第221話 侍女に連れて行かれる女王陛下



「それじゃ、私達は準備があるから帰るわね」

「また明日だな、リク」

「私達もだな。……明日は西門から出発か?」

「そ、そうね……各自準備をして、昼食を食べたら西門に集合ね」

「わかった」


 俺やユノはそんなに準備する事が無いから、明日は昼までゆっくりしておこうと思う。

 ソフィーさんに任せればしっかり野宿の準備をしてくれるだろうし、最悪の場合はエルサか俺が結界を張れば安全な場所を確保できるしね。

 食事は……モニカさんに任せた方が安全だろうなぁ……俺には旅に持って行く食材は何が良いかとかわからないし……適当にエルサ用のキューを用意しておくだけにしておこう。

 明日の合流時間と場所を決めて、その日は解散となった。


 皆が部屋から出て行った後、残ったのは俺とエルサ、姉さんとヒルダさんだ。

 ちなみにユノは、モニカさんに連れて行かれた。


「明日からしばらくりっくんはいないのかぁ」

「冒険者としての仕事だからね、仕方ないよ。すぐ近くじゃないから、日数もかかるし」

「まぁ、そうなんだけどね」


 皆がいなくなって、さらにリラックスした様子の姉さん。

 ソファーに横になりながらぼやいている様子は、女王様としての威厳が微塵もない。

 皆がいるから、多少は気を使っている部分もあったんだろうし、ゆっくりできる時にゆっくりして欲しいと思う……女王の仕事とか、大変そうだ。

 色んな重圧や責任、冒険者を気楽にやってる俺では考えられないような苦労があるんだろうと思う。


 評判の良い女王様だから、ちゃんと女王としてやってるんだと思うと、俺にはできそうにない事をしている姉さんを尊敬してしまう。

 ……照れ臭いから直接そんな事を言わないけどね。


「りっくんがいないと、ここでこうやってのんびりする事もできないわね……」

「重要なのはそっちなの!?」

「ふふふ、冗談よ」


 のんびり寝ころびながらの姉さんの言葉に、思わず大きな声が出てしまった。

 俺よりもソファーでのんびりするのが大事というのを、笑って冗談と言ってる姉さんだけど……半分以上本気な気がする……。

 俺がいない場合はこの部屋がどうなるのかはわからないけど、掃除も必要だろうし、誰もいない部屋になるから姉さんがわざわざここに来てゆっくりする事もできないのかもしれない。

 いつもなら、心休まる場所は自分の部屋だけなのかも。


「ヒルダさん、姉さんの事よろしくお願いします。もし仕事をサボるようなら、注意しても良いので」

「畏まりました。リク様が不在の間、リク様に代わってしっかり管理しておきます」

「あ、ヒルダに頼むのは卑怯よ!」


 黙って待機してくれているヒルダさんに声を掛け、姉さんの事を頼んでおく。

 姉さんが本当に仕事をサボったり、不真面目だったりする事は無いとは思うけど、念のため。

 ヒルダさんに頼んだ俺に、姉さんが抗議の声を上げているけど、それは無視。

 姉さんとヒルダさんはこの世界で子供の頃からの知り合い……親友のような関係っぽいから、ヒルダさんに頼んでおけば問題は起こらないだろうと思う。


「りっくん……姉さんはりっくんをそんな子に育てた覚えはないわよ……」

「姉さんの教育のたまものだと思うけどなぁ……」


 姉さんとは、俺が小さい頃に別れた。

 それまで俺にべったりだった姉さんからは、色々な事を教えられたな……ん? 俺が姉さんにべったりだったのかな? まぁどっちでも良いか。

 とは言え、それから数年は経ってるわけだから、俺が姉さんの考えてた方向とは違うように育っている可能性もある。

 基本的なところは変わってない気もするけどね……本気で姉さんに逆らうような事は出来そうに無いし……怖いから……。


「夕食も食べたし、そろそろお風呂に入るかな。今日は、あの大浴場は使えますか?」

「本日は……おそらく兵士の多くが使っているものと思われます。昨日の訓練の成果を兵士全体に行き渡らせるよう、ヴェンツェル様が張り切っておられましたので」

「そうですか……それなら今日は部屋の浴場を使わせてもらいます」

「畏まりました」


 ヒルダさんに聞いたところ、大浴場は今日、兵士達が多く使っているみたいだ。

 元々、そのための場所だから仕方ないとはいえ、あの広さを経験したら部屋のお風呂場じゃちょっと物足りない気もするんだよね。

 エルサを洗う必要があるから、あんまり人が多い場所は避けたいため、仕方ないけど今日は部屋のお風呂場で我慢しよう。

 依頼から帰って来たら、また入れると良いなぁ。


「エルサ、行くぞ。……姉さんはどうする?」

「洗ってもらうのだわー」

「あら、私も誘ってるの? 一国の女王をお風呂に誘うなんて……りっくんもやるわねぇ」

「……そうじゃなくて……俺はお風呂に入るけど、姉さんは自分の部屋だか仕事だかに行かないのかって聞いてるんだよ……」


 エルサに声をかけ、姉さんの方はどうするのか聞くと頓珍漢な事を言い出す姉さん。

 ジト目で説明をするけど……さすがにこの年齢になってまで姉さんとお風呂へ一緒に、というのは避けたい……恥ずかしいし、見た目も以前と変わってる姉さんとか……まともに接する事ができなくなりそうだ。

 姉さんに言われて、ちょっと顔が熱くなった気がする。


「……想像したわね?」

「そ、そんな事してないから!」

「ふふふ、りっくんも大人になったって事ねぇ。姉さん嬉しいわ」

「もうそれは良いから!」

「リク様、陛下は私が責任を持って、しっかり仕事へと連れて参りますので、ご安心下さい」

「ヒルダさん……お願いします。……大量の仕事を押し付けてやって下さい」

「はい」

「ちょっとヒルダ、りっくんの味方をするの!? 今日の仕事は終わったはずよ! あ、ちょ、ちょっと。離しなさい!」


 俺をからかうモードになってしまった姉さん。

 そうなってしまうと、手玉に取られて俺にはもう抵抗はできそうにない。

 でも、ここにはヒルダさんという最終手段があるからね。

 ヒルダさんにお願いして、姉さんを連れ出してもらい、ようやく静かになった部屋でホッと一息。

 ……首根っこを掴まれて、侍女に引きずられて行く女王様って、対外的に良いのかどうかはわからないけど……。


「はぁ……ようやく落ち着いた……さて、お風呂に入るか」

「やっと静かになったのだわ。騒がしかったのだわ。……でも、リクがからかわれるのは見てて楽しかったのだわ」


 エルサが変な事を覚えてしまったような気がしなくも無いが、この分は姉さんにいつか仕返ししようと思う。

 ……返り討ちにあう気がするのは、どこかにポイして気にしないようにしながら、エルサを連れてお風呂場へ。

 しっかりエルサを洗って俺も体を温めて、今日はさっさと寝る事にした。

 明日からは、依頼で魔物と戦ったりする予定だからね。

 いつものようにドライヤー中に寝こけてしまったエルサをモフモフしながら、ベッドに入り、就寝した。


 ……どこからか、姉さんの「仕事が終わらない!」という悲鳴と、ヒルダさんの叱咤が聞こえて来た気がするけど……きっと幻聴か何かだろうと思う、うん。

 ……俺をからかった罰だ……なんて考えながら、今日は良い夢が見られそうだと意識を手放した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る