第159話 謁見の間侵入



「エルサ、今度は寝るなよ?」

「わかってるのだわ……ん!」


 エルサも息を止めたようなので、魔法を発動させる。


「スリープクラウド」


 イメージ通り発動した魔法は、眠りの霧を発生させながら、辺りに広がって行く。

 見張りの3人に届いたのが見えて数秒で、魔法を解除する。

 いつまでも霧があったら、息を止めてる兵士達の呼吸が出来ないからね。


「よし、狙い通り」


 見張りの3人は、俺の霧を無警戒で吸い込んでその場に倒れる。

 それと一緒に、こちら側の兵士も数人眠ってしまったようだけど、仕方ない。


「見張りにいたのを捕らえておいてください。俺は中に入ります」

「わかりました。リク様、お気を付けて」


 眠っている見張りを囲んで、捕らえ始めた兵士達に声をかけ、俺はカーテンの裏側に入る。

 扉がいつでも入れるように開かれてたおかげで、無駄に音を立てる事も無く中に入れた。

 まぁ、見張りがすぐに中へ報せられるように開けてたんだろうね。


「子供風情が!」


 薄暗い通路を数歩進んだ所で、向かってる先から声が聞こえた。

 子供って、ユノの事かな?

 声の後に、金属がぶつかり合う音が聞こえた……戦ってるんだろう。


「子供のくせに腕は立つようだな……だが!」

「貴様!」


 男の声がした後、姉さんの叫び声も聞こえた。

 その声に、飛び出しそうな体を何とか抑える。

 今ここで飛び出したら、わざわざこちらから入って来た意味がなくなるからな。


「メアリ!」

「ユノちゃん、逃げなさい!」

「はははは、女王陛下を呼び捨てとは中々剛毅な子供だが……これで手を出す事は出来まい!」


 ユノの声、姉さんの声、男の声が聞こえる。

 声だけで判断すると、姉さんを捕まえて人質にした男が盾にしてるせいで、ユノが手を出せない。

 姉さんは、ユノが危ないと思って逃げるように叫んでるって所か。


「もう少し状況を知りたいな……」


 俺は声のする方へ音を立てないように、ゆっくりと歩く。

 金属のぶつかり合う音がする方へ進むと、謁見の間から光が入って来てる場所があった。

 そこから玉座の横に出られるようになっている。

 玉座の裏、赤いカーテンに隠されるようになっている場所だ。

 カーテンは半ば切り捨てられてる……俺は入り口の陰に隠れて中の様子を窺う。


「はははは、いつまで持ちこたえられるかな?」

「ユノちゃん!」

「……大丈夫なの!」


 声を聞きながら、中の様子を見て状況を把握する。

 玉座の前、少し見えずらいが男が姉さんを後ろでに捕まえて、剣を突き付けている。

 その正面、俺達が授与式で姉さんから、章飾を受け取ろうとした場所あたりにユノが見えた。

 そこに複数の武装した男達が、剣や槍を振りかざして襲い掛かってる。

 ユノ1人なのは、兵士が一緒にいると足手まといになるからだろう。

 手を出せない状況で、兵士が増えても被害が増えるからね。


「あぁ、入り口にいるな」


 俺からは遠くてわかりづらかったが、謁見の間の入り口には、兵士達が口惜しそうにユノが襲われてる様子を見ているのが見て取れた。

 ユノの方は、襲い掛かって来る剣や槍を、自分の持っている剣や盾で軽々と防いでおり、危なげない様子だ。

 攻撃が出来なくても、防ぐくらいは簡単そうだな。


「……ちっ……いつまで遊んでいるのだ!」

「……申し訳ありません……しかし、この子供中々の……」

「下らん言い訳なぞ聞きたくないわ! 役立たず共が!」


 姉さんを捕まえている男は、ユノが軽々といなしている様子を見て、苛立たし気に怒鳴る。


「仕方ないな……おい、子供! 剣を捨てろ……盾もだ……さもないと……」

「くっ……ユノちゃん! 剣を捨てるな!」

