第256話 馬の練習を終え、鎧の試着場所へ



「もう、乗り降りは大丈夫そうですね。それでは、次は馬に乗って直進してみましょう」

「はい、わかりました」


 何度か乗り降りを繰り返し、慣れて来た頃に馬を歩かせる練習になった。

 馬のお腹を蹴るだとか、手綱を操るだとか……慣れないことが多かったけど、馬の方はおとなしく言う事を聞いてくれたので助かった。

 さっきみたいに、驚かせて振り落とされないよう気を付けてたのが良かったみたいだ。


「よしよし、ありがとうな。おかげで練習になったよ」

「ブルルルル」


 少しの距離を移動して、曲がったり元の場所に戻ったりを繰り返して、とりあえずの練習を終えた。

 明日は走る練習らしいから、今のうちに馬のご機嫌を取っておかないとね。


「そうだ、お前……キューは食べるか?」

「ブルル?」

「それは私のキューなのだわ!」

「ヒヒーン!」


 持っていたキューを取り出し、馬の口の前に差し出すと、馬の方は何かわからない様子。

 代わりにエルサが、自分のキューだと主張して飛んで来た。

 それを見て馬が怯えて暴れ出す。


「どう、どう……」

「エルサ、急に近付いたら駄目だろ? 馬が驚くじゃないか!」

「リクが馬にキューを渡そうとするからなのだわ! それは私が食べるキューなのだわ!」

「はぁ……はいはい、わかったよ」

「わかれば良いのだわー。モキュモキュ……」


 両前足を上げて、逃げ出そうとする馬を、ハーロルトさんが飛び乗り制御する。

 その間に、俺がエルサにキューを渡して食べさせつつ、モフモフの毛を掴んで馬から引き離す。

 ……馬に飛び乗るハーロルトさん、格好良かったなぁ……俺にもああいう風に飛び乗ったりできるようになるんだろうか……?

 先は長そうだ……。


「リクさん、ごめんなさい。急にエルサちゃんが飛び出して……」

「ははは、エルサはキューの事になったら必死だからね、仕方ないよ」


 モニカさんにエルサを引き渡しつつ、済まなさそうにしているモニカさんに笑って答える。

 エルサをギュッと抱き締めて、今度こそ逃さないようにしてるけど……エルサが本気になったら、すぐに抜け出すだろうなぁ……もうキューを馬の前に出すのは止めておこう。


「リク、馬はキューじゃなくてニンジだ。好物だからな」

「ニンジ……あぁ、そうか」


 馬と言えば人参……この世界ではニンジだったっけ。

 馬の鼻先に人参……なんて言葉を聞いた事はあるけど、あれは本当だったんだね。

 まぁ、好き嫌いはあるだろうから、必ずしもそうだとは限らないけど、少なくともこの世界の馬は人参……ニンジが好きみたいだ。


「ニンジは持ってないなぁ……ごめんな」

「ははは、馬にはしっかり餌をあげていますから、今あげなくても良いのですよ」


 馬に謝る俺に、ハーロルトさんが苦笑している。

 後でしっかり餌を食べられるのなら、そっちの方が良いか。

 変におやつを上げない方が良いのかもしれない……エルサで癖が付いちゃったのかも?


