第142話 センテで挨拶回り



「それでは、ベリエスさん。また」

「ベリエスさん、例の件もよろしくお願いします」

「また来ます」

「ああ、またな。ヤン殿、任せておけ」


 ベリエスさんに挨拶をして、ギルドを離れる。

 しかしヤンさんが最後に言っていた例の件とは何だろう?

 まぁ、ギルドに関係する事だろうから俺には聞かせられない事なんだろう。

 多分、俺には関係無い事だから気にしないでおこう。


「それじゃ、時間も良い頃合いですし……昼食にしますか?」

「そうですね。夜までにヘルサルへ帰る事が出来れば良いので、しばらくゆっくり見て回りますか」

「昼食ならお勧めの場所がある。以前にもリクと行った店だけどな」

「お昼ー」

「キューを、キューを出すのだわ!」


 ギルドから離れた俺達は、ソフィーさんお勧めのお店で昼食を取る事にした。

 以前、ヘルサルの防衛協力のためにセンテに来た時行った店だね。

 あそこも美味しくて良い料理を出す店だったから安心だ。

 無邪気に喜んでるユノを連れて、その店に向かおうとしたんだけど……キューを食べたがるエルサをおとなしくさせるため、街中心の広場に少しだけ寄った。

 そこの露店で大量にキューを買ってエルサに食べさせながら、店へ。

 ……エルサ、これから店に入って昼食だってのに……と考えていたら。


「キューは別腹なのだわー」


 キューをかじっていたエルサが、俺の頭で上機嫌に呟いた。

 別腹で良いのか……それに、俺の両手いっぱいに持ってるキューを食べてさらにお昼も食べる気なのか……。

 

「リクさん! 来て下さったんですね!」

「ハンスさん、お久しぶりです」


 昼食を食べた後、ヘルサルに帰るまでの時間が余ったので、ハンスさんが営んでる店へ来た。

 最初にセンテに来た時は、別の店に行ったからね。

 まぁ、ヘルサルで既に剣を買ったから、今回は商品見物とハンスさんへの挨拶が主目的だけど。


「ヘルサルではお世話になりました」

「いえいえ、こちらも商売をさせて頂きましたからね。それに、ヘルサルも無事でなによりでした。それにしても……」


 ハンスさんにお礼をしていると、何やら俺をじっくり見るような視線。

 どうしたんだろう?


「あの時の若者がまさか、立派な冒険者になりましたねぇ」

「ははは。初めて会った時は冒険者の事をしらないくらいでしたからね」


 ハンスさんも、ソフィーさんと同じようにセンテに来る時の馬車の中で初めて会った。

 その時、冒険者について色々教えてもらったのが興味を持ったきっかけでもあるね。


「あの時の女の子は元気にしてますかね?」

「たまにこの店に来ますよ。武具を見て、将来どんな冒険者になるか想像してるみたいです」

「そうなんですか? それは頼もしいですね」


 確か、ロジーナちゃんだったかな。

 剣を使うのに憧れてた女の子で、ユノよりもちょっと小さいくらいか……女の子が武具を見に来るのが趣味というのも、ちょっと珍しいとは思うけど、将来頼もしい冒険者になってくれると良いな。

