第146話 出発前日



 以前、センテの街でユノは俺にエルサを助けるために、夢を見せてくれた事があった。

 けど、あの時の夢と比べたら、今回の夢は気持ち悪い夢だった。

 まぁ、モフモフも無かったしな。


「けど、何であの夢を見たんだ?」

「何回も見た事のある夢なの?」

「あぁ……夢見が悪いからな……起きるといつも汗だくだ」


 その夢を見た後は、起きた時いつも全身から汗が噴き出してて気持ち悪いんだよね。


「そういえば、あの夢……この世界に来てから見た事無かったんだけどな……」

「そう……」


 以前はもう少し頻繁に見ていた気がするんだが……。

 それに、今回はいつも見ている夢の中が少しだけ明るかったような気がする。


「夢を覚えているの、リク?」

「ん? あぁ、そう言えばいつも起きてすぐ内容を忘れるのに、今回は覚えてるな」


 いつもは、起きてすぐ夢の内容を忘れてた。

 ただ気持ち悪い夢を見たという事だけしか覚えていなかったはずだ。

 それが今回は、ぼんやりとだけど夢の内容を覚えてる。

 何だろう……夢の中で俺は誰に謝っていたんだろう……いや、あれは俺なのか? それとも夢に出て来た影なのか?


「リク、考えなくてもいいの」

「思い出しても良い事は無いのだわ」

「……そうだな」


 ユノとエルサから声を掛けられて、夢の事を考えるのを止めた。

 気持ち悪い夢を思い出しても、気分が悪くなるだけだしね。


「今日は特別に、私が寝かしつけてやるのだわー」

「エルサのモフモフに癒されるの!」


 俺が思い出す事を止めたら、エルサとユノは俺を元気づけるためなのか、殊更明るい声を出す。

 そのままエルサが少しだけ大きくなって、ベッドいっぱいの大きさになった。


「おぉ、これはモフモフベッドか……素晴らしい」


 ベッドの上で横になったエルサでベッドが埋もれている。

 その上に、俺とユノが寝転がり、エルサのモフモフに包まれた。


「はぁ……これは癖になりそうだ……」

「エルサのモフモフなのー」

「リクが丁寧に手入れしてるおかげなのだわ。これで休むのだわ。今日だけ特別なのだわー」

「ありがとうな、エルサ。……ユノも」

「良いんだよ、リク」

「良いのだわ」


 エルサのモフモフベッドで癒されながら、俺はすぐに眠気に襲われた。

 眠気に逆らわず、そのまま寝付く前にエルサとユノに感謝しておく。

 耳元で囁かれた大人びたユノの声と、暢気なエルサの声に許されながら……。


――――――――――――――――――――


 翌日、途中で起きたためか体に少しだけだるさを感じながら、部屋から出る。

 まだ少しだけ朝食まで時間があったので、軽くお風呂に入って汗を流しておいた。

 結局、夢のせいで目が覚めた時、汗だくだったのにそのまま寝てしまったからね。

 しかし、エルサのモフモフベッドは気持ち良かったなぁ……あれから変な夢を見る事も無かったし……今度から疲れた時はエルサに頼んでやってもらうか……エルサが良いと言うかわからないけど。


「おはようございます」

「おう、おはようリク」

「リクさん、おはよう」


 お風呂から上がって店側にて、既に待っていたマックス達に挨拶をする。

 ユノはお腹が空いたのか、料理がまだ出来ていないのにフォークを持ってるな。

 料理がまだ来ていないのに、何故かマックスさんもマリーさんもテーブルについている。


「今日はどうしたんですか? 厨房に入ってないようですけど?」

「ルディとカテリーネの最終試験のようなものだな」

「今日一日、任せて見て大丈夫そうだったら、王都に行く間の店を任せる事になったのよ」


 王都に行く間、ルディさん達に店を任せる事は決まってたんだけど、今日一日の出来具合で本当に任せても良いか決めるようだ。

 頑張れ、ルディさん、カテリーネさん。


「お待たせしましたー」

「お、来たな」


 カテリーネさんが厨房から料理を運んで来る。

 料理を作るのはルディさんだから、給仕の方はカテリーネさんが担当だね。

 さすがに全員分を一度で運べないから、何度かに分けて持って来たけど、テーブルに置く時も料理の説明を簡単にこなして、お客さん相手を想定してるみたいだ。

 マリーさんが厳しい目で見てるから、ちょっとだけ緊張してるみたいだけどね。


「さて、味の方は……」


 全員分の料理が運ばれてすぐ、マックスさんが試すように料理を口にする。

 朝から食べるには少し重い肉料理がメインだったけど、ルディさんの料理試験のようなものだから仕方ない。

 ユノやエルサは、朝だとか関係無く肉をモリモリ食べてたけどな。

 朝食が終わって少し、まったりとした雰囲気の獅子亭。


「あぁ、今日から特訓が無くて良かったわぁ」

「昨日で最後だったんだっけ?」

「そうなの。明日から王都だからね。移動がエルサちゃんに頼るとは言え、疲れを残さないようにね」

「首尾の方はどうだ?」


 モニカさんは今日からマリーさんの厳しい特訓が無いようで、椅子に座ってお茶を飲みながらのんびりしている。

 マックスさんとマリーさんは、さっきの朝食での反省点と昼の営業の指導のために、ルディさんとカテリーネさんの所に行った。

 ソフィーさんは、モニカさんがどれだけ特訓出来たか気になるようだね。


「んー、まぁまぁね。魔法が使えるけど、得意という程にはならないわ。私は槍を使う方が性に合ってるみたい……魔法はリクさんに任せるわ」

「いや、俺に任せられても……」

「得意な者に任せるのは悪い事では無いが、どれだけ使えるようになったんだ?」

「そうね……魔法具の槍を使いながら、簡単な魔法を使えるようにはなったわ。まぁ、相手の意表を突く程度でしょうけど」


 モニカさんは槍を使っていた方が合ってるみたいだね。

 けど、簡単な魔法で相手の意表を突くだけでも、戦闘の幅が広がって良い事だと思う。

 マックスさんの特訓もあったようだし、モニカさんは確実に戦力アップしたみたいだね。

 今日は王都へ出発する前日という事もあり、モニカさん達と話しながらのんびりと過ごした。

 準備は終わってるから、焦る必要も無いしね。

 ルディさん達も、マックスさんからギリギリ及第点と言われて喜んでいたようだ。

 これで、皆で王都に行っている間の獅子亭も任せられる。

 王都ではどんな事があるんだろうと思いを馳せながら、エルサやユノと一緒にベッドで就寝した。


「くっ! はぁ……はぁ……はぁ……」

「落ち着いて、リク」

「またなのだわ。仕方ないのだわ」


 その日の夜も、また同じ夢を見て目が覚める。

 今まで連続であの夢を見る事は無かったんだけど、どうしたんだろう……。

 昨夜と同じく、今日もエルサが大きさを調整して、モフモフベッドになってくれたおかげで、その後はしっかり寝られる事が出来た。

 夢見心地なモフモフに包まれ、何やら小声で話すユノとエルサの声を聞きながら、気持ちの良い眠りに入った。


「リクは大丈夫なのかな」

「わからないのだわ。けど、きっと大丈夫だと信じるしかないのだわ」

「そうね……仕方ない事だけど……でもやっぱり、少し不安ね」

「リクは私の契約者なのだわ。大丈夫に決まってるのだわ」

「今はゆっくり寝て、リク」

「明日か明後日には……」


 話してる内容はよくわからなかったが、ユノとエルサの声は、眠りに就く俺の耳に心地良く聞こえていた。



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