第290話 言いにくい名前の子爵領



「お待たせ致しました」

「ヒルダさん。ありがとうございます」

「ようやく物が食べられるのだわー! 湿っぽい話は飽きたのだわー!」

「ごっはん! ごっはん! なのー!」


 ヒルダさんが用意してくれた昼食に、今まで黙っておとなしくしていたエルサとユノが飛びつく。

 そんなにお腹が減ってたのか……。


「あ、エルサのためにキューを多めに用意しておかないと……」

「そうね。また前の時みたいに、急に帰ると言い出したらいけないものね」

「その場合、エルサが魔物を蹴散らしそうだが……」


 以前のように、途中でキューが無くなって帰ると言い出して聞かなくなるといけないからね。

 用意されたキューに飛びついて、満足そうに頬張るエルサを見ながら、ヒルダさんにキューをお願いできないか聞いてみた。


「城の者に頼んで用意させて頂きます」

「お願いします」


 何とか、用意してくれる事になった。



「へぇー、それで、明日からはまた王都を出るのね?」

「うん。村に被害が出る前に魔物を討伐しないとね」


 遅めの昼食を食べ、部屋でゆっくりしながらギルドでの事をモニカさん達と話した。

 その後、仕事を終えた姉さんが部屋に来て、夕食を食べて、今は食後のまったりしている時間だ。

 さすがに、昼食から夕食までの時間が少なかったため、俺やモニカさん、ソフィーはあまり多く食べられなかった。

 エルサとユノは、そんな事関係無いとばかりに、もりもり食べてたけど……よくそこまで食べられるなぁ。

 ついでに、姉さんにもギルドであった事を話した。


「姉さん、聞きたいことがあるんだけど……良いかな?」

「なになに? りっくんの質問なら、何でも答えるわよ? 国家予算すら教えるわよ?」

「いや、それは教えなくても良いんだけど……」


 俺から姉さんに聞きたい事、という事で何故か乗り気になってる。

 それは良いんだけど、さすがに国家予算とかは教えなくて良いと思う。

 というより、国として秘密にしておかなきゃいけない事は、そんなに軽々しく教えちゃダメだろう。

 姉さんなりの冗談なんだろうけど……冗談だよね?


「えーっと、ロータが来たのは南西の村何だけど……そこの領主は何をしてるの? 聞いた話だと、魔物が出ても何も手を打ったりしてないみたいだし」

「南西……王都から馬で数日くらいの距離よね? そこの領主は……クレメン・シュタウヴィンヴァー子爵だったかしら、ヒルダ?」

「はい、そのように記憶しています」


 何もしない領主……貴族の事を姉さんに聞かないとね。

 詳しい位置は、地理をよく知らない俺にはわからないけど、南西へ数日……という事で姉さんはどの貴族領かわかったようだ。

 ヒルダさんも頷いている。

 クレメン・シュタウヴィンヴァー子爵か……ちょっと言いにくい名前だなぁ。


「そのシュタウヴィンヴァー子爵……言いにくいわね。クレメンでいいか」


 姉さんも言いにくかったみたいで、クレメンと呼ぶことにしたようだ。

 クレメンさんと呼ぼう。

 もし本人に会う事があったら、さすがにそのままで呼ぶのは失礼だから止めるけど。


「そのクレメン子爵は、りっくんの勲章授与式に参加しなかった貴族の一人ね。まったく……りっくんの授与式に参加しないだなんて……」

「いや、その時はまだ姉さんもまだ俺の事をわかってなかったでしょ? それに、俺の授与式なんて、積極的に参加しなくて良いんだよ」


 勲章授与式には、アテトリア王国の貴族達は皆呼ばれたらしいけど、中には来なかった貴族もいるらしい。

 何かの事情があって来れない事もあるだろうしね、仕方ない。

 強制力のある招集じゃなかったみたいだから、来ない貴族がいても当然だろう。

 というより、ほとんどの貴族が参加したという方が、俺としてはちょっと微妙な気分……。

 貴族の人達……暇なのかな?


「確か、参加しない理由は、領内に問題が発生しているから、それに平定に努めるため……だったかしら。理由としてはありきたりよね……」

「ありきたりなのかどうかは知らないけど……そのクレメンさんが魔物に対して何もしてないらしいんだ」

「ふむ……多少の事なら、冒険者に任せるのが本来なんだけど……道を完全にふさいでる状態で、しかも時間が経ってる……この状況で何も動かないのは、おかしいわね。りっくんが倒したキマイラも、もう少し放ったらかしにされてたら、軍が動かなきゃいけなかったしね」

「そうなんだ……」


 キマイラはついでで受けた依頼だったけど、俺が受けたり他の冒険者が何とかしなかった場合は、軍が動いて大きな事になってしまってたのか……。

 結果的に、俺が受けて倒したことで、何事も無かったようだけど……まぁ、主要な街道が塞がれてしまってるんだから、最終的には国が対処しなきゃいけないのは当然か。

 それに、あのタイミングで俺が行かなかったら、無謀な事をしようとしてたコルネリウスさんは、キマイラにやられてしまってたかもしれないしね。

 フィネさんとか……命を投げ捨てる覚悟をしてたっぽいし。


「りっくん、ついでで悪いんだけど……クレメン子爵の様子を見て来てくれるかしら?」

「村と街はそこまで離れてないみたいだから、魔物を討伐した後にでも行ってみるよ。けど……俺が行って相手にされるの?」


 相手は貴族だからなぁ。

 この王都にいる貴族の人達は、助けた事もあって問題もなく話せてる。

 けど、その子爵は俺の事を見た事ないだろうし、貴族でもない俺が行って会ってくれるのかどうか……。


「大丈夫よ。ちゃんとりっくんの事を証明する……そうね、私の使いの者という証明を持たせるわ。それに、りっくんの事を書いた書状もね」

「それなら、大丈夫なのかな?」

「女王陛下直々にだからな。子爵ともなれば無碍にはされないだろう」

「ソフィーの言う通りよ。さすがにいきなり行って、領主邸に入れる事はないと思うけど、門兵にでも証明する物を見せれば、すぐに通してくれるはずよ」

「わかった。それじゃ、魔物討伐が終わったら行ってみるよ」

「うん、お願いね」


 姉さんの頼みを了承する。

 子爵に何があったのかはわからないけど、女王として貴族の動きが気になるんだろう。

 近くに魔物が出てるのに動かないなんて……何か事情があると思うしね。


「陛下、失礼します」

「ハーロルト。どうしたの?」


 姉さんとの話が終わり、モニカさん達が帰るまでの間ゆっくりしていたら、部屋にハーロルトさんが訪ねて来た。


「監視に付けていた者からの報告です。少女……テリアに男が接触しようとしていた所を、捕縛しました」

「そう……早かったわね」

「はい。もう少し時間を空けて接触をするかと考えていましたが……」

「それで、その男からは話を聞き出せたの?」

「全てではありませんが、目的は聞き出せました」


 ハーロルトさんは、テリアというパレードに乱入して来た少女に付けていた監視……護衛の人があらぬことを吹き込んでいた男を確保したようだ。

 情報部隊という事だから、こういった事はお手の物なのかもしれないけど、仕事が早いね。

 しかも捕まえた男から、もう話を聞き出したみたいだし……もしかして、拷問とかしたのかな……?

 いや、姉さんが治めてる国だから、そんな事はそうそうしないだろう。



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