 最低でも数年後の話だから、必ず冒険者になるとは限らないけどね。


「店主、これはどんな物なんだ?」

「はいはい。それはですな……」


 店の中にある武具を見て回っていたソフィーさんが、ハンスさんに話しかけて商品について聞き始めた。

 ユノの方は相変わらず、興味を持った武器を見ては手に取り、軽く振ってみたりして楽しそうだ。

 ヤンさんの方は……。


「何かありましたか、ヤンさん?」

「おや、リクさん。それがですね、ちょっとこちらが気になりまして」


 ヤンさんが見ていたのはガントレットだ。

 冒険者試験や、エルフの集落で装着していた物よりも飾り気は無いが、薄い金属で作られていて軽そうだ。

 早さと手数を重視して戦うヤンさんなら、こちらの方が軽くて使いやすいかもしれないね。


「でもヤンさん、副ギルドマスターに新しい武器が必要なんですか?」

「通常なら必要無いでしょうね。ですが、エルフの集落の時やヘルサル防衛の時のように、戦う場面が一切無いわけではありませんからね」


 そう言えばヤンさん、ヘルサルにゴブリン達が襲って来た時には、ギルドとしての業務を他の人に任せて戦ってたんだよね。

 俺やマックスさん達の近くにいなかったから、わからなかったけど、後でマックスさんやマリーさんから聞いた。


「成る程……それならそのガントレットは買うんですか?」

「少し悩んでしまいますね……私のガントレットは剣のように刃を取り付けますから、軽いのは良い事なんですが、丈夫さも重要なんです」

「そちらの説明をしましょうか?」


 俺とヤンさんがガントレットの前で話し込んでいると、ソフィーさんに説明を終えたハンスさんがこちらに来た。


「そうですね、お願いします」

「畏まりました。こちらのガントレットは、センテの鍛冶職人たちが丹精込めて作った品になります。薄くて軽いため、扱いやすいのが特徴ですね。すこし値段は張るのですが、その分良質な金属を使っているので丈夫さも兼ね揃えています」

「成る程……では、これに刃を取り付けた場合……」


 ヤンさんはハンスさんと、今使っているガントレットとの性能差を話し始めた。

 軽くて丈夫なら、ヤンさんの要求する物にぴったりだと思う。


「ふむふむ……わかりました、少し試してみても?」

「ええ、構いませんよ」


 ハンスさんの許可を取って、ヤンさんはガントレットに刃を取り付けて自分の手に装着した。

 しばらく手を振ったり、両手を軽く打ち合わせて見たりしながらガントレットの具合を確かめるヤンさん。

 使い心地に納得したのか、深く頷きながらガントレットを外した。


「これは良いですね……買いましょう」

「ありがとうございます」


 ガントレットを買う事にしたヤンさんは、ハンスさんを連れてそのまま会計へ。


「ありがとうございました。またセンテに来た時は是非来て下さい」

「はい。その時はまた寄らせてもらいます」

「良い買い物が出来ました」

「中々の商品が揃っていて良い店だ」

「楽しかったの!」


 約1時間程度で、俺達はハンスさんの店を後にする。

 店先まで出て見送ってくれたハンスさんに別れの挨拶をして、店を離れた。

 ヤンさんは、良い武器が買えたことに満足しているのか、上機嫌だ。


「他にはこの街で見る場所は有りませんか?」

「そうですね……」

「先程の店にあった武具も良かったのだが、一度他の店にも行っておきたい。馴染みの店だから、挨拶もしておきたいしな」


 まだ時間があるから、他の場所に行く事に問題は無い。

 ソフィーさんは、馴染みの店に一度行っておきたいようだ……武具を見るのが楽しいのかもしれないな。


「いらっしゃいませ……ソフィーさん!」

「久しぶりだな、エリノア」


 ソフィーさんが馴染みの店と言ったのは、俺が初めてセンテに来た時案内された武具屋、エリノアさんがいる店だった。

 そう言えば、ここで初めて自分で剣を買ったんだったなぁ……折れてしまったけど。

 相変わらず、フサフサしてる耳と尻尾だなぁ……エルサには負けるけど。


「ひゃあ!」


 挨拶をした後、店の中を見て回っていると、突然エリノアさんの悲鳴が上がった。

 どうしたのかとそちらを見てみると、さっきまで武器を見ていたはずのユノが、エリノアさんの後ろに回ってフサフサの尻尾を撫でていた。


「ちょっと、や、止めて……そこは……」

「フサフサなのー。気持ち良いの!」


 尻尾を撫でられて悶えるエリノアさんと、楽しそうなユノ。


「待ってなのー」


 尻尾を撫でられないよう、逃げ出したエリノアさんを追い掛けるユノ。

 そんな二人を見て笑っているソフィーさん。

 ヤンさんはそんな中でもしっかり店の武具を見ていた。



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