第268話 リクは小さい調節が苦手



「小さい火なのに、何だか物悲しいわね……」

「灯火が消える瞬間……考えさせられるものがあるな」

「火も儚いものなのね……」

「小さく弾けてあっさり消える……か」


 地面に落ちた火を見て、今までと違った気分になったようだ。

 物悲しく切ない……でも何故だか見つめたくなる……それが線香花火だと思う、というのは俺の持論だ。


「……ん?」

「どうかしましたか、ヒルダさん?」

「いえ、何やら臭いが……」

「臭いですか? えっと……」

「どうかしたの、りっくん。ヒルダも?」


 近くで見ていたヒルダさんが、何かに気付いたように声を上げる。

 臭いがと言っていたから、俺も鼻で探ってみる事にする。

 俺達の様子が気になった姉さんが、近づきながら声をかけて来る。

 けど、それに答える間もなく、異変に気付いた。


「なんだか、焦げ臭い?」

「はい。何やら燃えているような……?」

「ちょっ、ちょっとりっくん!」

「どうしたの、姉さん? 急に焦り始めて……」

「どうしたのじゃないわよ! 足元、足元を見て!」

「え? ……うぉ!」


 焦った姉さんに言われて地面を見てみると、そこから黒い煙と燃え広がろうとしている火があった。

 これ、もしかしてさっき落ちた線香花火の残り火……?

 落ちて消えたものだと思っていたけど、くすぶり続けて少しずつ火が燃えていたみたいだ。

 ……土の地面を燃やして広がろうとしてるって、もしかしての俺の魔力のせい……かな?


「水、水を早く!」

「……城が燃えるのはさすがにね」

「私達も協力した方が良さそうだ」

「行くわよ、アルネ」

「わかってる」


 地面を見て声を上げた俺……それを見て、離れていた皆もこちらへと向かって来る。

 火がまだ大きくないうちに、用意していた桶に入ってる水で消化するべきだろう。


「よい、しょ!」

「……重いわね……ソフィー、手伝って!」

「わかった。よ……っと」

「こっちも一つ持つわよ!」

「あぁ。ふぬ……」


 近づいて来た皆は、それぞれモニカさんとソフィー、フィリーナとアルネの二人組に別れて桶を一つずつ持つ。

 俺も、自分で使った魔法で火事にするわけにはいかないから、頑張って一人で一つの桶を持った。

 人が入れるくらいの大きさの桶に、並々と水が入ってるから、さすがに重いなぁ……。


 ジュー……。


「……消えないわね」

「勢いは弱まってるようだがな……」

「どうするの? またしばらくすると火が広がり始めるわよ!?」

「魔力が固まって、ただの水だと消えそうにないな。これには、魔力を込めた魔法を使うのが一番だ。水の魔法は得意では無いのだが……仕方ない。アクアボール! フィリーナ、お前もだ」

