第267話 線香花火の魔法



「じゃあ、この花は国民なら誰でも知ってるわけですね?」

「全ての国民が……とは言い切れませんが、他の花よりは知っている人が多いでしょう」

「そうですか……」


 国花なのだから、他の花よりは知名度があるのは確かだろう。


「ヘルサルでも、この花は多く見られたわね」

「センテでもそうだな」

「……エルフの集落はどうだったかしら?」

「お前は……エルフなのだから、それくらい覚えていろ。……確か、集落近くの草原に多く咲いていたはずだ」


 モニカさん達もその花を見ながら、思い出すように言っている。

 確かに言われてみれば、ヘルサルや他の場所でも見たかもしれない……花にあまり興味が無かったから、覚えていないだけで……。

 花に興味のない男なんて、珍しくも無いよね! と考えて自己弁護しておく。


「それじゃ、イメージをするのはこの花が良いね。えっと……花の名前はなんですか?」

「……りっくん、それは聞かないで良いわよ……」

「え? でも、花の名前を知ってた方が覚えやすくて、イメージもしやすいと思うんだけど……?」

「……それでもよ」

「メアリーです」

「ちょっと、ヒルダ!」

「え?」

「この花の名前はメアリーです」

「メアリーって……姉さんの名前と一緒?」

「はぁ……だから知られたくなかったのに……。お父様が、国花にした時改めて名前を決めたの。それまでは名前も特に決められてなくて、色んな名前で呼ばれてたらしいけど……おかげで、この花の名前が統一されてしまったわ……」


 花の外観を覚え、もっとしっかり記憶するために名前を聞くと、姉さんが渋い顔で反対した。

 どうしてだろうと思っていたら、サラっとヒルダさんが答えてくれた。

 恥ずかしそうにする姉さんだけど、確かに自分と同じ名前を付けられた花の名前を教えるのは、恥ずかしいのかもしれない……俺と同じ名前の花とかがあったら……確かに人に言いたくないね。

