第195話 ヴェンツェルさんとの手合わせ開始
「マックス、マリー。二人は特に若い兵士達に訓練を付けてくれないか? 経験豊富な二人からの方がためになるだろう」
「わかった」
「私は厳しく行くけど、それでも良いのかしら?」
「あぁ。ここにいる兵士達は訓練で甘える事はしないだろう。しっかり鍛えてやってくれ」
「わかったわ」
「……母さんの訓練……私は、フィリーナと一緒にいようかな……」
「あら、モニカはこっちなのね」
マックスさんとマリーさんは、新人の育成にあたるようだ。
確かにヴェンツェルさんの言う通り、経験豊富な二人が新人を鍛えるのは良い事だと思う。
手加減せずに厳しく訓練させる様子のマリーさんを見て、モニカさんがそこから逃れるように動く。
まぁ、モニカさんは少し前に散々特訓させられてたからね、その事を思い出したんだろう。
「さて、皆が訓練に移る前に……こちらだな……」
「……そう、ですね」
「私は離れておくのだわ。暑苦しいのは嫌なのだわー」
皆が訓練に移る前、本来の目的のためにヴェンツェルさんが俺に向き直る。
エルサは、マックスさんとのやり取りも含めて、暑苦しい事を嫌うようで、俺の頭から離れて訓練場の端まで飛んで行った。
兵士達は、俺とヴェンツェルさんが向かい合う事よりも、ふわふわ飛んでるモフモフ……もといドラゴンを見て驚いている。
初めて見る人もいるだろうから、当然か。
「では、これより私とリク殿の手合わせを始める。場所を開けよ!」
「「「はっ!」」」
ヴェンツェルさんが声を上げると、一斉に訓練場の中央を開けるように動く兵士達。
どうやら、俺とヴェンツェルさんの手合わせは、皆に見せる方針のようだ。
「さて、これだけの兵士が見ているのだから、見本になるようにしなければいかんな。手加減は無用だぞ、リク殿」
「はい。……剣は木剣ですか?」
「刃引きした剣もあるが……どちらでも好きな方を選んでくれ」
「わかりました……それなら……すみません、あれを使っても良いですか?」
「はっ、どうぞお使い下さい」
見本になれるように戦えるかはわからないけど、俺に出来る事をしよう。
手合わせの剣は当然真剣じゃない。
俺が持ってる剣を使ったら、ヴェンツェルさんを剣ごと切り裂いてしまう可能性もあるからね。
刃引きした剣を使おうかとも思ったけど、俺は木剣にする事にした。
近くにいた兵士さんに声をかけて、訓練場の隅に置いてある木剣の中で、ひと際大きい物を持って来てもらう
「ほう、その木剣か……中々に扱いづらそうだが……?」
「このくらいがちょうど良いですね。大きさは……まぁ仕方ないでしょう」
軽く2、3度片手で木剣を振って見せる。
俺が軽々と振った事に、周りで見ている兵士達がどよめいてるけど……それも仕方ないか。
俺が使うと決めた木剣……ヴェンツェルさんより大きいもんな……。
ちらりと見たモニカさん達、俺の仲間達は兵士さん達とは違って驚いて無かった……むしろあきれ顔だ……何故……?
