第194話 暑苦しい再会



「それでは、昼食の支度をして参ります」

「人数が多くてすみません」

「いえ、このくらいの人数でしたら問題ありません。城の兵士達の数に比べれば……」

「ははは、そうですね」

「城の料理か……興味があるな……」

「食べ物なのだわ!?」


 合同訓練は昼食後だ。

 まだ少し昼食には早い時間だけど、ヒルダさんが朝食を取ってない俺を気遣って、少し早めの時間でも用意してくれる事になった。

 まぁ、作るのは城の料理人なんだけどね。

 マックスさんは、料理人として城の料理に興味がある様子だ。

 昼食と聞いて、ずっとベッドで寝こけていたエルサが反応して飛び起きた。

 ……こういう時だけ反応が良いな……昨夜の優しい感じのエルサは一体どこへ行ったんだろうか……?


「どうぞ」

「失礼する。リク殿、準備は整ったか?」


 昼食後、皆でお茶を飲みながら休憩していると、ヴェンツェルさんが部屋を訪ねて来た。

 ノックの音にヒルダさんが確認をし、許可を出すと入って早々ヴェンツェルさんが聞いて来る。

 よっぽど俺と手合わせしたいのか、表情はワクワクしているかのように見える。


「はい、大丈夫ですよ」

「ヴェンツェル、久しぶりだな」

「懐かしいわね」

「おぉ、マックス。マリーもいるのか!」


 準備が整った事を伝えると、マックスさんといマリーさんもヴェンツェルさんに声を掛けた。

 二人を見たヴェンツェルさんは、驚いているようだ。

 ここにいるとは知らなかったなら、久しぶりの二人と会えて驚くのも無理はないよね。


「どうしてここにいるんだ? 二人は冒険者を引退してヘルサルにいると聞いていたが……ん、ヘルサル?」

「気付いたか、ヴェンツェル」

「何の縁か、リクとは私達の獅子亭で暮らしてたからね」

「やはりそうなのか!?」


 マックスさんと俺が一緒にいる事と、ヘルサルという街の名前で、俺が獅子亭にお世話になっていた事を察したようだ。

 面倒見のいい人達だから、マックスさん達の人柄を知っていれば、そう考えるのも自然な事なんだろう。


「今日はリクからの誘いでな。俺達も訓練に参加する事にしたぞ」

「そうか! 久しぶりにお前達の動きを見られるのは嬉しいな!」

「まぁ、現役を引退して長いから……昔より衰えてるけどねぇ」

「しかし、ヴェンツェルよ。お前が国の将軍とはな……出世したものだ」

「まぁな。これも昔、お前達と鍛えたからだと思ってるぞ、マックス!」

「そうか、ヴェンツェル!」


 訓練に参加する事を伝えてるマックスさんだが、マリーさんの方は現役から衰えてると言う。

 防衛戦の時の戦いぶりを思い出すと、とても衰えてるとは思えないんだけど……もしかすると現役はもっとすごかったのかもしれない。

 それはともかく、急にマックスさんに詰め寄るヴェンツェルさん。

 それに合わせるように、マックスさんの方もヴェンツェルさんに向かう。


「ふっ! はっ!」

「ぬぅん! はぁ!」


 急に二人は拳を突き出し、お互いの拳を何度も打ち付け合い始めた。

 暑苦しい掛け声と二人の筋肉が異様に躍動している気がする……。


「……始まったわね……これさえなければ……」

「母さん……父さんは一体何を?」

「二人の間で、これが会話の代わりみたいなものらしいのよ。男にしかわからない世界とか言ってたわね」

「急に部屋が暑くなった気がするな」

「……男でも、エルフだから私はわからないのだろうか……?」

「エヴァルトとなら気が合いそうね……」

「素手を打ち合ってるのに音が聞こえてくるの!」

「……暑苦しいのだわ」


 溜め息を吐くような感じで、マリーさんは呆れ顔だ。

 父親の見た事の無い姿に戸惑っているモニカさんにマリーさんが説明。

 他の皆は、暑苦しい二人を見て様々な表情をしているが、俺はエルサの言葉に賛成だ。

