第127話 それぞれのエルフ達~エヴァルト編~



 アルネが帰って来た。

 一体どうしたというんだ……俺の予想では、アルネとフィリーナは集落が魔物にやられるまでに帰って来られそうにないはずだった。

 この集落から人間の街まで、早くとも数日……馬がいなかったために1週間はかかるはずだ。

 向こうで人間の協力を得られる時間を考えなくても、往復で2週間以上……間に合うはずが無い。

 それなのに、アルネ達は集落から出て数日で帰って来た。


「一体何があったんだ……?」


 見た限り、大きな怪我等は無いようだ。

 魔物に襲われて逃げかえって来たとかでは無さそうだな……アルネ達がそんな事をするわけが無いとわかってはいるが。

 しかし、俺の問いにアルネ達は興奮した様子で、何かを伝えようとしている。

 何だってんだ?


「エヴァルト、喜べ! この集落は救われたんだ!」


 何だと……?

 魔物達を全て駆逐したわけでは無いのに何を言ってるんだ?

 つい昨夜、魔物達の襲撃を受けて集落のエルフ達は半分以上が怪我を負った。

 戦えるものが多く離脱したから、次に同じ規模の襲撃があれば危ういだろう。

 なのに救われたと言うのはどういう事だ……?


「エヴァルト! ドラゴンよ、ドラゴンが来てくれたの!」


 ドラゴン……何だって……ドラゴンだって!?


「何だと!?」


 興奮気味で要領を得ないアルネ達の説明を根気よく聞く。

 ……そういう事か……それが本当なら、確かにさっきアルネが言った集落が救われたというのは正しいのかもしれないな。


「すぐに集落に迎えるんだ!」

「わかってる。俺達はそのために先行して説明に来たんだ」

「私が戻って連れて来るわ」

「広場に連れて来てくれ!」


 俺の言葉に、フィリーナは周りにいたエルフの数名を連れて、集落入り口の方へ戻って行った。

 ……アルネ達の話を聞いて訝し気だったエルフ達だが……大丈夫だろうか……まぁ、実際にドラゴンや契約者がいるのなら、大した事にはならないだろう。

 一応、他のエルフ達への説明も兼ねて、入り口へと戻るフィリーナに声を掛けておいた。

 広場に来れば、アルネ達の言う事が信じられないエルフ達にも信じられる証拠を見せられるだろう。


「アルネ、俺達は先に広場に行って他のエルフ達へ説明しておくぞ」

「わかった」


 アルネを伴って、広場への道を急ぐ。

 俺はアルネの事を信頼しているから、疑ってはいないが、信じられないエルフ達というのはどうしてもいるはずだからな。

 ……長老達が引き籠ってて良かった……この状況で出てきたらややこしい事になるに違いないからな。



「皆! これからドラゴンが本物だという証明をする! ドラゴンの名はエルサ様だ! 我らエルフ、エルサ様に失礼の無きよう、頭を垂れよ!」


 アルネの連れて来た人間……リクと言う方を集落に迎え、お願いしてドラゴンであるエルサ様の姿を皆に見せる。

 これでエルフ達に疑う者はいなくなったはずだ。

 しかし……やはり凄いな……ドラゴンというのは……憧れていた俺がしばらく呆けてしまう程の迫力だ。

 リクさんが来た時に広場でちょっとした騒ぎがあったが、あの時に響いたフィリーナの声は魔法を使ってるのもあって、体に響く声だったが、その事を軽く忘れる程の迫力だ。

 この素晴らしく美しさもある姿に、アルネ達は乗ったのか……羨ましい。

 とは言え、俺にも立場がある。

 アルネを羨ましがってる姿を見せるわけには行かないからな。


「リクさん、エルサ様、わざわざありがとうございます。これで、集落のエルフ達は今回の話を信じられたはずです」

「あの姿を見たら確かに信じざるを得ませんよね」

「そうですな……。それではリクさん、こちらへお願いできますかな?」

「? 何処へ行くんですか?」


 俺の言葉にリクさんは首を傾げている。

 まぁ、知らない土地に来て知らない場所に案内されるのを警戒するのは当然かもな。

 俺の代わりにフィリーナがリクさんに説明してくれる。

 随分リクさん達と親しくなったんだな……羨ましくなんてないぞ!

