第292話 飛行移動禁止令



「エルサちゃんに乗って、そのまま遠くへ行くのなら良いんでしょうけど……南門の外へ降りるのよね?」

「うん。そこでロータと合流するからね」

「……エルサちゃんが大きくなって空を飛んだら、当然町からも見えるのよ? 何かあったと思って、追いかけて来る者もいると思うわ」

「あぁ……ありそうだ……」

「確かに、陛下の言う通りだ……私達にすら群がるのだから、それくらいの好奇心で行動する人がいてもおかしくないな」


 エルサが大きくなれば、当然町から空を見上げるだけで簡単に姿を見る事ができるだろう。

 高く飛べば、何とかなるかもしれないけど、結局南門の所へ降りるのだから、降りる時に見つかってしまう。

 こんな事なら、もっと離れた場所で合流するようにしておけばよかったかな……いやでも、それはミルダさんやロータに悪いか……。


「どうしよう……こうしてる間にも、合流予定の時間が迫って来てるし……」

「仕方ないわね。それじゃ、馬車を用意するからそれに乗って行きなさい」

「馬車……ギルドに行く方法の一つに上がってたけど、それで?」

「そうよ。出る前に言おうと思ってたんだけど、今回は馬車で移動しなさい」

「え? それはどうして? 合流した後、町から見えない場所に移動して、エルサに乗せてもらえば良いと思うんだけど……その方が移動も早いし」

「はぁ……確かに移動は早いけどね……これも便利な手段に慣れた弊害なのかしら……?」


 馬車に乗る事を提案してくれた姉さんは、そのまま移動に使えと言う。

 エルサに乗って行った方が早いし、ロータの村が魔物に襲われる可能性がある以上、早く駆け付けるにはそっちの方が良いと思ったんだけど……。


「ロータ君だっけ? その子の村は、エルサちゃんを見た事無いのよ? しかも、現在魔物の脅威に晒されてる……もし見られたら、村そのものが混乱に陥るわよ?」

「私は魔物じゃないのだわ!」

「エルサちゃんは魔物とは違ってもね、それを見る人間が魔物と判断する可能性が大きいという事よ」


 むぅ……モフモフなエルサを見て、魔物と勘違いするとは……なんて憤慨しても始まらない。


「でも、村の近くで降りて、見つからないようにしたら良いんじゃないかな?」

「それでも良いけど……今回一緒に行くロータ君は、エルサちゃんがドラゴンで、大きくなれる事を知らないんでしょ? 怖がるんじゃない?」

「それはまぁ、そうかもしれないけど……」

「それに、あなた達……昨日ロータ君の村がどこにあるのか、地図を確認してなかったわよね? ロータ君が案内しないと、辿り着けないんじゃない? あそこの村、結構入り組んでたから、パッと地図を見ただけじゃわからないわよ? ドラゴンを見たロータ君が怯えたら、道案内もままならないでしょうし、空を飛ぶのに慣れていないから、案内もできるかわからないわ」

「確かに……言われてみれば……」


 もしロータが、大きくなったエルサに怯えてしまったら、まともに案内できるかどうかわかない。

 さらに、空を飛んだ事なんてなくて当たり前だから、エルサの飛ぶ速度で上空からまともに案内ができないかもしれないしね。

 案内をする以上、空から地面を見なきゃいけないし……慣れないとさらに高所での恐怖がありそうだ。


「あと、これが本題なんだけど……」

「うん?」


 他にも姉さんは何か考えがあるのか、難しい顔をしながら、俺達に話しかける。


「あなた達、普通の移動にも慣れなさい! エルサちゃんに乗って高速移動をするばかりじゃ、どんどん感覚がずれて行くわよ! たまには馬車で移動する苦労も味わいなさい! まったく、羨ましいんだから……」

「それが本音!?」


 なんだかんだと理由を付けた姉さんだけど、結局は俺達がエルサに乗って快適な空の旅をする事や、普通の馬車では考えられない程早く移動する事を羨ましく思ってたからだった。

