第296話 ロータの父とリクの魔法



 森の事よりも、探査魔法の反応だ。

 現在、森の4分の1よりも少し手前辺りを移動している俺達。

 そこから南東の方に複数の人間の反応があった。

 魔物は、多くても5つくらいしか反応がなかったし、固まってるのは10を越える数で、魔力も魔物っぽくなく、あまり多くないようだから、これが人間で野盗達なんだろう。

 

 それと、そこから西……俺達が向かってる先の道沿いに2……いや3人の反応だ。

 さらに南にも同じように3人の反応……これは道を監視して、人が通るかを見ているんだろうと思う。

 北側か南側のどちらかで、人を発見したらもう片方と、拠点に報せて仲間を呼び、一斉に襲い掛かる……という事なのかもね。


「マルクスさん」

「はい。近くに?」

「いえ、今のところ近くに何かが近付いているという事はありません。ですが、どうやら野盗はこの森に慣れてるようですね。監視を置いてるようです」

「成る程……この森にある道は一本ですからね。そこを監視していれば、人を発見するのも容易でしょう」

「だと思います」

「このまま進みますか?」

「このままで大丈夫です。……もう少し速度は落とした方が良いですかね?」

「そうですね……対応するのであれば、少しだけ速度を落とした方がいいかと」

「わかりました。それでお願いします。もし野盗が木々の隙間から何かをして来た時のために、結界を張っておきますね」

「結界……ですか?」


 あぁ、そうか。

 マルクスさんは結界を知らないよな……当然か。

 馬車内の皆にも、声をかけ、野盗に備えるのと結界を張る事を伝え、マルクスさんにも結界の事を教える。

 遠距離の攻撃を、不可視の結界で防ぐ事に驚いていたマルクスさんだけど、やっぱり姉さんとヴェンツェルさんの言葉を思い出して、納得していた。

 ……ちょっとだけ、俺の方が納得いかない気分……。


 ともあれ、魔力の大きさに気を付けて、結界を発動。

 エルサがワイバーンを運んだ時のような、失敗をしないようにする。

 エルサはまだしも、馬達が結界にぶつかったらかわいそうだからね。

 ……エルサならぶつかっても大丈夫とか、考えてるわけじゃないよ?


