第255話 馬とドラゴンは相性が悪い



「馬とドラゴンは相性が悪いのだわ。どうにも、馬は私を本来の強さで見ているようなのだわ。小さい姿だからといって、馬はごまかせないようなのだわ」

「エルサの本来の強さ?」

「エルサ様の……つまりは、あのワイバーンと戦った時のような?」

「そうなのだわ。私の姿が大きく見えてるのかはわからないのだわ。けど、馬は何故かドラゴンの本質を見抜いているようなのだわ。私が近づくと怯えるのだわ」

「成る程……それであの興奮ですか」


 エルサ本来の強さというのは、多分大きな姿になって魔物達を簡単に蹴散らすような強さの事なんだろう。

 食べたり殺そうとしてるわけじゃないから、近付いても問題無いはずなんだけど、それでも怖い物は怖い、という事かもしれない。

 本能で怖がってるのかもね。


「仕方ないのだわ。私は離れてるのだわー」

「おっと、エルサちゃん?」

「エルサが近づくと、馬が怖がるみたいなんだ。しばらくお願いするよ、モニカさん」


 俺から離れてモニカさんに抱き着いたエルサ。

 急に来たエルサ抱き留めたモニカさんは、俺の言葉に頷き、モフモフを堪能しながら馬から距離を取る。

 ……ちょっと羨ましいけど、今はモフモフよりも馬だな。


「……怖くない、怖くないよー?」

「ブルルル」

「今度はおとなしいですね」


 エルサが俺から離れてから、改めて馬に近付くと、今度はおとなしく俺に顔を撫でられる馬。

 何となくだけど、気持ち良さそうにしてる様子を見てると、馬も結構可愛いなぁ。

 エルサとは相性が悪いようだから、頭にくっ付いている時には、近づけないのが残念だ。


「リク殿に懐いているようですね。人に慣れてはいますが、懐くような様子はあまり見せないのですが……」

「そうなんですか?」

「はい。おとなしく、人の言う事をよく聞く馬なのですが……ほら、リク殿の手にすり寄ってます」

「ほんとですね」


 ハーロルトさんの言うように、確かに馬は、俺の手に頬をすり寄せるような仕草をしてる。

 あまり人には、こういった様子を見せないとの事だけど、懐かれて悪い気はしないね。


「おそらく、馬の方もエルサ様のように、人の本質を見抜く事ができるのかもしれません。リク殿の人となりを見て、信頼できると思ったのでしょう」

「そう、なんですかね……」


 ハーロルトさんに言われて、ちょっと恥ずかしい。

 悪い人間ではないつもりだけど、良い人間かと聞かれると素直には頷けない俺。

 でも、馬からすると俺は良い人間に見えてるようで、ちょっと嬉しい。


「では次は、馬に乗って見ましょう。この様子なら、いきなり走り出す事も無いので、まずは馬に乗る事に慣れましょうか」

「……はい」

「ブルルル……」



 馬を撫でるのを止め、ハーロルトさんの指示に従って馬の横へ。

 俺が手を離した時、少し残念そうな雰囲気を出したように見える馬が、やっぱり可愛い。


「えーっと、ここをこうして」

「そうです、そこに足をかけ、鞍壺に手を付けて体を持ち上げます……そこから右足を高く上げて、馬をまたいで下さい」

「こうですか……よ、ほっ」


 馬の左側に立ち、左足を鐙にかけ、右手を鞍壺に。

 そこから右足で踏み切って両手で体を持ち上げ、左足の鐙で経つようにする。

 さらにハーロルトさんの指示で右足を上げ、馬を跨いでその上に乗る。

 バランスが少しだけ難しかったけど、何とかなった。


「右足は、鐙を。両手で手綱を持って下さい」

「はい……っと」


 馬をまたいだ右足で逆側の鐙を踏み、言われたように手綱を握る。

 馬鞍に腰を下ろして、なんとか馬に乗ることができた。


「何とか、乗れた……かな?」

「そうです。その状態を維持して下さい」

「はい」


 ちょっと違うけど、エルサに乗るのと少し似ているかもしれない。

 モフモフの毛を掴んで、背中によじ登り、モフモフの毛に包まれながら、大きなエルサの背中に座って、毛を掴んで体を安定させる……。