「……卑怯なの……」


 男が持っている剣を動かし、姉さんの首に刃を当てる。

 いつでも首を斬れるという脅しなのだろう。

 姉さんはそれでも剣を捨てないように叫ぶが、ユノはそれを見て剣と盾を持つ手から力を抜く。

 言われた通り捨てる気なのだと思う……悔しそうに呟きながら……俺を見た。


「目が合ったな」


 俺がここにいる事に気付いているようだ。

 後は任せた、という事かな。


「とにかく、姉さんを人質に取ったあの馬鹿をどうにかしないと……」

「どうするのだわ?」

「剣を持ってるからな……眠らせるにしても、その直前に動かれたらヤバイだろう……」


 ここからどう動けば良いかを考える。

 謁見の間には、数十人程の武装した奴らがいて、姉さんは人質に取られてる。

 右端の方には、貴族達が何人か縛られているのが見える……あちらは剣を突き付けられてるわけでも無いから、放っておいても大丈夫だろう。

 さらに別の左端の方には、血を流して倒れてる人が見える……抵抗して殺された貴族達かもしれないな……。

 他に、ユノの近くで倒れてるのは剣で倒したのだろう。


「姉さんをあいつから離さないとどうにもならないな……」

「そうねだわ。でも下手に近付いても危ないのだわ」

「だよな……ちょっと剣を動かすだけで、姉さんを傷つけられるだろうし……」


 姉さんの首筋には、装飾が施された剣の刃が当てられている。

 どれだけ切れる剣かは知らないが、何かのはずみで腕を動かせば姉さんが傷ついてしまう。

 ……運が悪ければそのまま……。


「リク、落ち着くのだわ」

「……すまない」

「魔力が溢れたらここにいる事がバレるのだわ」


 姉さんの首切られるのを想像して、一瞬だが我を失いかけてしまった。

 エルサのおかげで冷静に慣れた事を感謝しつつ、どうすれば姉さんを無事に助け出せるかを考える。


「さっきまでの威勢はどうした?」

「卑怯だぞ、バルテル!」

「あまり考えてる時間は無さそうなのだわ」


 エルサの言葉の通り、時間はもうほとんど無い。

 姉さんを捕まえてる男……バルテルと呼ばれた男が笑いながらユノを見ている。

 剣を捨てたユノの周りでは、数人の男達がユノを囲んでニヤニヤとしながらゆっくりとユノに近付いて行っていた。

 さっきまでの腹いせに、ユノをいたぶるつもりなのかもしれない。


「……姉さんだけじゃなく、ユノを傷つけさせるわけにはいかないな」

「当然なのだわ。ユノさ……ユノを傷つけるのは許されないのだわ」


 エルサもユノを傷つけられたく無いみたいだ。


「しかし……どうするか……考える時間は少ないけど、何も無しに突撃も出来ない……」

「リク、結界の魔法を覚えてるのだわ?」

「エルフの集落で使った魔法だろ? 覚えてるぞ」

「結界はイメージで形を変えるのだわ。上手く使えば……」


 エルサが言う結界の魔法は、エルフの集落を囲んで守った魔法の事だろう。

 上手く使えばと言ってるが……どうすれば……。


「あれは範囲を囲む魔法だろ? この謁見の間を囲んだって……いや、待てよ……」

「思い付いたのだわ?」


 ……結界の大きさはイメージ次第で変えられる。

 それと、エルサは今まで何かを囲むように使っていなかったと思う。

 自分の前に壁を作ってるような感じだったからな。

 ……だとすると……。


「わかったぞエルサ。やってみる」

「任せるのだわ。私じゃリク程細かい事は出来ないのだわ」


 ドラゴンのエルサでさえ出来ない事に、俺が挑戦しないといけない事に対し、にわかに緊張感が湧いて来たけど、成功させなければ姉さんもユノも危ない。

 やってみせる!


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