第295話 森と探査魔法



「……そうね。私はリクさんに賛成するわ」

「そうだな……誰にも見つからず、そのままにされる者もいるだろうが、見つけたのなら、そうしてやりたいな」

「わかりました。馬車の速度は緩めにして、亡骸の捜索をしながら進みます」

「すみません、マルクスさん」

「いえ、人の命を大事にする……女王陛下も常々仰っている事ですが、リク様もその考えがあるようで……改めて、尊敬する次第でございます!」

「ははは……」


 ロータの父親を弔ってあげる、というのは皆賛成してくれた。

 マルクスさんに至っては、姉さんと同じ考えだと感動しているようだけど、とりあえず苦笑を返しておいた。

 姉さんと同じように考えてるというのは、俺としても嬉しいんだけど……ね。


「ロータ、ごめんな……? 見たくないものを見るようになってしまうだろうけど……」

「ううん……いいんだ。僕も父ちゃんをしっかり送ってやりたいから……ありがとう、リク兄ちゃん」

「うん。一緒に送ってやろうな?」

「うんっ!」


 馬車で駆け抜ければ、父親の亡骸をみなくて済むかもしれない。

 帰りにでも探して、ロータがいない時に弔ってやっても良かったんだけど、あまり放っておきたくないからね。

 魔物に食べられたり、野盗に隠されたり……そうでなくとも、少しでも誰にも見つからず、放っておきたくなかったから。


 俺が謝ると、ロータは無理に作ったとわかる笑顔を俺に向け、目に溜まった涙を拭った。

 強い子だなぁ……俺が姉さんを亡くした時は、無理にでも笑顔を作る事はできなかったのに……まぁ、これは今は考えないでおこう。

 

「……仕方ないのだわ」

「……」

「……エルサ?」


 ロータを見ていると、俺の横でキューを齧っていたエルサが食べる手を止め、何かを呟き、ユノと一緒に頷いていた。

 何を考えてるんだ?

 しかしエルサもユノも、俺の問いには答えず、何も無かったかのように普段通り、料理やキューを食べ始めた。

 ……何だったんだろう?



「では、出発致します!」

「お願いします」


 遅めの昼食と休憩を終え、後片付けを済ませて再び馬車で移動する。

 今度は、森の中を通っている1本道を走るだけで、道案内もいらないし、もし野盗に襲われたら危険だという事で、ロータも一緒に馬車の中だ。

 代わりに、俺がマルクスさんと一緒に御者台にいる。

 ちらりと御者台から馬車の中を見ると、ロータがエルサを撫でて癒されているところだった。

 見た目の年が近いユノとも仲良くなれそうだし、エルサのモフモフで心の傷をできるだけ癒しておいて欲しいと思う。


「結構……暗いですね。明かりが必要と言う程ではありませんが……」

「そうですね……これだと、野盗が隠れるにもちょうど良さそうです」

「はい。もし急に襲われても良いように、警戒はしておきます」

「……そうですね」

「……どうかされましたか?」


 日の光が木々に遮られ、薄暗い森の中をゆっくりとした速度で馬車が走る。

 ゆっくりといっても、人間が走るよりも早いんだけどね。

 それはともかく、森の中を走りながらマルクスさんと話す。


 マルクスさんはベテランの兵士っぽいし、中隊長と言っていたから、ある程度こういう状況にも慣れてるんだろう。

 森の中を警戒してくれるという事だけど、御者で馬を操りながら、視界の悪い森の中を警戒するのは結構しんどいと思う。

 そう考え、返答に少し遅れた俺の事を、訝し気に見るマルクスさん。

 これだけの事で、俺が何か考えてるのかもしれないと悟ったらしい……鋭い人だね。


「えっとですね、御者と警戒を両方するのは、面倒だと思いましてね」

「確かにそうですが……ですが、私は慣れておりますので……」

「いえ、マルクスさんに文句を言うわけじゃないんです。もし良ければ、俺が警戒の方をしようかと思いまして」

「リク様が? 失礼ながら、そういう事には慣れていないように思いますが……」

「まぁ、確かに慣れてはいませんけどね。でも、魔法を使えば簡単に警戒できますから」

「魔法ですか……確かにリク様の魔法は、他の人間とは一線を画している……と聞いております。パレードの時の花火もすさまじい物でした……」


 マルクスさんが何かを俺が考えていると気づかなかったら、こっそりとやるつもりではあったんだけどね。

 まぁ、御者と警戒で疲れが見えるようだったら、警戒の方を止めるように言うつもりだったけど。

 ともあれ、俺は探査魔法を使えるからね。

 それを使えば、野盗がどこにいるかとか、近付いて来てるのかとかもわかるから、マルクスさんに代わってそっちを担当しようと思う。


「俺は、魔法を使って周囲の探索ができます。人間でも魔物でも……魔力を多少なりとも持っている生き物なら、どこにいるかを探す事ができるんです」

「探索の魔法……ですか……そんな事が……。しかし、それでこの広い森を調べる事ができるのですか?」

「全てはさすがにちょっと難しいと思いますが……こっちに近づいて来る野盗を発見するくらいは、できますよ」

「そうですか……にわかには信じがたいですが……リク様の魔法ですからね。陛下やヴェンツェル様からも、普通の人間と同じような魔法と考える事はしないようにと言われております」

「……二人ともそんな事を言ってたんですね」


 姉さんもヴェンツェルさんも失礼な。

 俺はちょっと他の人間と違って、イメージで魔法が使えて、何故か魔力量が多いだけだというのに……。

 いや、これが普通とは違うのかな……?

 まぁ、良いか。


「わかりました。それではリク様に周囲の警戒はお任せ致します」

「はい。マルクスさんは、馬車を動かすのに集中して下さい。異変があれば、お知らせしますから」

「はっ!」


 探査魔法の事をマルクスさんに伝え、御者をする事に集中してもらう。

 馬が2頭いるから、ゆっくり馬車を走らせるのも簡単じゃないだろうしね。

 ……マルクスさんとしてはどうなのかわからないけど。

 周囲に魔力を広げながら、これよりも御者をする方がよっぽど難しそうだなぁ……なんて考えた。

 俺だけかな?


 薄く魔力を広げ、走る馬車から円形に広がるようにイメージする。

 広い森だけあって、やっぱりそこらに魔物の反応もあるけど……強そうな魔物はいないね。

 それに、奥の方に少数が固まってるくらいで、こちらに来るような動きはない。

 ……こちらが移動してるからか、ちょっとだけ探索がいつもより難しいけど……これは、一定時間ごとに俺が新しく魔力を広げる事によって何とかした。

 移動中の探索の仕方は、また今度考える必要があるかもね。


「あ」

「どうされました? 近くに野盗か魔物でも?」

「いえ、なんでもありません。近くには今のところ、何もいませんから安心して下さい」


 探査魔法に引っかかった反応で、思わず小さく声を出してしまった。

 こちらに視線を向けたマルクスさんには、何もの無かったと言っておいて、俺はその反応に集中する。


 この森は、楕円形に広がっていて、東西に長く伸びている。

 王都から来た俺達は、北側から森に入り、多少整備された道を馬車で南に向かって走ってるんだ。

 横長の森を、真っ直ぐ上から下まで突っ切る事で、最短距離で森を抜けよう……というわけだね。

 西側の方は、俺の探査魔法の範囲外だから、もっと長く伸びていそうだけど……これがもしかするとロータの村から領主邸のある町へ行くのに、迂回しなければいけない理由かな?


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