 リクさん達を案内した先は、この集落のエルフ達が技術を詰め込んだ石の家だ。

 人間達との交流で学んだ建築技術を詰め込んだ建物だ。

 契約者とドラゴンを迎える場所なんて、この集落には他に無いだろう。

 ……長老達の守る場所に聖域と呼ばれる場所もあるが、そこは色々とややこしいからな……特に長老衆が……。


「さて、まずはこの村の今の状況ね。エヴァルト、頼めるかしら?」

「わかった。まずこの集落ですが、南半分が森の中。北半分が森の外で造られています」

「はい」


 石の家に入り、会議室でリクさん達に現状の説明を始める。

 ここに来るまでに、複雑な道を通って来たため、かなり歩かせてしまった事は申し訳ないと思う。

 無秩序に家を建ててしまった弊害だな……いずれ整理しなければ……。

 リクさん達に説明を終えた後は、居間にて歓迎会。

 魔物達の襲撃に備えてる状況で、大した物は用意出来なかった。

 歓迎会についてはアルネとフィリーナに任せ、俺は集落のエルフ達にリクさん達の事を伝えに走る。


「リクさんがいてくれれば、この集落はもう助かったも同然だ!」


 集落に戻って来た時のアルネの興奮がよくわかる。

 俺も興奮しながら、各地を回って説明して行った。

 エルサ様の事を遠目に見てはいても、それでどういう状況になるのかわからないエルフもいるからな。

 翌日も、リクさん達が来てくれた事を集落に広めつつ、防衛にあたるエルフ達の調整をする。


「エヴァルト、フィリーナが怪我をしたエルフ達を集めているらしいぞ」


 途中で一人のエルフから聞いた事。

 どうやらフィリーナが、リクさんの指示で広場に怪我をしたエルフ達を集めているらしい。

 何をやるか気になったが、俺が今ここを離れるわけにはいかない。

 決める事が多すぎるからな……。

 まぁ、リクさんなら変な事にはならないだろう。

 長く生きて来たエルフの勘というものなのか、昨日会って話したリクさんは人間の中でも、特に優しい人柄だと感じた。

 それに、契約者だしな……。


「エヴァルト! 大変だ! 広場に集まってたエルフ達が……!」

「どうしたんだ!?」


 俺のいる所に、一人のエルフが駆け込んで来る。

 何やら焦っている様子だが、何があったというんだ。


「怪我をしたエルフの怪我が……怪我が……」

「どうしたと言うんだ。落ち着いて話せ」


 駆け込んできたエルフはを落ち着かせ、事情を聞く。

 どうやら、広場に集まったエルフ達……怪我をした者達をリクさんが治療しているらしい。

 一瞬、手当くらいならしているはずだと思ったが、それどころじゃないとの事だ。

 怪我をしたエルフ、骨が折れて片足でしか歩けなかったエルフの怪我が治り、両足で歩けるようになった等、瞬く間に集まったエルフ達の怪我を治していると言うのだ。


「治癒の魔法だと……そんな魔法、聞いた事が無いぞ」


 これが契約者だという事なのだろうか……長い時を生きる俺達エルフですら知らない魔法すらも使いこなす者……。

 俺は各地に伝える指示を終わらせ、リクさんがいる場所へと急いだ。

 どうやら今リクさんは、動けないエルフ達がいる療養所で治癒を行っているようだ。

 ……さすがに腕や足が無くなった者の治癒は出来ないだろうと考えていたが、その場所の光景に言葉を失った。

 腕や足を失ったはずの者達が全て、五体満足で涙を流しながら立ち上がっていたのだ。

 契約者といのは、エルフの考えで測る事は出来ない存在なのだな……。


「くそっ! リクさんのおかげでエルフ達の怪我が治ったってのに、また襲撃か!」


 夜も明けようかという時間帯。

 魔物達が集落に押し寄せて来た。

 今回は前回の時よりも数が多い……せっかく怪我をした者達が元気になれたというのに!

 魔物の襲撃を知らせる鐘が鳴り響く中、俺は急いで各エルフに指示を出す。

 魔物が押し寄せてきているのは、集落の入り口だ。

 そこを固めて押し止めれば時間が稼げる……その間にエルフ達の準備を済ませて押し返す事が出来れば……。


「エヴァルト、駄目だ……数が多すぎる。押し返す事は出来なさそうだ」

「ここで食い止めるのが精一杯か……」


 集落の入り口で、魔物達に魔法を放って食い止めるエルフ達。

 俺も散発的に魔法を撃つが、とてもじゃないが押し返そうに無い……魔物の密度が濃い……数が多すぎるな。


「あれは! エヴァルト、あれを!」

「どうした!?」


 俺の横にいたエルフが空を見て驚いている。

 どうしたんだ……空からも魔物が来たって言うのか?

 そのエルフが示す空を見て、俺も驚いた。

 魔物じゃない……もっと神聖なもの……ドラゴンだ。

 先日広場で見た、大きくなったエルサ様が空を飛んで魔物達のいる方へ向かっている。


「魔物達の後方を突くのか?」


 エルサ様は、魔物達が押し寄せる集落の入り口を越え、そのまま魔物達が列を成している方へと進む。

 俺の予想が正しければ……。


「何としてもこのまま持ち応えろ! エルサ様が加勢に来てくれたぞ! 魔物達を殲滅してくれるはずだ!」


 周囲のエルフ達を鼓舞し、俺達はこの場所で時間稼ぎに努める。

 エルサ様が魔物の背後を付いてくれるのであれば、この勢いもすぐに衰えるだろう。

 心強い援軍が来てくれた確信と共に、俺は魔物達を集落の中に入れないよう魔法の準備をする。


「GURUAAAAAAAA!!!」


 しばらく後、魔物達のいる方向……夜闇の向こうから聞こえて来た、地面すら揺るがすような咆哮に、俺は勝利を確信した……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る