「もう少し先ですね」

「わかりました。注意しておきます」


 探査魔法と結界を使いながら、マルクスさんに野盗の位置を教える。

 北側の監視をしている野盗は、森の道を3分の1程進んだあたりにいるから、ゆっくり進む俺達が辿り着くのは、少し時間がかかる。


「……二人、移動しました」

「仕掛けますか?」

「いえ……このままもう少し待ちましょう。仲間を呼んでいるみたいです」

「成る程……おびき寄せて一網打尽……というわけですね」

「はい」


 しばらく進んだ後、俺達の進む馬車を発見したらしい、野盗の反応が動き出す。

 一人は俺達の監視のため、木を伝ってついて来る。

 俺達の馬車が、速度を出していないからついて来れているようだ。


 他の二人は、片方は南の監視している野盗達の方へ。

 もう片方は、南東の拠点と思われる、複数の人達が固まっている所へ。

 監視の報告と、仲間を呼びに行っているんだろう。



「ん……あれは……リク様、止まります」

「……あぁ、わかりました」


 野盗からの監視を、俺が探査魔法を使って監視し返しながら、しばらく進んだ後、マルクスさんが進行方向に何かを見つけ、馬車を止める。

 俺もそちらを見て、マルクスさんに頷いた。

 野盗に対処するより先に、こちらを何とかしないとね。

 野盗の方は、まだこちらに移動を開始したあたりなので、集まるのはもう少し先だろう。


「皆、それとロータ。一旦降りてくれるかな?」

「……わかったわ」

「……あぁ」

「……うん、わかった。父ちゃんだね」


 御者台から、中にいる皆に声をかけ、馬車を降りてもらう。

 モニカさんとソフィーは、何故馬車が止まったのか、森に入る前の会話から想像できたらしく、神妙に頷いた。

 ロータは一瞬、何のことかわからなかったようだけど、すぐに父親の事だと考え付いたのか、顔を俯かせて頷いた。


「ひどいわね……」

「ここまでするとはな……」

「……」


 馬車から降りた俺達の先、数メートルの所に男性がうつぶせで倒れていた。

 それは血だらけで、どう見ても何かがあったとしか見えない状態。

 体を引きずったのか、地面に血の跡が道に沿って数メートル続いていたのが痛々しい。


 皆でゆっくりと近づいて、その男性の様子を見る。

 革の鎧を着ている男性の体は、いたる所に鎧ごと突き刺された跡があり、既に事切れているのがすぐにわかる。

 刺された部分から血が噴き出したのだろう、時間が経って乾き、茶色く変色している血で、全身が汚れていた。


「……」

「ロータ?」


 モニカさんとソフィーに、肩に手を置かれてるロータは、その男性をじっと見て動かない。

 いや、少しだけど体を震わせている。


「……父ちゃん! 父ちゃん! 父ちゃぁぁぁぁぁん!」

「……」


 堰を切ったように、飛び出したロータが、倒れてる男性に縋りつく。

 目からは涙が溢れ、喉が壊れんばかりに叫ぶロータ。

 その様子を見守る皆は、俺も含めて皆何とも言えない表情だ。

 小さな子供が、無残に殺された父親を見て泣き叫ぶ……あまり見たくなかったな。


「ロータ……ロータの父ちゃんは、野盗に囲まれながらも、頑張ってロータを送り出してくれたんだ。ロータの父ちゃんは、いい父ちゃんだな」

「……うん」


 少し後、ロータが落ち着きを取り戻した頃に、近くに寄ってしゃがみ込み、ロータに優しく声をかける。

 ロータの父親は、村の近くに魔物が出て危険だという事をよくわかっていたんだろう。

 野盗に襲われながらも、ロータを生かすために、村への救援を呼ぶために野盗達へ一人、立ち向かってロータを逃がしたんだ。

 急に襲われたら、対処する事も難しく、何もできずにやられてしまう事もあるだろうに、ロータの父親はそれをしっかり実行した。

 ロータの父親は、息子や村を守るため、精一杯の事をしたんだ。


「モニカさん、ソフィー。お願い」

「っ! ……わかったわ」

「……あぁ」

「マルクスさん。まだ野盗は来ませんが、少しの間周囲の警戒をお願いします」

「……はい、警戒はしておきます」

「エルサ、ユノ。ロータについていてあげて」

「……わかったのだわ」

「……はいなの」


 それぞれにお願いして、ロータの傍を離れる。

 後で聞いた話だけど、この時の俺の表情は、モニカさんやソフィーだけでなく、エルサやユノ、マルクスさんでさえ恐怖を覚えたらしい。

 エルサに至っては、出発前日の姉さんを思い出したと言っていたけど、やっぱり姉弟だからなのかも……と思ってしまった。

 まぁ、こんな事になった原因に対して、色々と思う所はあるから……ね。


「クエイク」


 ズガァァァァァン!!


「「「「!?」」」」


 頭でイメージを練って、道から離れた木々に向かって魔法を放つ。

 それは、大きな音を伴って、木と一緒に地面に穴を開けて土を吹き飛ばす。

 もちろん、その吹き飛ぶ方向は、さっきから俺達を監視していた野盗の方向だ。

 背の高い木々が吹き飛び、それに襲われた野盗は、一瞬で悲鳴も上げる事もできず、魔力の反応を消した。


 ……八つ当たりに近いけど……こんな事をするような奴らだから、容赦はいらないよね。

 急に起こった凄まじい音と現象に、皆が驚いている気配がするけど、それは構わない事にした。

 前もって言わなかったから、後で怒られるかもしれないけど……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る