「はっはっは! その木剣をそんなに軽々と振るう者がいるとはな! これは楽しい手合わせになりそうだ!」
「楽しいかどうかは別として、頑張りますよ」
俺がこの巨大な木剣を選んだ理由は、先日の魔物との戦いがある。
切れ味は抜群だったけど、今まで使ってた剣と重量も大きさも違ったから、少しだけ違和感があったんだ。
だから、その違和感を少しでも無くすために、近い重さの剣で訓練した方が良いとの考えで選んだ。
大きさに関しては……大きい剣を振るのも楽しそうという、すごい適当な考えだ。
ヴェンツェルさんが昨日腰に下げていた大剣を見て、豪快に大きな剣を振る事に興味を持った
「その木剣は、筋力を鍛えるための物で、打ち合うために作られていないんだがな……」
「そうなんですか?」
「さすがはリク殿と言ったところか……これなら私も全力でやれるな!」
「……ヴェンツェルさんの武器はそれですか」
二人の兵士がヴェンツェルさんに近付いて、これから使う剣を渡す。
その剣は刃引きされた物で、俺の身長より少し短いくらいの大きさで、相当な重量があることがわかる。
それを二人の兵士がそれぞれ一振り……計二振りヴェンツェルさんに渡した。
「ふんっ! やはり、これがしっくり来るな……」
二振りの剣をそれぞれ片手で持ち、右手、左手と連続して振るヴェンツェルさん。
筋肉が盛り上がっている様子が、少し離れた俺の場所からでもわかる。
大柄なマックスさんは、片手剣と盾を使うのに対し、ヴェンツェルさんの方はその大きな体と筋肉をそのまま生かす戦い方のようだ。
皺の刻まれた顔は、40代は過ぎてるであろう事は簡単に予想出来るけど、40代過ぎた人が大剣を片手で振り回す姿はちょっと現実離れしてる。
さすがは国のトップで将軍になるだけ、という事なのかもしれない……まぁ、俺も人の事は言えないだろうけどね……。
「それじゃあ、俺が合図をしよう」
ヴェンツェルさんと二人、訓練場の中央で向かい合い構えを取る。
それを見ていた周囲の人たちの中から、マックスさんが進み出てくれた。
「お願いします」
「頼む」
俺とヴェンツェルさん、お互いがお互いから目を離さないようにしながら頷く。
ヴェンツェルさんは二振りの大剣を持った腕を、胸のあたりで交差させる構え。
俺は大きな木剣を両手で持ちながら、正眼の構えを取る。
……ヴェンツェルさんやマックスさんのように経験豊富じゃない俺は、自分なりの構えというのをまだよくわかっていない。
だから、とりあえず手合わせに見合うように正眼の構えにしてるだけだ。
魔物と戦う時はいつも、構えとか気にせず力任せに剣を振ってるだけだからね。
「準備は良いようだな……」
マックスさんが俺達二人を見ているのがわかる。
訓練場がにわかに緊張感で満たされていく感じだ。
唾を飲み込む音が聞こえた気がしたけど、それは兵士達だったのか、それともモニカさん達の誰かなのか……。
「それでは……始め!」
「ふっ!」
「うぉ!?」
そんな事を考えている間にも、マックスさんの合図で始まる手合わせ。
初めの言葉と同時に、弾かれたように飛び込んでくるヴェンツェルさん。
そのスピードは、速度で手数で相手を翻弄するヤンさんよりも早い!
「今のを受け止めるか! さすがだな!」
「さすがに驚きましたけどね……っと!」
真っ直ぐ突進して来たヴェンツェルさんは、交差している腕を上げ、同時に振り下ろす。
俺の体でちょうどエックスになるように振られた大剣を、俺は大きな木剣で受け止め、真っ直ぐ押して弾き返す。
……正直、速過ぎて剣で受け止めるしか出来なかったんだよね……大きな木剣という事もあるけど、剣を振り上げる暇も無かった。
ヴェンツェルさんは、俺が剣を受け止めた事に驚きつつも、両手を広げ、体を回転させつつの連続攻撃。
右回転だから、斬撃は右からしか来ないので助かるけど、右手の剣を防いだ直後に左手の剣が襲い掛かって来るので、息を吐く暇もない。
「ふっ! はっ!」
「くっ!」
呼気を吐き、ヴェンツェルさんによって繰り返し襲って来る剣を防ぐ。
片手づつという事と、連続攻撃だからか、最初の一撃よりは重さは無い。
だけど、その筋力と剣の重さは俺に反撃をさせるつもりはないように思える。
……このままだと、押し切られるな……。
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