第291話 怒れる女王陛下



「男の所属などはこれからなのですが、テリアを使っての事は聞き出せました」

「小さい子供を使っての事なんて、ろくなことじゃないだろうけど……」

「男は他の仕事の最中、この王都に潜入していたようです。そこで、リク殿のパレードの事を聞き、さらに陛下までが外に出て来ると聞いて、今回の事を計画したようです」

「となると……男の単独犯……って事ね?」

「はい。この国の者ではなさそうなので、民にパレードの事が報されたタイミングから考えて、突発的に思いついたのかと思われます」


 突発的に……か。

 何か画策するために王都にいて、急にパレードの事を知ったから、慌てて計画したって事なんだろう。


「魔物の襲撃の事を知っていた男は、犠牲にあった兵士がいると確信を持って動いていたようです。そして、偶然町中でテリアの事を知り、一人でいる所を狙って近づいようです」

「成る程ね……偶然が重なって、テリアが標的にされたって事ね」

「はい。ただ、突発的な計画なため、十分にテリアを諭す事ができなかった事。さらにはもう少し感情を制御できる年頃の子供を狙うべきだったと言っております。また、自分の事がバレないよう、陛下の予想通りテリアを始末しようとしていたようです」

「……その男には、反省の色が全く見えないようね」

「はっ」

「私を狙った事よりも、小さな子供を狙うなんて……ハーロルト、わかっているな……?」

「はっ!」


 ハーロルトさんの説明の途中から、俺もそうだけど皆が険しい顔をし始める。

 男に反省の色が見えず、子供を狙う事に罪悪感を感じていないからだ。

 話を聞いている状況は、想像するしかできないけど、ハーロルトさんの報告を聞いていると、男は飄々としてそんな事を言っているような気がする。

 話の途中で姉さんから異様な圧力を感じ、そちらに視線を向けると……目を吊り上げた姉さんが女王様モードで、怒った表情や雰囲気を隠しもせずに座っていた。


 これが、本当の姉さんの女王様モードなのかな……?

 俺は以前の記憶で怒った姉さんの雰囲気を知ってるから、ちょっと怖いくらいで済んでるけど……モニカさんとソフィーは体を震わせてた……ユノも……いや、ユノも? まぁ良いか。

 ヒルダさんは慣れているのか、すまし顔……だけど、ちょっと顔が引き攣っているし、ハーロルトさんも同じだ。

 こうなったら姉さん、徹底的にやるからなぁ……。


「情報部隊……その全てを持って、後悔してもし足りないくらい追い詰めろ。遠慮はいらん、子供に対してそのような事を考える不届き者だからな。それに……元々我が国に潜入して何かをしようとしていたのだろう……? それなら、それも一緒に吐かせろ!」

「はっ! 我ら陛下のために!」


 怒っている雰囲気そのまま、鋭い目つきでハーロルトさんに命令をする姉さん。

 引き攣った顔で敬礼をし、ハーロルトさんは退室して行った。

 ……ハーロルトさんも大変だなぁ。


「……姉さん、拷問をするの?」

「いやね、そんな事するわけないじゃない? 体には傷一つ付けないわよ。そんな非人道的な事はしないわ。……けど……」

「けど?」

「とことんまで精神的に追い詰めてやるわ。利用された女の子がどれだけ辛い思いをしたか……後悔してもし足りないくらいにね……ふふふ……」

「……ほどほどにね」


 俺の方じゃない場所を見て、低い声で笑う姉さんは、さっきハーロルトさんに命令した時よりも怖かった。

 モニカさんとソフィーさんはさらに震えているし、ヒルダさんも目を閉じて恐怖に耐えてるようだ。

 ……姉さんは、絶対怒らせちゃいけないね。



 その後、すぐに気持ちを切り替えた姉さんが、お茶のカップを片手に、にこやかに雑談を始めた様子に、モニカさん達は戸惑っていた。

 この気持ちの切り替えができるのは、凄いと思う……うん。

 姉さんが退室し、モニカさん達も宿へと戻る前、「夢に出そう……」だとか、「今日は恐怖で寝られそうにないな」なんて言ってたのが印象的だった。

 姉さん……その捕まえた男以外を精神的に追い詰めて、トラウマにさせちゃってるよ……。


「さっきのは私も怖かったのだわ」

「エルサも? ドラゴンでも怖いのか?」


 皆が出て行った後、エルサをお風呂に入れてドライヤーの魔法で乾かしている時に、ポツリとエルサが漏らした。

 そう言えば、あの時満腹状態で、ソファーに満足気に座っていたのに、急に俺の頭にくっ付いて来たっけ……。

 ドラゴンでも怖いものってあったのか。


「戦って負けるとか、そういう恐怖じゃないのだわ。でも、あの迫力は種族関係無く怖いのだわ。よくリクは平気だったのだわ?」

「はははは、まぁ、俺は以前にもあんな姉さんを見た事があるからね。今の姿で見るのは初めてだけど……慣れかな?」

「あんなのに慣れるくらい、何度も経験するのは嫌なのだわ……」


 お風呂上りで、体はポカポカ。

 さらにドライヤーの温風でモフモフをモフモフにするために、乾かしているから寒いという事は無いはずなんだけど、エルサはさっきの事を思い出して、体を震わせた。

 まぁ……何度か見た俺でも、多少は怖かったけどね。

 女王様になって、さらに迫力が増した……って感じなのかな。


「リクは魔物と戦うよりも、大変な経験をして来たのだわ」

「んー、でも姉さんと一緒にいられて良かったと思う事の方が多いから、大変とまでは考えた事無いかなぁ……」


 俺の記憶にある、姉さんが怒った場面……。

 確かあれは、俺が悪戯をして姉さんにバレた時か……他には、俺が公園で年上の小学生に囲まれて、イジメられそうになった時、割って入った時か……。

 色々あるけど、姉さんといられて嫌だとは思った事は無い。


「リク、今日はくっ付いて寝るのだわ」

「いつもくっ付いてるけどね」


 いつもと違い、ドライヤー中に寝なかったエルサは、俺からモフモフに癒されながら寝るのではなく、エルサの方から俺に抱き着いて寝た。

 しかも、大きさもベッドに入るギリギリまで大きくなってからだ。

 そんなに姉さんが怖かったのか……。

 俺としては、モフモフが大きくなって嬉しい限りだ。



――――――――――――――――――――



 翌日、朝食を終えた後、荷物の準備をしてくれたモニカさん達が部屋に来て、こちらも準備を整える。

 キューはできるだけ多く持ったし、装備の方も問題無し……と。


「それじゃあ、行こうか」

「ええ……と言いたいのだけど……リクさん」

「ん? どうしたの?」


 準備を終えて、歩いて南門に行けば、ちょうどいいくらいにロータ達と合流できると思い、皆に声をかけて部屋を出ようとしたんだけど、モニカさんに止められた。


「……このまま出たら、また人に囲まれるわよ?」

「そういえば……」


 外に出る方法を考えなきゃいけないのを忘れてた。

 このまま外に出て、人に囲まれてしまったらロータと合流する事もできない。

 むぅ……。


「エルサに乗って行くのはどうだ? 中庭で大きくなってもらって」

「それは止めておいた方が良いわね」

「姉さん。それはどうして?」


 ソフィーさんがエルサに乗る事を提案し、部屋にいた姉さんが却下する。

 ちなみに、姉さんは俺達を見送ると言って、朝食後からこの部屋に来ていた。

 ……仕事は大丈夫なんだろうか……?

 ヒルダさんが何も言わずにいるという事は、多分大丈夫なんだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る