第293話 馬車移動とミルダさんの怪しい趣味
「では、出発致します。まずは南門を出るのですね」
「はい」
馬車の中に俺達が全員入るのを見届けて、御者台からマルクスさんが声をかけて来る。
中から御者台に向かって小さな窓があり、そこからマルクスさんに返答をした。
「では、出立!」
マルクスさんが周囲にわかるように声を出し、馬が少しずつ動いて馬車が進む。
城門を出る時、馬車が通る道の両端に、兵士さんが整列して見送ってくれる。
……ただ冒険者の依頼をこなしに行くだけなんだから、そこまで仰々しく見送らなくても良いんだけどなぁ。
一応、外が見える窓を開いて、兵士さん達に手を振っておいた。
そこからすぐに町に出て、南門へと走る馬車。
さすがにここからは、外から発見されないよう、窓を閉めておく。
見つかって外まで追いかけられたらいけないからね。
「お通り下さい。お気をつけて!」
南門で警備をしている人に、マルクスさんが御者台から2.3言葉をかけると、すぐに敬礼で送られた。
多分、俺が乗っていて外に出る事を伝えたんだろうけど、敬礼する程畏まらなくて良いんだけどなぁ。
一応、他の人に見つからないよう、こちらも窓を開けて手を振っておいた。
警備してる兵士さんがちょっと嬉しそうな顔をしてたね。
「止まります。リク様」
「はい」
南門を出て、少しだけ行ったところで、マルクスさんが止まってくれた。
マルクスさんに促され、馬車を降りる俺。
降りて周囲を見ると、少し離れたところにミルダさんとロータさんの二人が並んでいるのが見えた。
向こうもこちらを発見したらしく、二人で近づいて来る。
「リク様。まさか馬車で来るとは思いませんでした」
「ははは、エルサに乗ると目立ちすぎますし、歩いて来るのは、人に囲まれますからね」
「そうですね。馬車なら、中に誰が入っているのかわからないので、良い考えだと思います」
「ほえー」
近付いて来たミルダさんに声をかけられ、そちらに向かって答える。
ロータの方は、ミルダさんの横で馬車を見上げながら、口を開けて呆けてる感じだ。
ロータに近寄って見ると、昨日とは違って土汚れは綺麗になっており、服の方も新しい物を着ていた。
ミルダさんが、しっかり面倒を見てくれたみたいだね。
「ロータ?」
「あぁ、ごめんなさい。僕、こんな豪華な馬車を見るのは初めてで……」
「あはは、実は俺もなんだけどね」
「そうなの?」
「うん、そうだよ。今回は特別だけど、いつもは馬車に乗ったりしないからね」
今回用意された馬車。
急いで用意された物だから、簡素な物だろうと考えていたんだけど……貴族が乗っていてもおかしくないくらい、飾りや意匠の付いた馬車だった。
乗合馬車よりは良い物だろうと思ってたけど、これはなぁ。
これから野盗や魔物と戦いに行くっていうのに、豪華な馬車というのは如何なものか……。
まぁ、時間が無かったから、取り換えてもらったりする事も無く、そのまま乗って来たんだけど。
あと、馬車自体が良い物だからなのか、町の中を移動して来た分には、お尻が痛くなりそうな感じはなかった。
多分、馬車のサスペンションが良い物なんだろうと思うけど、そこらの事は俺にはよくわからない。
これから王都の外を走るから、当然町中よりも道が荒れてるだろうし、その時にお尻が痛くなるかもしれないけどね。
「ミルダさん、ロータの世話、ありがとうございました。わざわざ服まで用意してくれたみたいで……」
「良いんですよ、これくらいは。それに……」
「ん?」
「小さい男の子と、一緒にお風呂に入るって……やっぱり良いわねぇ……」
「!?」
俺に代わって、ロータのお世話を1日してくれたミルダさんにお礼を言うと、何かを思い出すようにしながら恍惚とした表情をさせた。
もしかして、ミルダさんって結構危ない人……?
「ロータには、なにも……?」
「何もしないわよぉ。男の子は愛でるに限るわぁ……うふふふ」
「……はぁ……ロータ、昨日は大丈夫だった?」
「うん。ミルダお姉さまに綺麗にしてもらった!」
「そうか……それなら良いんだけど……」
元気に答えるロータは、昨日ギルドにいた時のような悲壮感とかは無くなっていた。
多分、汚れが無くなって綺麗になったからだと思うけど……変な事が無かったと思う事にしよう。
ちなみに、ミルダさんの事をお姉さまと呼んだのは、気にしないようにした。
……変につついて、俺の知らない世界を覗かされたら……怖いからね。
「それでは、よろしくお願いします」
「はい、任せて下さい。マティルデさんによろしく伝えて下さい」
「はい、畏まりました」
「では、移動します」
「ロータ君! また来てねぇ!」
馬車を珍しそうに見ていたロータを中に入れ、ミルダさんと少し話して俺も中に入る。
再び、マルクスさんの言葉で、馬車に繋がれてる馬の2頭が動き、走り始めた。
ミルダさんは、その場で俺達に向かって頭を下げ、送ってくれた。
名残惜しそうに、走り出した馬車に向かって叫んでたけど……お世話をした子が離れて行くのが寂しいだけだと思いたい。
「ロータ君、この道をこのまま進めば良いのだね?」
「うん。このまま真っ直ぐ行って、森の中を通り抜ければ、僕たちの村に着くよ!」
「ふむ、事前に見た地図の通りのようだね」
マルクスさんと一緒に、御者台に座って道案内をするロータ。
二人の会話が、馬車の中に聞こえて来る。
最初は、馬車の中で俺達と一緒にいたんだけど、街道の分かれ道に差し掛かった時にマルクスさんに呼ばれた。
マルクスさんは王都の兵士だから、周辺の地理にはある程度詳しいようだけど、さすがに細かい道はわからないようだ。
事前に地図を見たって言ってるから、大まかにはわかるんだろうけどね。
「久しぶりの馬車だが……悪くないな」
「そうね。エルサちゃんに乗るのと違って、緩やかな風が入って来て気持ち良いわ」
「揺れるのー、楽しいのー」
「……私が飛んだ方が速いし、揺れないのだわ……」
「エルサ、拗ねるなよ……」
馬車の中、ソフィーとモニカさんが窓から入って来る風を受けて、気持ち良さそうにしている。
ユノは、初めて乗る馬車が楽しいようで、座りながらも体を馬車の揺れに任せてゆらゆら揺れてる。
エルサは……今回乗らなかった事と、馬車を使って移動する事で、軽く拗ねてるようだ。
いつもは、俺の後頭部から掴まるようにしてくっ付いているのに、今は俺の頭頂部に丸まって乗ってる。
少しだけ頭を動かしづらいんだけど……動かしたら転がって落ちそうで……。
頭を動かさないようにしながら、拗ねてるエルサに対し、苦笑しながら声をかける。
「別に拗ねて無いのだわ……」
「まぁまぁ。またそのうち、エルサに乗って空を飛ぶからさ。今回は我慢だ」
「……仕方ないのだわ」
今回は馬車だけど、またそのうちエルサに乗って移動する事もあるだろうしね。
拗ねるエルサのモフモフを、頭の上に手を持って行って撫でる。
まだちょっとご機嫌は斜めっぽいけど、渋々ながらも納得してくれたみたいだ。
拗ねてキューをやけ食いとかされるといけないから、道すがらちゃんと機嫌を取っておこう。
持って来たキューにも、限りがあるからね……なんて考えながら、座ってる椅子……というより木の板へと意識を向けた……。
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