「それにしても、馬のたてがみ……モフモフじゃないけど、サラサラで気持ち良かったなぁ」

「リクだわ!? 私のモフモフの方が良いのだわ!」

「もちろん、エルサのモフモフも素晴らしいと思ってるけどね? 馬のたてがみも、あれはあれで……」

「……馬めだわ……キューをが好物じゃない事と言い、たてがみでリクの関心を得る事と言いだわ……やっぱり相性最悪なのだわ……」

「ははは、馬に対抗心か? そんな事考えなくても、エルサには感謝してるよ」


 モニカさんの腕の中で、馬に対抗心を燃やし始めたエルサを撫で、落ち着かせる。

 好物が違ったり、エルサが馬に近付くと怯えて暴れる事と言い、エルサと馬は確かにあまり相性は良くないのかもしれないね。


「リク殿、私はこの馬を厩へと連れて行きますので、少々お待ち下さい」

「はい。ありがとうな、練習に付き合ってくれて」

「ブルルル」


 馬を落ち着かせるために、乗ったままのハーロルトさんが、そのままで馬を連れて行く。

 練習に付き合ってくれた馬にお礼を言いながら、去って行くのを見送った。

 やっぱり、さっそうと馬に乗る姿は格好良いなぁ……。

 ちょっと憧れるね……俺があそこまで乗りこなせる自信はあまりないけど……。

 ま、俺にはエルサがいるから、背中に乗せてもらえば良いか。



「お待たせしました」

「お帰りなさい」


 しばらくその場で、また俺の頭にドッキングして来たエルサを撫でたり、皆と話して時間を潰して、ハーロルトさんが帰って来るのを待った。


「次は、パレードで着る鎧の試着ですね。こちらです……」


 パレードでは、俺がいつも来ている皮の鎧では見栄えが良くない……という事で、別の鎧を用意してくれるらしい。

 多分、金属の鎧なんだろうけど……。


「何か、ちょっと嫌な思い出が……」

「ふふふ、初めてセンテにリクが来た時の事を思い出すな」

「ん? 何を話しているの?」


 ハーロルトさんに連れられて、城内を移動しながらソフィーと話す。

 俺がちょっと険しい顔をして、ソフィーが笑ってる事にモニカさんが興味を持ったようだ。

 ……ちょっと恥ずかしいから、あまり話したくないんだけど。


「リクが初めてセンテに来た時にな、エリノアの武具店に案内したのだが……」

「以前聞いた事があるわね。それで、どうしたの?」

「リクが最初に興味を持った鎧が、フルプレートの金属鎧でな? その時のリクは、今と違って冒険者になる前だったからな……装備しても動きがおぼつかなかったんだ」

「……成る程ねぇ。金属鎧って重い物ねぇ」

「あの時は、まだエルサと契約する前だったから……」


 今とは違い、エルサと契約する前だったから、あの時の俺は非力で戦闘をした事の無い日本人だった。

 ガシャガシャと金属鎧を着て歩く俺は、重さに負けて思うように動けないどころか、牛が歩くよりも遅く動くしかできなかった。

 あれでソフィーとエリノアさんに笑われてから、何となく金属鎧を避けるようになったんだよなぁ。

 だからいつも、選ぶ鎧は軽い皮の鎧にしてる……エルサとの契約のおかげで、鎧を着なくても十分攻撃に耐えられるらしいけどね。


 ……今なら、金属鎧を着ても普通に動けるようになってるんだろうか……?

 最初は重いと感じていた剣も、今では大きな剣を軽く振り回せるくらいになったんだから、きっと大丈夫だろうと思う。

 もう皆に笑われる事はないだろうね。


「こちらです……」

「りっくん、お疲れー。馬はちゃんと乗れた?」

「リク様、お待ちしておりました」

「姉さん……とヒルダさん?」


 ソフィーやモニカさんと、以前の事を話しながらハーロルトさんに案内され、通された部屋。

 そこには姉さんとヒルダさんが待っていた。

 何でここに姉さん達が?


「ここからは私達が担当するわよ」

「リク様のお世話は、私が仰せつかっておりますので」

「では、私はこれで。陛下、失礼します」


 ハーロルトさんが姉さんに礼をして、どこかへと去って行った。

 ここからは姉さんとヒルダさんの担当らしいけど……姉さん、仕事は?


「……本来は私一人の仕事だったのですが……」

「だって、弟の着せ替えなんて、楽しそうじゃない?」

「いや、着せ替えって……仕事はどうしたの?」

「今日の仕事は終わったわよー」

「ここに来るために、いつもより精力的に仕事をこなされておりました。……いつもこうだったら良いのですが……」

「ははは……」


 仕事はどうしたのかと考えていると、ヒルダさんが教えてくれた。

 終わってるのなら良いんだけど……ヒルダさんの苦労が偲ばれる呟き、俺は苦笑するしかないね。

 というか姉さん……弟の着せ替えって……ただ俺が、見栄えの良い鎧を着るってだけなはずなんだけど?



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