 あれ? 似てないか……。


「結構、位置が高いんですね……」

「この馬が大きいというのもあるでしょう」

「そうですね」


 馬の背中に乗ると、視点が高い位置に来る。

 今まで見上げるくらいだった物は、同じくらいの高さに……他の物は見下ろすようになった。

 2メートル以上はありそうな体に乗ってるんだから、その背中に座れば視点が高くなるのは当然か。


「では、しばらくそのままで」

「はい」


 馬に座ってそのままの体勢を維持する。

 おとなしい馬だからなのか、そのままで走り出したり、興奮したりする事も無く、俺を乗せたままじっとしてる。

 鞍は、城の馬だから良い物なんだろうけど、ちょっと硬いね。

 長時間馬に乗って移動するとなると、お尻が痛くなりそうだ……そういえば、乗合馬車でもお尻が痛くなったなぁ。

 この世界に、クッションという物はないのだろうか?


 いつもは、モフモフの毛に包まれてるから、移動する時にエルサに乗るのは、速度だけでなく乗り心地も快適なんだと実感した。

 空を飛ぶから、高所恐怖症の人には向かないだろうけどね。


「そろそろ慣れましたか?」

「そうですね……姿勢を維持するのは、もう大丈夫だと思います」

「それでは、今度は降り方ですね」


 馬の背中は大きく、鞍もあるので安定はしてるけど、緊張しているのもあって、自分の体が固まってるような感覚。

 慣れないと、背中が痛くなったり、肩が凝ってしまいそうだ。


「ゆっくり、馬を刺激しないよう左足を鐙から外して下さい」

「はい……」


 ハーロルトさんの指示に従って、ゆっくりと動く。

 気性のおとなしい馬とは言っても、できるだけ刺激しない方が良いようだ。

 馬は臆病って言うからね。

 さっきエルサが近付いて刺激したのもあるから、できるだけ興奮させたくない。


「そうです。そうして、右足も鐙から外して大きく上げて下さい」

「わかりました……おっと」


 教えられた通りに体を動かしていたんだけど、途中で右足が馬のお尻近くに当たってしまった。

 もう少し大きく上げないといけないかな……。


「ブルルルル!」

「おわ!」

「リク殿!」


 俺の足が当たった事で、驚いたのか何なのか……馬が急にいなないて体を震わせた。

 馬の乗り降りが不慣れな俺は、その様子に驚いて下に落ちてしまった。


「いててて……」

「どう、どう……。大丈夫ですか、リク様?」

「ちょっと尻餅をついただけなので、大丈夫です……」


 お尻から地面に落ちて少しだけ痛かったけど、すぐに痛みは引いて行く。

 戦闘態勢じゃなかったけど、落ちる途中で身を固くしたから、多分エルサが以前言っていた魔力が動いて防御が多少硬くなったのかもしれないね。

 咄嗟の事だったから、痛みはあったけど……何も無かったら、大きな馬で高い位置からだから、腰とかを痛めてしまってたかもしれない……ろ考えると、ありがたい。


 ハーロルトさんが駆け寄って、馬を落ち着かせながら俺に声をかけて来る。

 それに答えながら、立ち上がる……痛い所はなさそうだ。


「ごめんな、驚かせてしまって」

「ブルルル」


 足を当ててしまった事を謝りつつ、馬の顔を撫でる。

 驚いて体を震わせただけで、痛くは無かったようで、おとなしく俺が撫でるのを受け入れてくれた。


「大丈夫か、リク?」

「ソフィー。大丈夫だよ。……もう少し、馬の乗り降りは練習しないと、いけないようだけどね」

「そうだな。もう少し、馬の事をよく見てやらないとな」


 ソフィーと話して、馬に乗った時慣れない緊張で固まってしまった体を伸ばす。

 腕を軽く回したりして、肩を解すが、まだ肩こりとまではなってないようだ。

 早く慣れて、体を固まらせないように気を付けなきゃな。


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