 頭の中にどこぞの、映画のタイトルが浮かんで来たけど、関係があるわけもなくすぐに打ち消した。


 ヒルダさんが言ってしまったのだからと、諦めた姉さんはどうしてその名前になったのかを説明してくれた。

 国花になった理由は知らなくても、自分の名前と同じになった経緯は知ってたみたいだ。


「前国王様は、姉さんを可愛がってたってのはよくわかるよ、うん」

「前国王陛下は、現陛下の事を目に入れても痛くないと、常日頃から豪語されておりました」

「はぁ……可愛がってくれてたのは確かだし、私もお父様を慕っていたけど……大袈裟に皆へ触れ回るのはどうかと思うわ……」


 俺のフォローになってるのかなってないのか、わからない言葉に、ヒルダさんが頷きながら前国王様の事を教えてくれる。

 姉さんの方は、溜め息を吐いている様子だけど、嫌がってるってまでは行ってないから、きっといい父親だったんだろうなと思う。

 この世界で、姉さんが良い親に恵まれて、元弟の俺としても嬉しい。


「そんな話より、線香花火よ、線香花火! 久しぶりに見たいわ!」

「姉さん……話を逸らしたね……?」

「そんな事無いわよ? ほら、花はもう覚えたでしょう? 早く線香花火を試すわよ!」

「はいはい……」


 前国王様や、花の名前の話で恥ずかしくなったのか、姉さんが急に線香花火を急かして来る。

 まぁ、確かに色んな人に聞かれるのは恥ずかしい事って、あるけどさ。

 強引に俺と花を引き離す姉さんに、適当に返事をして、線香花火を試す準備に入る。


「リク様、お水はこちらに用意させていただきました」

「大量ですね……ありがとうございます」

「リクさんが失敗したら……これでも足りないかもしれないわね……?」


 ヒルダさんが用意してくれた、もしもの時の水は、人が入れそうな程大きな桶数個分。

 並々と水が入っているから、それだけでちょっとしたプールの水くらいありそうだ。

 それでも、モニカさんは足りないかもと心配そうだったけど……俺が失敗しなければ良いんだよ、うん。

 ……頑張ろう。


「えと、ここなら良いかな?」

「そうね。花壇からも離れてるし……もし失敗しても、燃え移ったりする心配も少ないわ」

「……花壇から離れたのは良いんだけど、どうして皆も離れてるの?」

「だって……ねぇ? 皆があれ程心配してるんだもの……」

「もしリクさんが失敗したら、すぐに逃げられるように……」

「今回は火を使う魔法だからな、もし失敗した場合を考えてだな……」

「エルフの魔法より強力なリクの魔法だからね……爆発に備えて?」

「まぁ、あれだ。俺達の事は気にせずに……」


 花壇から離れ、置かれている桶の近くで魔法を試そうと思ったんだけど、何故か俺から距離を取ってる皆の事が気になる。

 数メートルは離れてるから、確かに失敗しても影響は少くて済むんだろうけど……何だか釈然としない。

 ……俺、そんなに魔法を失敗してきたかな……?

 初めて魔法を使った時は、確かに一面凍り付かせたりしたけどさ……。


「はぁ……まぁ良いや。じゃ、魔法を使うよ?」

「ええ……ゴクリ……」


 皆に声をかけ、姉さん達の唾を飲み込むような音が、中庭に響いた気がするけど、気にしないようにした。

 ……俺の味方は、唯一近くで待機してくれてるヒルダさんだけだよ、まったく。

 ヒルダさんは、俺の魔法を間近で見た事が無いから、失敗時の想像ができて無いだけかもしれないけど……。

 とにかく、魔法を使うために集中……イメージを固める。


「指先から……小さい火花が弾けるイメージ……」


 目を閉じてしゃがみ込み、指を地面に向けて頭の中でイメージを始める。

 魔力は極小。

 魔力を使うとすらあまり考えないようにして、最低限に留める。

 最後に魔法名を……。


「パチパチ……」


 魔法名は、口の中で弾ける綿のような駄菓子を思い出し、頭に浮かんだのはそれだった。

 弾けるってイメージがちょうど良かったからね。

 魔法が発動する感覚と共に、指の先から小さな火が浮き上がる。

 火の魔法を使った時と同じだね……爪の先くらいの大きさだけど。


「それが線香花火? 小さい火の魔法にしか見えないけど……」

「これからだよ。よく見てて」


 小さい火から、細い線が地面に向かって数センチだけ伸び、その先に小さな火の塊が移動し、そこから周囲に火花を散らすようにして弾け始めた。


 パチパチパチパチ……。


 暗闇に火花が散るのと一緒に、弾ける音が響き渡る。

 俺もそうだけど、皆言葉を発する事を忘れてその火花を見つめた。

 弾ける音が線香花火とは少しだけ違う気がしたけど、見た目はほとんど同じだ。

 これだけ再現出来たら成功だろうね。


 1分にも満たない時間、皆でその弾ける火花を見続ける。

 しだいに火花が小さくなり、弾ける回数も減り、やがて小さく燃える火だけが残った。


「……終わり?」

「終わったのか?」

「失敗……しなかったわね?」

「警戒する程ではなかったか……」

「まだよ……これからが線香花火の醍醐味よ」

「姉さんの言う通り、もう少しだけ見てて」


 火花が出無くなった事で、皆が終わりだと思って声を出す。

 ほとんど俺が失敗しなかった事への、安堵だった気がするけどね。

 それはともかく、姉さんと俺が皆に言って、もう少しだけっ守るよう伝える。

 線香花火は、最後の火が落ちる様子が儚くて余韻が良いんだよね。


「ほら……」


 線香花火と言えば、最後のこれが無いと終わったとは言えない。

 そう考える俺の言葉と一緒に、暗闇に尾を引いて、指先にあった小さな火が地面に落ちて消えて行った……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る