第149話 勲章授与式前日



「リク様には、ここで授与式終了まで過ごして頂きます」

「……わかりました」


 ハーロルトさんの言葉に、にわかに湧いて来た緊張を感じながら頷く。

 これだけ大きな部屋を用意されて、どう過ごせば良いかわからないうえ、それだけの事をしてくれるという事は、それだけの期待をしているというわけで……緊張せずにはいられない。


「そんなに緊張しなくても良いのですよ。楽に過ごして下さい」

「そう言われても……」


 元々が一般庶民だからね、豪華な部屋で過ごす事には慣れていない。

 俺が緊張し、他の皆が部屋のあちこちを見て感心しているのに対し、ハーロルトさんは部屋の扉から外に出る。

 案内が終わったから、仕事に戻ったのかな?

 そう考えていると、すぐに一人の女性を連れて戻って来た。


「リク殿、何かありましたらこちらに」

「リク様、お初にお目にかかります。私、ヒルダと申します」

「初めまして」


 ハーロルトさんの連れて来た女性は、綺麗な礼をして自己紹介をする。

 それに返すように、俺もお辞儀をしておいた。

 結構な美人さんだけど、この人がどうしたんだろう?


「ヒルダ殿は女王様付きの侍女です。リク殿が滞在中、お世話をする事になりました」

「陛下より任命されました。何か御用があれば、私に」

「お世話……わかりました」


 侍女ね……まぁ、メイドのような感じなのかな。

 この城にいる間、俺のお世話をしてくれる人なんだろう。

 メイドさんに用を言いつける事に慣れてないから、迷惑を掛けてしまう事が無いように気を付けよう。


「それでは、私はこれで。これ以後はヒルダ殿がご案内します」

「はい。ありがとうございます、ハーロルトさん」


 俺達に一礼して、ハーロルトさんは部屋を出て行く。

 役職のある人だから、他にも仕事があって忙しいんだろう。


「それではリク様、ハーロルト様に代わりまして、私がお部屋の説明をさせて頂きます」

「……お願いします」


 俺よりそこそこ年上だろうヒルダさんに畏まられるのは、まだ慣れないがメイドさん……侍女としての仕事なんだろう、部屋の中を移動して色々教えてくれた。

 ソファーはまだしも、大きなベッド……その横に小さな机があって、そこに水差しと小さなベルが置いてある。

 そのベルを鳴らすと、隣接する部屋で控えているヒルダさんを呼びだす事が出来るようだ。

 それと、入り口とは別の場所に扉があって、そこは小さな風呂場になっている。

 小さなと言っても、獅子亭にある風呂場より大きくて、何より湯船に浸かる事が出来るようにされていた。

 日本人として、この部屋の事で一番これが嬉しかったね。


「以上ですね。何かご質問はおありでしょうか?」

「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」

「はい。それでは、勲章授与式のご説明をさせて頂きます」


 ヒルダさんはそう言って、授与式の説明を始めてくれた。

 皆、それに参加するからソファーで寛ぎながら聞いている。

 ちなみに、ソファーで囲まれている所に大きな机があり、そこにヒルダさんが淹れてくれたお茶がある。

 美味しいお茶だ。


「授与式は、明日の午後執り行われます。リク様が勲章を受け取ることが主目的ですが、皆様も式に参加する事が出来ます」

「私達も?」

「ここに来られるだけだと思っていたが……」


 モニカさんやソフィーさんも参加出来るようだ。

 式には偉い人が沢山来るんだろうから、知らない人だけで囲まれるより、知っている人がいる方が心強い。


「俺達は参加しないぞ。堅苦しいのはどうもな……」

「そうね……私達は王都観光でもしているわ」


 マックスさんとマリーさんは参加をしないようだ。

 気楽に過ごしたいのと、王都を久々に見て回りたいんだろう。


「畏まりました。それでは、リク様の他に参加するのは……」

「私も出るのー」

「ユノも出るのか? はしゃぐような式じゃないぞ?」

「大丈夫なの、おとなしくしてるの」


 ユノは授与式に参加したい様子だ。


「リク様、ユノ様、モニカ様、ソフィー様の4名が参加なされるのですね」

「お願いします」


 ユノが参加するのが若干不安ではあるが、見た目が子供なだけで、問題無いだろうと思う。

 ……一応、神様だし……マナーとかはちゃんと知ってるんだろう。


「私はどうするのだわ?」


 式の参加者が決まりかけた時、俺の頭で寝ていたはずのエルサが声を上げた。

 そう言えばそうだな……さすがに授与式の場で、エルサを頭にくっ付けたままにするわけには行かない。


「話は聞いております、エルサ様ですね。……そうですね……」


 ヒルダさんは、いきなり声を上げたエルサに驚かない。

 ハーロルトさんあたりから、聞いているんだろうと思う。


「頭にそのままという訳にはいきませんが……肩に乗ると言うのはどうでしょう?」

「肩にですか?」

「はい。それならば、リク様の動きを阻害する事もありませんし、他の出席者へ失礼になる事も無いかと思います」


 エルサを腕に抱いたままだと、俺が授与式で動くのに邪魔になる。

 かと言って、室内の帽子を被るようにエルサが頭にくっ付いていると、他の方々への失礼になる。

 肩ならば、鎧や服の装飾のように失礼にならないし、俺が何かの動作をするのも邪魔しないという事らしい。

 まぁ、確かに腕を動かすのは自由になるけど……それで良いんだろうか?

 マナーについて、俺は良く知らないから何が失礼になるのかわからないからね……まぁ、この国ではそれで良いんだと考えよう。


「エルサ、肩に乗れるか?」

「大丈夫なのだわ」


 そう言ってエルサは、俺の頭から離れて肩に乗る。

 何度か体勢を変えて乗り心地を確認した後、俺の肩に両手を前に出して捕まる恰好に落ち着いた、これが一番楽らしい。

 俺としては、二本足で立つ姿の方がドラゴンらしくて、可愛かったんだけどな……しかしこの位置……頬や首筋にエルサの極上なモフモフが触れて気持ち良いな……。

 頭にくっ付いてる時とは、また違った良さだ。


「……出来れば、立って頂いていた方が……」

「……仕方ないのだわ。その時はそうするのだわ」


 式の時は、俺が一番可愛いと思った、右肩の上に立つという事になった。

 一番エルサの可愛さとモフモフがアピール出来る格好だね。

 ……授与式でそんなアピールは必要ないだろうけど。


「俺達はそろそろ、町の方に出るか」

「そうね。私達の宿というのも気になるわ」

「では、案内させて頂きます」


 マックスさん達は、俺とエルサを置いてヒルダさんの案内で、城を出て行った。

 俺に用があって、再度城の中に入る場合は、入り口で手続きをすれば、俺が呼ばれるか誰かがここまで案内してくれるらしい。

 式の時も同じようにして、参加する事になるようだ。


「一人か……広い部屋だと、ちょっと寂しいな」

「私がいるのだわ」


 皆がいなくなって、鎮まった広い部屋の中、俺が呟いた言葉にエルサが反応してくれる。

 肩から降りて、テーブルの上に座り、俺と向き合う形だ。


「そうだな。エルサがいれば寂しくないか」

「そうなのだわ。リクにはエルサが付いてるのだわ」

「ありがとうなー」


 森で発見して以来、ずっと一緒にいてくれるエルサに感謝し、モフモフを撫でて癒される。

 しばらくそうやって過ごしていると、皆を送って行ったヒルダさんが帰って来た。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る