 それとアルネ、多分エルフとかは関係無いと思うよ……フィリーナが言うエヴァルトさんと気が合いそうというのは、何となくわかる気がするけど。


「まだまだ衰えていないようだな、ヴェンツェル」

「若い者に負けていられんからな。そう言うお前こそ、引退したとは思えんな……マックス」

「まぁ、日々重い鍋を振り回してるからな」


 足を動かさず、その場で拳を打ち合っていた二人が急に動きを止め、がっしりと握手をする。

 お互いを認め合う笑顔を浮かべ、互いに衰えていない事を確認したようだ。

 だけどマックスさんは、料理をするために重い鍋を持っているのは確かだけど、振り回してはいないと思うのは、無粋なのだろうか……。


「……あのー、そろそろ良いですか?」

「おっと、すまんなリク殿。マックスと久しぶりの再会で張り切り過ぎてしまった」

「まぁ、それは良いんですが……兵士達との訓練もあるんでしょう?」

「そうだな。私が訓練場に案内する。付いてきてくれ」


 がっちりとした握手をしている二人の横から、おずおずと声をかける俺。

 部屋の温度が上がるから、張り切るのは程々にして欲しい。

 ヴェンツェルさんに近付くのを止めようともがくエルサをそのままに、俺の声で何のためにここに来たのか思い出したヴェンツェルさん。

 ヒルダさんを部屋に残して、俺達皆でぞろぞろとヴェンツェルさんに付いて行った。


「ここが訓練場か。冒険者ギルドにある場所よりも充実しているようだな」

「そりゃあ、ここは国の中心部だからな。軍の中心でもあるから、日頃の訓練は欠かせん」


 マックスさんが案内された訓練場の中を見渡しながら感嘆の声を漏らす。

 それに答えるヴェンツェルさん。

 確かに国の中心で、重要な軍が訓練する場所だから、色々と充実するのは当然だね。


 俺達が訓練場に入ると、先に集まっていた数十人の兵士達が整列して迎えてくれた。

 全員、兜は被らず、鎧だけを着ている。


 訓練場は屋内で、多分だけど日本の学校にある体育館よりも大分広いように見える。

 まぁ、剣を打ち合ったりするだろうから、広いのは当然かもね。

 床は板張りとかではなく、土の地面だ。

 壁には刃引きした剣や槍、斧がまとめて立てかけてあったり、木剣等の木で作られた物もある。

 藁で作られた人形のような物もあるから、それを相手に訓練をする事もあるんだろうな。 


「集めた兵士達は、私の直属の部下。それと、見込みのある者達だ。あとは今回の訓練を希望した者達だな」


 綺麗に整列している兵士達の前に移動しながら、ヴェンツェルさんが集まった人達の説明をしてくれる。

 その兵士達の中には、魔物が襲撃して来た時や、姉さんを謁見の間に助けに行ったときに見かけた人もいるようだ。


「皆、今回の訓練に特別に参加してくれる、リク殿とその仲間達。それと、私と旧知の仲であるマックスとマリーだ。リク殿の事は皆知っているだろう。マックスやマリーも手練れだ」


 俺達もヴェンツェルさんの後を付いて行き、兵士達の前に来る。

 整列した兵士達の前で止まったヴェンツェルさんが、訓練場全てに聞こえるような声で話し始めた。

 訓練開始前の訓示のようなものかな。


「先日の魔物襲撃の際、力不足を実感した者もいるだろう。かく言う私も、バルテルの策謀により陛下の危機に際し何も出来なかった。今日の訓練は、不甲斐ない自分達を鍛えなおすいい機会だ。リク殿は言わずもがな、その他にも冒険者やエルフと顔ぶれは多彩だ。外からの刺激が、お前達に良い結果をもたらす事を期待する!」

「全員、将軍、並びにリク様一行に敬礼!」


 ヴェンツェルさんの訓示が終わると、一人の兵士が一歩前に出て号令。

 その号令が響くと同時に、整列していた兵士達が一斉に俺達に向かって敬礼をした。

 一糸乱れず動く姿は壮観だけど、ちょっとだけ気圧されてしまうね。



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