 姉さんには、依頼を終えて帰って来たら、エルサに乗せて空を遊泳してもらおう……ヒルダさん達が許したら、だけどね。



 結局、俺達は姉さんの言う事を聞いて、馬車で移動する事にした。

 本音とは別の、色々つけた理由の方に納得したからだ。

 ロータや村の人達を怖がらせてしまう可能性は、できるだけ排除したかったからね。

 ただ……馬車って一度乗った事あるけど、お尻が痛くなるんだよなぁ……モニカさんやソフィーは多少慣れてるようだけど。

 ユノは、初めて乗る馬車に喜んでる様子だ。


「ヴェンツェル様配下、王都騎士団中隊長、マルクスと申します。リク様、御者は私が務めさせて頂きます!」

「マルクスさんですね。よろしくお願いします」

「はっ!」


 馬車を用意してくれたとの事で、城の外に出ると、御者台に座ってる兵士さんに挨拶された。

 実直そうで、切りそろえられたあごひげを蓄えた、渋めのオジサンだ。

 30代くらいかな……40代にはまだ行って無さそう。


 ヴェンツェルさんの配下で、騎士団らしいけど、ヴェンツェルさん程筋肉はなさそうだ。

 それなりにがっしりしていて、訓練もちゃんとされてそうな印象だけどね。


「リク様、陛下より子爵様への書状や証明の証は預かっております」

「ありがとうございます。俺が持っておいた方が良いですか?」

「それでも良いのですが、向こうの兵士には私が見せた方が良いでしょう。こういうのは、隊のリーダーがわざわざ見せるものではありません」

「そういうものですかね……?」


 姉さんは、クレメン子爵に会いに行く時、証明となる物と書状を渡すと言っていたけど、それはマルクスさんに預けたらしい。

 マルクスさんが言うには、リーダーが持って行くものじゃないという事だけど……そういうものなのかな?

 リーダーというのも、マルクスさんの方がベテランっぽくて似合いそうだけど……サポート役という感じだろうから、俺でいいのか……務まるかどうかは別として、ね。


「では。リク様、皆様方、馬車にお乗り下さい」

「はい、わかりました」

「道中、頼みます」

「馬車は初めてなの!」

「……」

「モニカさん?」


 マルクスさんに促されて、馬車へ乗り込もうとする俺達。

 ソフィーとユノはエルサを抱いて中に入り込み、続いて俺が入ろうとすると、城門の方を見ているモニカさんに気付く。

 ちなみに、ユノがエルサを抱いているのは、馬車の馬から遠ざけるためだ。

 今から出発するのに、馬に近付けて怯えさせたらいけないからね。


「フィリーナとアルネが来るかなと思ったけど……来ないみたいね」

「そうだね。人に囲まれるから、今日も宿でのんびりしてるんだと思うよ」

「エルフだしね。私達よりも好奇の目に晒されるわよね、仕方ないか」

「うん。一緒に行けないのは残念だけど……帰って来た頃には、町の人達も落ち着いてるだろうから、その時にまた、だね」

「ええ」


 モニカさんが気にしてたのは、フィリーナ達の事だったみたいだね。

 まぁ、普通でも珍しい物を見るような目で見られる事もあったみたいだから、人に囲まれてさらにそれが増えるとなると、宿でゆっくりしておきたいという気持ちもわかる。

 何も言わないで離れるのは少し気が引けるけど……俺達がいない時に城へ来たら、ヒルダさんに話してもらえるよう頼んでおいたから大丈夫だろう。

 本当は、この機会に一緒に王都を離れられたら良いのかもしれないけど、時間がないから、仕方ない。


 というより、ゆっくりできないのはさっさと依頼に向かおうとした俺のせいか……帰って来たら怒られるかな?

 多分……大丈夫だろう……と、思いたい。



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