから、もう大丈夫だろうけど、離れてるモニカさん達にはわからないからね、早く伝えてあげないと。



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