「わかったわ、アクアボール!」


 皆で大量の水をかけたにも関わらず、地面にある火は勢いを弱めただけでまだ消えない。

 アルネが言うには、魔力が関係しているみたいだけど……。

 エルフの二人が水の球を作り出し、次々と火に向かって放つ。

 少しずつ火の勢いが弱くなって来たな……。


「簡単な水を作り出す魔法なら、私にも使えるわ。アクアボール!」

「こんな時、私の槍があれば役に立てたんだがな……今は持って来ていない……」


 モニカさんが魔法を使うのを見ながら、ソフィーが呟く。

 ソフィーの槍は、氷の魔法を使える魔法具だから、こういう時役に立つ事ができるのだろうけど、あいにくと今は持っていない。

 アルネ、フィリーナ、モニカさん達三人が、それぞれ水の魔法を使うのを見て、俺も魔法で協力しようと考える。


「えっと、拳サイズの水の球……」

「リクさん?」


 俺が小さく呟きながら、魔法のイメージをしていると、疑問に思ったモニカさんが声をかけて来るが、今は魔法のイメージに集中した。


「弱まって来ているぞ。もう少しだ」

「この調子よ、さぁモニカも一緒に」

「……わかったわ」


 三人が協力して水の魔法で火の勢いを弱めている間に、イメージを固めた俺。


「よし、アクアボール!」

「え?」

「ちょっとリク?」

「何を……」


 急に魔法を発動した俺に、魔法を使っていた三人が戸惑う。

 魔法名は、他の皆が使っているのと同じもの。

 水の球を作り出すだけだし、イメージしやすかったからね。


「できた……これを火に……わぷ!」

「ちょっとま……ぶくぶく」

「リクなに……ぶは!」

「これは……ぐぅ!」

「水が……ぶっ!」

「……皆大丈夫ー?」

「水浸しですね……火は消えたようですが……」


 手をかざした先に出来上がった水の球を、ゆっくり火に近付けて触れさせる。

 その途端、水の球から大量の水が周囲にまき散らされ、近くにいた俺達全員頭から水を被ってしまった。

 地面もそうだけど、皆ずぶ濡れだ。

 火が広がってるのが判明してすぐ、姉さんを連れて俺達から離れたヒルダさん。

 二人が遠くから声をかけて来るのが聞こえた。


「はぁ……リクさん……失敗を何とかしようという気持ちはわかるけど……」

「リクの魔法は、見た目が小さくても、何かおかしいな」

「こんなに大量の水を発生させるなんて、エルフでもできないわよ?」

「やはり、リクは他とは違うな……これだけの魔法を軽々と使うとは……」

「りっくん、ちょっとやり過ぎよ……」

「皆様、ずぶ濡れですね」

「えーと……火事になったらいけないからと思って……ごめんなさい」


 水を被った皆と、近づいて来た姉さんのジト目を受けながら、俺は謝るしかできない。

 咄嗟に火を消そうとしたから、魔力調整が上手くできていなかったようだ。

 ……そもそも、線香花火の時点で込める魔力量を間違っていたようだしなぁ。


「皆様、すぐに大浴場へ。今準備させております」

「ありがとうございます、ヒルダさん」

「濡れたままではな。ありがたく入るとしよう」

「大浴場にまた入れるのは嬉しいけど、理由がこれじゃねぇ……」

「まぁ、仕方あるまい」

「ごめんなさい、皆……ヒルダさんも……」


 ヒルダさんは、すぐに人を呼んで大浴場の準備をお願いしたらしい。

 水に濡れたままだと、風邪を引いてしまうかもしれないからね。

 寒いわけじゃないけど、濡れてると体温を奪うから、大浴場でしっかり温まらないと。


「では皆様、こちらへ」

「お手数をおかけしま……ん?」

「りっくんはこっちよ?」

「えっと、姉さん?」

「これだけの事をして、皆と一緒に大浴場に入れると思ってるの?」

「……すみません」


 ヒルダさんに付いて行こうとした俺を、姉さんに襟首を捕まえて止められる。

 顔は笑ってるんだけど、引き攣ってる様子から、しばらく説教があるんだろうなぁ……と覚悟をして、大浴場へと向かう皆を見送った。



「まったくりっくんは……!」

「はい……」


 部屋に戻って来て、一応とばかりにタオルで濡れた部分を拭きながら、姉さんの説教を聞く。

 今回は、失敗しないつもりでやったのに、失敗したから、俺も反省しないと……。

 小さい火と水だったから良かったものの、これが大きな爆発とかだったら、城にも被害がでてただろうし。


「どうしたのだわ?」

「エルサちゃん……りっくんがね?」


 説教をする姉さんの声で、ベッドでユノと寝ていたエルサが起き出した。

 俺達の様子を不思議に思って首を傾げてる。

 そのエルサに対し、姉さんは愚痴を言うかのように説明した。

 ……俺が悪いからなぁ、仕方ないよね。



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